#10 真実の在り処
――意識を取り戻した時、俺は見知らぬ部屋にいた。
白い壁。白い天井。蛍光灯の光が、一定の間隔で瞬いている。冷たい金属の床が、肌を刺すように冷たかった。体を動かそうとした瞬間、手首と足首から鈍い痛みが走る。――拘束具、しかも軍用のものがしっかりと着けられていた。どこからか聞こえる微かなモーター音が部屋に低く響いていたが、俺の息づかいの方が大きく感じられた。
「……目を覚ましたか、レイ・シンクレア」
声がした。低く、感情の抑揚を感じさせない男の声。目を向けると、部屋の隅に男が座っていた。黒いスーツ、銀色のバッジ。それは軍のものでも、警察のものでもない。
――噂に聞く情報庁か。
顔には見覚えがないが、その仕草の一つひとつが、自分がこの場の支配者であると主張しているように感じる。
「……あなたは?」
「私の名前などどうでもいいだろう」
男が静かに立ち上がる。その動作は洗練されていて、まるで軍人のように隙が無かった。
「重要なのは、これからの質問に対する君の答えだ」
彼が手にしたタブレットを指先で操作すると、室内の照明がわずかに落ち、電子音が響いた。スクリーンの記録映像らしきものが次々に流れ出す。
「まず確認させてもらおう。君は昨夜――レジスタンスの協力者と共に政府施設に侵入した」
俺は黙っていたが、男は構わず続ける。
「電磁パルス発生器を使用し、エージェント候補生のマイクロチップを一時的に無力化した。
その後、君は “通常の人間では使用不可能な” エネルギーを用いて、我々の部隊に抵抗した」
「……」
「それは、プラナ――そう呼ばれているものだな」
声にわずかな熱が籠った。それとは裏腹な冷たい視線が俺を貫く。
その態度はまるで、標本を観察する科学者のようだった。
「君は我々にとって非常に興味深い存在だ。
…不適合者のくせに、プラナを制御できるとはな」
男の口が歪に歪むが、俺はその言葉に、胸の奥が騒めいた。
“不適合者のくせに” と罵るという事は、彼らはプラナについて何も分かっていない。
そもそもプラナを扱えるのは、不適合者だからだ。だがそれを口にすれば、相手に情報を渡すことになる。
俺は歯を食いしばった。だが、それを勘違いしたのか、彼は優越感に浸ったようだ。
「驚いたか? 我々は君が思っているより、多くのことを知っている」
男が再びタブレットを操作すると、壁の一面が黒く変化し、映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは――オルフェンだった。
…一瞬だけ、息が止まる。
「オルフェン・ダルカス。元政府エージェント。
10年前、作戦行動中に行方不明となり、のちにレジスタンスに合流したと報告されている。
……裏切り者だ」
「裏切り者…」
「彼が君に教えたのだろう? 古代の戦技を」
「……古代の?」
「プラナ・アーツ。マザー・システム確立以前に存在した、生命力を制御する技術。
当時の人類はそれを“魂の力”と呼んでいたらしい」
「魂……」
「我々もその存在を知らなかったわけではない。だが、再現できる者がいなかった。
数千人に一人、あるいは百万に一人の割合で“魂の力に適合する人間”が現れるそうだ。
……君のようにね」
彼の説明にはやはり何かが足りていないと、俺は眉をひそめた。
彼らと俺には、プラナに対する認識との差がある。“適合する人間” という言葉をあえて使う事で事実を誤認させているようで、誰が政府側にそう伝えていたのか、その意図が読めなかった。
…もしくは、単に勘違いしているだけの可能性もあるのか。
「君のような不完全な個体が、なぜそれを使えるのか。
――マザーは非常に興味を持っている」
その言葉には、明らかに暗い情熱が宿っていた。――興味。欲望。研究者の狂気。
それに充てられた俺は、唾を飲み込む。その時、オルフェンの言葉が脳裏に浮かんだ。
――レジスタンスはマザーに対抗している。
なら老獪なあの人たちの仕業かもしれない。意図的に違う情報を流しているのでは――
思考が途中で切れる。
男の視線が俺を刺すように観察していた。まるで心の中まで読み取るように。
「君がいくら黙っていても構わない、それは事実を認めたも同然だ。
