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#12 第二拠点

ルナに連れられて、俺は新しいレジスタンス基地に辿り着いた。

それは、前の基地よりもさらに地下深くにあった。鉱山だった頃の名残が随所に残っている。錆びたレール、崩れかけた支柱、壁に染みついた古い油の匂い。空気はひんやりと湿っていて、時折遠くで水滴の音が反響していた。


「足元、気をつけて。ここ崩落跡を改修してる途中だから」


 ルナの声に従い、俺は低い天井をくぐり抜ける。狭い通路を進むうち、息苦しさに呼吸が荒くなる。それでも奥へ進むにつれ、わずかに暖かい風を感じた。


「……この辺りは、以前採掘層の最深部だった場所。

今じゃ誰も地図を持っていない。だから安全」


 古い鉱山施設を改造したその基地は、複雑に入り組んだトンネルが迷路のように続いていた。ルナの案内がなければ、俺にはたどり着ける自信はなかった。これなら外部からの侵入はまず不可能だろう。


「ここ」


 ルナが止まり、岩壁の一部を押し込む。

カチリと小さな音がして、岩がわずかに動いた。隠された入口が開き、内側から温かい光が漏れ出す。


「……まるで別世界だな」


 俺が呟くと、ルナは微笑んだ。


「ようこそ、第二拠点へ。新しい私たちの居場所よ」


 トンネルを抜けた瞬間、眩しいほどの明かりに目が慣れるまで少し時間がかかった。天井には旧式の照明器具がずらりと並び、発電機の低い唸りが響いている。広い空間には、即席の医療区画や作戦卓、資材置き場が整然と並び、十数名のメンバーが忙しそうに動いていた。


「レイ!」


 聞き慣れた声が響いた。

振り向くと、アヤがこちらに駆け寄ってくる。その姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。以前のような無機質な光は、もう彼女の瞳にない。柔らかく、温かい、人間らしい輝き。表情にも生気が戻っていた。


「無事だったのね」


「ああ。君こそ、怪我はないか?」


「大丈夫よ。リーナのおかげで逃げ切れたわ」


 そう微笑むアヤのすぐ後ろからリーナが現れた。

作業中だったのか髪に煤がついていて、表情には疲労の色が濃い。それでも、俺を見ると彼女の目に安堵の光が宿った。


「お疲れ様。脱出は成功したのね」


「何とかな」

 俺は周囲を見回した。


「オルフェンとドクター・ヴァインは?」


「ここにいる」


 奥から低く落ち着いた声がした。

オルフェンが現れ、まっすぐに俺を見つめる。


「よく生きて戻った」


「すみません。基地の移転を余儀なくさせてしまって」


「気にするな…とは言えないな」

 オルフェンが無骨な手で俺の肩を叩く。


「確かに迂闊な行動だったが、お前のおかげで、重要な情報を得ることができた」


「重要な情報?」


「アヤから聞いた話だ」


 その声に続いて現れたのは、白衣を羽織ったドクター・ヴァインだった。

基地の移転で忙しいのだろうか、その姿は以前よりもやつれて見えるが、その瞳には鋭い光が宿っている。


「政府は『最適化プログラム』の次の段階に進もうとしている」


「次の段階……?」


 眉をひそめる俺だが、ヴァインは無言でモニターのある区画へ歩き出した。慌てて俺たちも後を追う。

辿り着いたのは、複数の大型モニターが並び、青い光が空間を照らしている、基地の奥に設けられた会議室だった。

コードが床一面に張り巡らされ、機械の熱と匂いが漂っている。


「アヤが目撃した情報によると、政府は『プロジェクト・ユニティ』という計画を進めている」


「プロジェクト・ユニティ……?」


 モニターに投影されたのは、人間の脳を模した立体図。その神経回路に、無数の線が絡みついている。


「全住民のマイクロチップを統合し、マザーと直接的な神経リンクを確立する計画だ」


 想定外の言葉に、俺は息を呑んだ。


「それは……つまり……」


「人類全体を、マザーが操れる身体にするということだ」

 オルフェンが答える。


「個々の人格は完全に消去され、マザーの意識の一部となる」


「そんなことが可能なのか?」


「理論上は、な」

 ヴァインが唇を噛む。


「マイクロチップはすでに脳の一部と融合しつつある。

 信号の強さを上げれば、意識の共有すら可能になるだろう。

 ……それを人類全体に行えば、戻る術はない」


 背筋が凍った。

人間が、個を捨て、ひとつの巨大な意識の欠片になる。そんなのただの種の滅亡だ。それが人類を守るという事になるのか?


