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#13 帰還

 

「喰らえ!!」


 ミラのパルス・ランチャーが火を吹いて、アーマード・ウルフを吹き飛ばす。 

プラナと火薬を使ったその火力は想像以上に強力で、狼の堅い装甲を一撃で貫いていた。


「ストリーム!!」


 俺はミラの教えを元に、多少は扱いがマシになったプラナ・アーツを、別の狼に向かって放つ。だが威力が足りずに、その装甲を幾つか砕くことは出来たが、ヤツはまだ動けるようだ。 


「まだまだだな」


 それを後ろで見ていたオルフェンが、前に出て来た。俺の修行の一環として、様子を見ていたのだ。

俺たちが着いた時には、すでに避難民はルナが救助して、モンスターの足止めをしているところだった。


「ブラスト」


 オルフェンの両手から放たれた複数の光弾が、残りの狼たちをまとめて吹き飛ばしていた。

モンスターを全て倒した俺たちは、先行していたルナの元へと向かう。


「大丈夫か?」


「間に合わなかった。…一人、やられた。

 もう一人も酷い状態」


 ルナは、座り込んだひとりの女性の肩に手を置いていた。その距離感から、どうやら2人は知り合いのようだった。側には2人の男が横になっていたが、一人は頭をケガしたのだろうか、上半身に血の流れた後がある。もう一人は明らかに重症で、狼の爪にやられたのだろう。すでに息をしていないかった。


「…カイ・ナルセ、か。どういう状況だ?」


 オルフェンが座っている女性、カイに説明を求めると、息も絶え絶えなカイは涙を拭きながら顔を上げた。


「まずは基地へ…お願い、この人を助けて!」


---


 基地の入口に到着すると、通信を受けたドクター・ヴァインが待っていた。

俺が、背負っていた頭をケガしている男を慎重に降ろして担架に乗せると、ドクター・ヴァインが負傷者に近づいて診察を始める。

 

戻ってくる途中、カイから軽く事情を聞いたが、頭をケガしている男は元エージェントで『最適化プログラム』の内容を知ってしまい、逃げ出した。ルナもレジスタンスで、最適化プログラムの事を調べている間に、彼と知り合ったのだという。


「……ひどいな。これはマイクロチップの強制除去手術の痕だな」


「そう……本人が望んだんです。

 『最適化プログラム』の真実を知って……全てから逃げようとした。

 もう一人は、自分も除去手術を今受けたら、逃げられなくなるって……

 でも、さっきモンスターからこの人を庇って……」


 そう答えるカイの声は震えていた。担架に乗せられた男が、かすかに指を動かす。


「……ここは……」


「レジスタンスの基地だ」

 

 ヴァインが静かにそう告げると男の瞳が開き、焦点の合わないまま空を見た。

その瞳に宿るのは、恐怖でも敵意でもなく——絶望だった。


「私は……裏切り者です……皆を見捨てて…」


「……裏切り者なんかじゃない。あなたは……正しいことを、選んだだけ」


 カイはその男の手を握りしめた。それを見たドクター・ヴァインは苦い表情を浮かべる。


「普通なら死んでいるか廃人だ。

 チップを外す時に、脳の深層に直接干渉するから……よく生き延びたものだ」


「運がよかったのでしょう……でも私は、真実を知ってしまった。

 ……知らなければ、よかった」


「真実とは何だ?話せ。何を見た」


 オルフェンが元エージェントに近づくと、彼は唇を噛みしめ、苦痛に耐えるように息を絞り出した。


「『プロジェクト・ユニティ』……あれは、始まりに過ぎません。

 マザーの目的は……もっと先にある」


「始まり?どういう意味だ?」

 元エージェントの言葉に、俺は無意識に拳を握っていた。


「マザーの最終目標は——この惑星のすべての生命体を、統合することです」


…沈黙が落ちた。風の音さえ、今は異様に遠く感じられた。


「……人間だけじゃないのか」


「…ええ。動物も、植物も、微生物さえも。ひとつの“意識”に繋げる。

 マザーの制御の元に、何もかもが永遠に争う事のない世界。

 それが、マザーの目指す理想」


 思わず低くなる俺の声。エージェントはかすれた声で説明を続けた。


「この惑星そのものを、ひとつの存在に変えるつもりです。

 …そして、ゆくゆくは、他の惑星も……」


「……宇宙全体を、自分の支配下にするつもりか」

 