……安心しろ。マザーは君を“生かして”観察する価値があると判断している」
そのまま男は背を向け、ドアの向こうへ消えていった。残されたのは彼の歪んだ情熱の痕跡と、自分の心臓の激しい音だけだった。
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数時間後、俺は違う部屋に移送されていた。
今度はコンクリートの灰色の部屋で、天井には監視カメラが2つ。拘束具は外されていたが、かわりに無言の監視の目があり、まるで檻のようだった。
突然、電子ロックが解除される音が鳴り響く。ドアが開くと、武装した警備員が入ってきた。食事トレイを置いて、何も言わずに出ていこうとする。無味乾燥な食糧パックと、ぬるい水。
――まるで、生かすためだけの“餌”だ。
「……アヤは、捕まったのか?」
返事はない。そのまま重いドアが閉まり、再び部屋に沈黙が戻る。
俺は天井を見上げ、呼吸を整えようとした。
頭の奥で、断片的な記憶が蘇る。リーナの声、アヤの手の温もり、EMPの閃光――そして、ジンの無表情な瞳。
アヤの解放は出来たが、基地の位置がバレた可能性が高い。
俺が囮になった分、時間は稼げたかもしれないが、それでも皆が撤退出来たかどうかわからない。1人でいると余計な事を考えてしまい、胸が締めつけられた。
だが同時に、もう一つの奇妙な感覚があった。“マザーが興味を持っている” という言葉。
――俺を利用する気なのか?どうやって?
俺は深く息を吐いた。
どちらにせよ、ここでただ待っているわけにはいかない。アヤと、リーナ、そしてオルフェンたちレジスタンスの仲間たちのためにも。
うす暗い部屋の中で、かすかな電子音だけが鳴り続けていた。
まるでマザーが、俺の思考を覗き込んでいるように。
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翌日、俺は再び白い部屋――尋問室に連れて行かれた。
薄暗い部屋の中央には、昨日と同じ金属製の椅子が置かれているが、待っていたのは昨日の尋問官ではなかった。
そこには、長い金髪をまとめた美しい中年の女性が立っていた。白い軍服に身を包み、胸元には数多の勲章が輝いている。おそらく年齢は四十代半ば――だがその瞳には、美しい見た目とは違い鋭さと威圧感があった。
「初めまして、レイ・シンクレア」
女性は静かに微笑んだ。
「私はコロネル・エリザベス・ヴァンス大佐。
政府特殊作戦部の責任者です」
その声は穏やかだったが、どこか冷たさが混じっているように感じた。
俺は本能的に身構える。昨日の尋問官とは格が違う…この女性の方がはるかに危険な雰囲気を醸し出していた。
「あなたに提案があります」
ヴァンス大佐は、椅子を勧めながら言った。
「提案?」
「我々の仲間になりませんか?」
あまりにも意外な提案に、俺は自分の耳を疑った。
「仲間って……」
「あなたのような能力を持つ者を、我々は常に求めています。
プラナ・アーツの技術は政府にとって非常に価値のあるものですから」
彼女は椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んだ。
「断る」
俺が即座に答えると、彼女は少しだけ目を細めたが、怒るでもなく微笑を浮かべたままだ。
「即答ですね」
彼女は苦笑しながら続ける。
「でも、一度くらい話を聞いてみてはいかがでしょうか?」
ヴァンス大佐が壁面のスクリーンを操作した。
「これを見てください」
映し出されたのは、俺の知るフィールドとはまるで違う世界だった。青く透き通る空、風に揺れる緑の草原、遠くを流れる清らかな川。それは、俺が子どもの頃、絵本の中でしか見たことのないような光景だった。
「これは、マザー・システムによる環境回復プロジェクトの成果です」
ヴァンス大佐の落ち着いた声に、俺は思わず息をのんでしまう。
「この映像は偽物じゃありません。リアルタイムの映像です。
第七フィールド──かつて不毛の砂漠だった地域。
今では自律再生プランにより生態系が復活しています」
画面の中で、白い鳥が飛び立った。
その見た事のない光景に、ほんの一瞬、胸が熱くなる。