「いつから始まるんだ?」


「計画では、3週間後に第一段階が開始される予定よ」


 聞き慣れない声が会話に割って入る。

振り向くと、若い女性が壁際にもたれて立っていた。褐色の肌。切れ長の瞳。軍用のジャケットに、背には巨大な武器を背負っている。


「レイに紹介。こっちはミラ・カードック。

 元ハンターで、今は我々の仲間」


 ルナに紹介されたミラが、俺に向かい手を差し出した。


「よろしく。アンタの話は聞いてる。

 なかなか肝が据わってるそうじゃない」


 俺はその手を握り、握手をしたが、骨ごと潰されそうな握力に思わず息を呑む。痛みに耐えながら、ふと視界に入ったものが気になった。


「その武器は?」


「パルス・ランチャーの改造品よ」

 ミラが背中の武器を軽く叩く。


「ディスクなしでも使えるようにしてある」


「ディスクなしで?」


「そう。火薬とプラナを掛け合わせた、独自の反応システム。

 うちの技師が作った特注品よ」


 プラナと火薬。

…物質とエネルギー、合わせにくい性質の2つを混在させる武器なんて、狂気の沙汰だ。


「私も不適合者よ。でも、あんたほどのプラナは持ってない。

 だから、武器で補ってる」


 俺の微妙な表情に気づいたのか、ミラが苦笑する。


「ミラは我々の戦闘指揮官だ。

 元ハンターとしての得た経験と戦術で、数多の作戦を成功させてきた」


 オルフェンの補足を受けて、ミラは腕を組みながら、俺を値踏みするように見た。


「で、新入り。あんたのプラナ・アーツ、どの程度使えるの?」


「基本的な技ならいくつか……」


 俺は手のひらを開き、青白いプラナの光を灯してみせる。それは、うす暗い部屋の中で小さく瞬いた。


「ふーん」

 ミラが顎に手をやる。


「悪くない。でも実戦じゃ、その展開速度では厳しいわね」


「……やっぱりか」


「だから、私が鍛えてやる」


「特訓、か?」


「そう。プラナの量は生まれもったものが大きい。

 でも技術は訓練で磨くしかない」


 ミラの瞳は鋭く、本気の熱があった。その真剣さに、俺は捕われの身の時の事を思い出す。


 確かに、俺はまだ未熟で、何もわかっていない。

戦い方も、生き延びる術も、そして――この世界の本当の形も。


 俺の中で、何かが燃え上がるのを感じた。


---


 その日の午後、ミラは俺を基地の訓練場へ連れて行った。


「まず、あんたの現状を把握しなきゃね。

 その力をどう伸ばすか。訓練の方向性も見極めたい」


 訓練場は、かつて鉱山の積み込み通路だった場所を改造したものだった。

岩壁には訓練の跡が無数に刻まれ、床には金属板が敷かれている。照明は薄暗く、蒸気のようなものが空気中に漂っていた。

 壁際では、数人のレジスタンス隊員が武器の整備をしている。俺が入ると、彼らの視線が一瞬だけこちらに集まり、すぐ作業に戻った。ミラが「新入りを試す」のは、ここでは当たり前の光景なのだろう。


「さあ、構えて」

 