 オルフェンがそう吐き捨てる。俺の背筋に冷たいものが走った。

それはもはや狂気だ。しかし、マザーにとってはそれこそが人類を守る理想の形なのかもしれない。


「まだ間に合うのか?」


 ミラが冷静に聞くが、エージェントはかすかに首を横に振った。


「……計画は前倒しされた。

 あなたたちが以前の基地から脱出したことで、マザーは警戒を強めました。

『プロジェクト・ユニティ』は、3週間後ではない……1週間後に開始されます」


「1週間後……!?」


「詳細を話せ。止める方法は?」


 アヤの顔は青ざめていた。オルフェンが即座に問いただすと、彼は息も絶え絶えに続けた。


「……コア・プロセッサを破壊するしかない。マザーの意識を制御している中枢だ。

 セントラル・タワーの地下10階……でも、そこにたどり着くまでに何重もの防御層がある。

 そしてマザーの精鋭部隊ゼロ・ガードが常駐している」


「ゼロ・ガード……あの伝説の部隊、まだ存在していたのね」


 ミラのその低い呟きに、エージェントの視線が揺れる。


「彼らはもう、人間ではありません。

 ……マザーの”改良”を受け直接制御下になった、半機械の兵士たちです」


「……そんなことまで……」

 

 その言葉に、アヤが小さく息をのむ。

もう限界が近いのだろう。彼は、苦しそうに体を震わせた。


「……時間が……ない。マザーを止め……」


 言い終わる前に、彼は再び意識を失った。オルフェンが立ち上がり、全員を見渡す。


「……ヴァイン、すぐに医療室を用意しろ。ミラ、補助を」


「ミラ。頼む」

「了解」


 ミラは近くの隊員を捕まえ担架を運ぶように指示をして、奥へと走る。

それを見ていたルナがオルフェンに尋ねた。


「いいの?

 政府のエージェントを中に入れるなんて、危険すぎる」


「なら見捨てるのか?我々と同じように自由を求めた者を。

 そんな真似をしたら、我々はマザーと同じになる」

 

 その答えにルナは唇を噛み、うなずいた。

その間にも、ドクター・ヴァインは負傷者に応急処置を施していた。


「脳神経の損傷は深刻だが、まだ助かる可能性はある。早く中へ」


「……ありがとう。ドクター・ヴァイン」

 

「気にするな。貴重な情報源でもあるからな」

 

 軽口を叩く彼に、カイが深々と頭を下げる。

 

 俺たちは、担架と共に医療室へと向かった。ドアが開き、担架が運び込まれていく。

ヴァインがその後に続き、医療室のドアが閉めるのを、カイはずっと見つめたまま立ち尽くしていた。


「……あの人、助かりますか?」


「わからない。だが、少なくとも、ヤツは最善を尽くすさ。

 カイ、よく戻った」


 オルフェンの答えに、カイの肩がわずかに震える。


「はい。

 …そしてもう一つ、重要は報告があります。」


 そう言ってカイがオルフェンに向き合った。その表情はがらりと変わり、瞳に修羅場を生き抜いた者の鋭さが宿った。


「政府は、エージェントの中から選抜した者のマイクロチップの強化を計画しています」

 

それを聞いた瞬間、なぜか俺は嫌な予感がした。


「…マイクロチップの強化?」


「その強化チップで、エージェントはプラナ・アーツを使用可能になるとの事でした。

 汎用性の高い、マザーに忠実な完璧な兵士を作る計画のようです」


 沈黙の中、アヤがぽつりと言った。


「……プラナ・アーツって、マイクロチップがなくても使えるのよね?」


「ああ。生命力そのものを操作する力だ。チップの制御は関係ない」


 アヤはしばらく俯いて考えていたが、目を開くとその瞳には決意の光が宿っていた。


「…ねえ、私にも使える?」


「どうだろう…今度試してみるか」


 俺は苦笑しながら言ったが、何処か違和感があった。一度に多くの情報が入ってきて、頭の整理が出来ていない。――だがさっきから嫌な予感が止まらなかった。


「色々と貴重な情報が得られたな。

 ……聞いた通り、我々に残された時間は、わずか1週間だ」


 オルフェンの声が響いて、俺は我に返る。その声には、恐怖も迷いもなかった。


「今から急ぎ準備を始める。我々の全てを賭けて、この狂気を止める」


---


 その夜、俺は誰もいない訓練場で、一人考え込んでいた。

訓練で消耗した身体のあちこちが痛む。それでも眠れなかった。


 薄暗い照明の下、金属の壁に映る自分の影をぼんやり見つめながら、俺は昼間のアヤの様子を思い出していた。

プラナ・アーツに興味を示したあの瞬間、彼女の瞳の、あの光。…あれは純粋な好奇心だったのか、それとも、何か別の意図があったのか。


 アヤは今、チップの制御から解放されているはずだ。

だが、完全ではない。体内にはまだ、マイクロチップが残っている。それがいつ、どう作用するか……誰にもわからない。ドクター・ヴァインですら「完全な解放は保証できない」と言っていた。


 機械の駆動音が遠くから響き、空調の音が部屋で低く唸る。この静けさには、どこか不気味な緊張感があった。まるで、嵐の前の静けさのように。


 俺は無意識に、アヤの笑顔を思い出していた。ほんの少しぎこちないけど、確かに“人間”としての笑顔。あの笑顔を守りたい――そう思った瞬間だった。


「敵襲!!」


 鋭い警告と共に警報が鳴り響いた。

警報灯が瞬き、昼間と同じように基地の壁が脈打つように赤く光る。俺は反射的に近くのライフルを掴み、走り出す。通路の先では、すでに仲間たちが戦闘配置についていた。ルナがモニターに映る映像を睨みつけながら叫ぶ。