「あと50年もすれば、惑星アルシオン全体が緑に覆われるでしょう」
彼女の声は確信に満ちていた。
「でも、それと人の自由を制御することは関係ない!」
「マザーの真の目的は、違います」
ヴァンス大佐が俺の言葉を否定する。
「人類を監視・制御しているのは、破壊の歴史を繰り返させないため。
かつての文明は、自らの欲望のまま争い、この星を死なせました。だからマザーは、“管理”する事を選んだ。
私たちは、その意思を代行しているだけです」
俺の胸の奥で、何かが軋んだ。それは、彼女の言葉を信じたい気持ちと、信じてはいけないという感覚がせめぎ合う音だった。
「レジスタンスは、この再生計画を妨害しようとしています」
彼女が指先で別の映像を呼び出すと、そこには爆破された施設、倒れた兵士、燃え上がるドーム都市が映っていた。映像の端に、赤いスカーフを巻いたレジスタンスの影が見える。
「彼らは“自由”を叫びますが、実際には自らの感情に溺れて行動しているだけです。
人類に再び自由を与えれば、更なる環境破壊が起こるのだと理解していません」
「それは……」
「あなたが救出したアヤ・クリムゾンも、現在はレジスタンスに洗脳されている可能性があります」
アヤの名が出た瞬間、心臓が跳ねた。
「……洗脳?」
「彼らは旧世界時代の技術を研究しています。
その時代には、記憶操作の技術があったと資料に残っています。
マイクロチップが無効化された人間には、それに抗う方法はありません。
次にあなたがアヤと会った時には、すでに“彼女”はもしかしたら彼らの操り人形の可能性があります」
信じたくなかった。だが、もしそれが本当なら……。
「そんなことが……できるのか?」
「残念ながら、可能です」
ヴァンス大佐は悲しげに微笑んだ。
「私自身、そうやって“奪われた”仲間を見てきました。
自由を謳いながら、陰で他者を操る。彼らの活動は欺瞞に満ちています」
沈黙――俺の心は、完全に揺らいでいた。
「あなたが我々に協力すれば、アヤさんを“正常な状態”に戻すことも可能です」
「……本当か?」
「ええ。彼女を救えるのは、今のところ我々の技術だけです」
ヴァンス大佐はゆっくりと歩み寄り、俺の正面に立った。
「考えてみてください。あなたが本当に守りたいものは何ですか?
…アヤさんの幸福ではないのですか?」
その声には、俺の心に訴えてくる、確かな気遣いの色があった。
彼女の提案は、何も考えずに手を取りたくなるような甘い響きがあった。
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独房に戻された俺は、長い時間をかけて考え続けた。
ヴァンス大佐の言葉が頭の中で反芻される。
――俺は本当は間違っていたのか?
マザーは人類を滅びから救うために存在する。
レジスタンスはその秩序を壊そうとしていて、アヤは都合のいい駒に洗脳される。
……だが、ドクター・ヴァインの話を思い出す。
マザーは人類を“エネルギー資源”として利用している。
マイクロチップは感情の制御装置で、“不適合者”は、マザーの観測対象であり、システムのバランスを維持するために放置されている。
二つの真実。…どちらが本物なのか?
俺はベッドに腰を下ろし、天井の光をじっと見つめた。そして、気づいた。
――ヴァンス大佐の話には、矛盾がある。
もしマザーが人類を本気で救うつもりなら、“不適合者”を放置する理由はなんだ。
観察対象とはいえ、チップによる制御が出来ない不適合者は、レジスタンスとなった。そして自由を求めてマザーに逆らっている。これは秩序を乱す事であり、そんな人間をわざわざ集団で生かしておく意味などないはずだ。
…何より思考を操作されて、人は本当に幸せなのか?
だが、ヴァインの理論なら説明がつく。マザーにはプラナが必要であり、不適合者は生まれながらに大量のプラナも持っている為、意図的に存在させられている。つまり、マザーは人類を救う為ではなく、自らの糧として収穫する為に生かしているのだ。
――その瞬間、俺の中で霧が晴れた。
政府の話は嘘だ。ヴァンス大佐の毒はもう効かない。真実は、レジスタンスの方にある。
心の奥に、再び”反逆の光”が灯った。