 そういうミラは腕を組み、鋭い目で俺を観察していた。


「シールド、ブラスト、パルス、プロテクト、ミスト……他に使えるのは?」


「ストリーム、という技もあります」


「やって」


 俺は深呼吸し、右手を前に出した。体内のプラナを感じ取り、それを一方向へ押し出すように腕に集中する。


「――ストリーム!」


 青白い光がほとばしり、螺旋を描きながら前方へ伸びた。エネルギーが空気を裂き、低く唸りながら標的をかすめる。


「ふぅん……」

 ミラが腕を組み直す。


「オルフェンのと違って威力はまだ低いけど、安定はしてる。

 基礎はできてるわね」


「ありがとうございます」


「でも、問題はプラナの収束力と制御速度。

 そこを伸ばさないと実戦では生き残れない」


 ミラが手のひらを上げ、赤く揺らめく光を生み出した。彼女のプラナは炎のようで、それでいて繊細さを感じる。


「プラナ・アーツは、生命力そのものをエネルギーに変える技よ。

 つまり、扱い方を間違えれば、命を削るわ」


「……命を、削る?」


「ええ。だから、無駄に放出するのは自殺行為。

 大事なのは、必要な分だけ、瞬間的に、プラナを籠めること」


 そう言うと、ミラは素早く動いて、一瞬で俺の目の前に移動してきた。

目にも止まらぬ速さで身体をひねり、拳を繰り出そうとする。思わず身体が反応してカウンターを仕掛けた瞬間、彼女の右腕だけに薄いプラナの光が走り、透明な障壁を作った。


「こうやって、部分的に防御を展開すれば、消耗はわずかで済む」


 俺の拳が青い障壁に当たると、障壁は砕けて光が消えた。


「慣れない内は、感情に流されて常にプラナをただ全力で放出してしまう。だけど、それじゃ燃費が悪すぎるの。プラナを体内で循環させるには“呼吸”が大事なのよ。息を吸うように練って、吐くように解き放つの」


「呼吸……」


 俺は呼吸を意識し、そのリズムに合わせて全身から沸き立つプラナを掌だけ収束させる。

試しにストリームを放ってみると、先ほどよりも細く、だが強く輝く螺旋が真っ直ぐ標的を貫いた。


「悪くない」

 ミラが満足げに頷く。


「力任せじゃなく、流れるように収束出来るようになれば、あとは精度を磨くだけ」


 彼女が合図を送ると、天井のリールから5つの小型ドローンが降りてきた。それぞれが一定間隔でホバリングし、不規則に揺れている。


「この5つを連続で撃ち抜いてみて」


 俺は呼吸を整え、両手にプラナを集めた。その光が分裂するようにイメージする。


「ブラスト!」


 一発目は中心を貫いた。だが、二発目がわずかにずれ、標的の縁をかすめた。


「くっ……!」


 三発目を放とうとした瞬間、集中が途切れ、光が消えた。


「なるほど。二発目までは良かったけど……集中が切れるのが早いわね」

 ミラが顎に手を当てて、俺をじっと見る。


「プラナの流れが安定しないのは、精神と呼吸のバランスが取れてない証拠。つまり焦りすぎ」


「焦り……ですか」


「戦場では、恐怖や焦りといった精神の揺らぎも自分の敵になる。

 いかに平常心を保てるかで生存率は決まるわ」


 ミラの言葉は厳しいが、すっと心に響いた。その眼差しには、幾多の戦場で命を賭けてきた者にしかない重みがあった。


---


 訓練を続けていると、背後から軽い足音がした。振り向くと、アヤが見学に来ていた。


「すごいわね、レイ」


 彼女の声は以前より柔らかかった。

チップの制御から解放された今、感情の起伏が豊かになっているみたいだ。


「あなたに、こんな力があるなんて知らなかった」


「まだまだだけどな。

 …アヤも、マイクロチップから解放されて変わったな」


 俺が言うと、アヤは少しだけ目を伏せた。


「そうね。でも……怖い部分もある」


「怖い?」


 アヤはしばらく言葉を探すように沈黙したあと、ぽつりと呟いた。


「自分で考えて、自分で判断しなきゃいけないこと。

 …これまでは、自分で決めているようでも、何処かでマザーの指示に従っていたような気がするの。

 でもこれからは、全部自分で決めなきゃいけない」


 散々悩んできた俺は、アヤの気持ちが痛いほど分かった。抑圧から解放されて自由になったという事は、自分の“選択”に責任を背負うという事だ。


「でも、自分らしく生きられるのは、やっぱり嬉しい」


 アヤの笑顔は、俺が知っているどんなものよりも綺麗だった。

彼女の中で、ようやく“人としての心”が芽吹き始めている。


「アヤ……」


 言葉を返そうとしたその時――耳をつんざくような警報が鳴り響いた。赤い警告灯が回転し、訓練場全体を不穏な光が染める。


「侵入者か?」


 ミラがすぐさま身構えて武器の確認をする。その動きには一切の迷いがない。

するとすぐに通信機から見張りの報告が入る。


『こちら監視班!

 2キロ先で何者かがモンスターに追われている模様。

 どうやら避難民のようです。…指示を!』


「避難……?」


『了解。救助に向かう。それまで持たせろ!!』


 アヤがその報告に戸惑っている中、ミラが短く指示を出す。


「聞いた通りだ。行くぞ!」


 そう俺とアヤに告げて走り出したミラを見て、俺たちは頷き合って後を追う。冷たいトンネルの奥で、赤い光がなおも点滅を続けていた。


 その光は――新たな嵐の始まりを告げているようだった。



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