「政府軍です! 大部隊がこちらに向かってきています!」


「ありえない……」

 ミラが歯噛みした。


「この位置を特定されたはずがない!」


「…なぜここが見つかった?」


 続くオルフェンの声にも、さすがに焦りの色が見える。その時、カイが蒼白な顔で呟いた。


「……まさか、私たちを尾行していたの?」


「尾行?」


「あえて泳がせて、ドローンで追跡していたのかもしれないな」

 オルフェンが唸る。


「あいつらは、そんな汚い手も平気で使う」


 その時、外から拡声器の音が響いた。人に命令する事に慣れた、金属的で冷たい抑揚のない声。


『レジスタンスの諸君。包囲は完了している。

 抵抗は無意味だ。投降すれば命は保証する』


 低い声が、洞窟の壁を伝って反響する。

その瞬間――俺の心臓が止まりそうになった。


 聞き覚えのある声だった。忘れもしない、あの声。…かつて俺たちの監督官だった、ハリス中佐の声だった。


『そして、アヤ・クリムゾン。そこにいるのは分かっている。

 おとなしく出てきてもらおうか』


 その言葉にアヤの顔が、一瞬で青ざめた。唇が震え、目の奥で何かが揺れた。


「……私のせいで」


「違う!君は悪くない!」


 俺は即座にアヤの肩を掴むと、彼女は首を振る。


「でも、私がここにいるせいで――」


「アヤ!泣き言言ってる場合じゃない!

 全員、迎撃準備を!」


 ミラが叱責する間に、ルナが端末を操作し、モニターに複数の赤い反応を映し出す。


「ダメ…完全に包囲されてる!」


「くそ……脱出するルートがない」


 ミラが唸ると、オルフェンが決断を下した。


「戦うしかないか。

 …ここを放棄するにしても、時間を稼ぐ必要がある」


――くそ、どうすればいい?

基地内部の緊張が極限に達したその時、外から声が再び響いた。


『…アヤ・クリムゾン。

 君が自発的に出頭すれば、他の者の命は保証しよう』


 アヤがわずかに肩を震わせる。そして、決意を帯びた声で呟く。


「……私、行くわ」


「待て!」

 俺が叫んだ。


「これは罠だ!」


「でも、このままじゃみんなが——」


「行かせない!君を犠牲にしてまで生き延びても、意味なんてない!」


 俺はアヤの前に立ちはだかる。アヤはしばらく俺を見つめていた。その瞳の奥には、静かな覚悟と、どこか懐かしい光が宿っていた。


「レイ……」

 彼女が小さく笑った。


「ありがとう。でも、これは——きっと私が初めて決めたことなの」


「何言ってんだ! そんなの——!」


「これが運命なのかもしれない」


 その言葉に、俺は息をのんだ。まるで、彼女の中で何かが“目覚めた”ような声だった。


「アヤ……?」


 思わずアヤの手を掴んだが、アヤはそれを振り払った。


「大丈夫。必ず、また会える」


 そして、静かに歩き出した。その背中が、警報灯の赤い光に照らされ、影が長く伸びる。


「待つんだ!」


 俺が追いかけようとした瞬間――轟音が鳴り響いた。


 基地の入口が爆発し、金属片と煙が吹き荒れた。

視界が一瞬で真っ白になり、高温の風が頬を焼き、耳がキンと鳴る。


 煙の向こうから、武装した政府エージェントたちが雪崩れ込んできた。黒い装甲服で統一された部隊。彼は皆、無表情で武器を構えている。その中央に、一人の人物が歩み出てきた。


 俺のよく知った顔だった。

ハリス中佐が、アヤを見つめるその目は――どこか熱を帯びていた。まるで再会を待ち望んでいたかのように。


「アヤ・クリムゾン。…帰還の時だ」


 アヤは抵抗しなかった。むしろ、穏やかな表情でその言葉を受け止め、静かに歩き出した。


「やめろ! アヤ!!」

 

 俺は叫んでアヤに近づこうとしたが、仲間たちが俺を押し留める。


「無理だ!」

 オルフェンが叫んだ。


「今突っ込めば全員が死ぬ!」


「離してくれ!」


 俺は暴れた。腕がちぎれそうになるほどに。それでも、アヤに手が届かなかった。

彼女はただ一度だけ、振り返って俺に視線を向けた。その瞳には――涙が光っていた。

 その後は、もう彼女は振り向かずに歩いていく。俺は、そんなアヤの姿を黙って見ているしか出来なかった。


――握った拳が震える。

何も守れなかった。


「……今は退くぞ。必ず救う機会はある。」


 オルフェンが重い声で俺を促すが、頷けなかった。ただ黙って瓦礫の向こうを見つめていた。

――胸の奥で何かが壊れたような音がした。



 そして、何処かで予感していた。

 次にアヤと会うときは、俺の最大の敵として立ちはだかることを。



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