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#01 不適合者の烙印


この惑星に生まれ落ちた瞬間、人はみな、等しく同じ「儀式」を受ける。

産声を上げた赤子の胸に抱きつく母。その傍らに立つのは、白衣をまとった技術者たち。彼らは無機質な手つきで、小さな金属片を赤子の体へと埋め込む。


――それが、「マイクロチップ」。


人類がこの閉ざされた世界で生き延びるために不可欠とされる、文明の刻印。

このチップがあるからこそ、人は「マザー」と呼ばれる中央統括AIと接続され、はじめて庇護の対象として認識される。


マザーは人の命を管理し、街を制御し、防壁を維持する。

人類を守るために、眠らぬ瞳で監視し続ける存在。


生まれ落ちたその時から、人はマザーの庇護のもとに生きる。

それは人類が滅亡しないための唯一の仕組みであり、誰もがそのことを当然のように受け入れていた──


---


惑星アルシオン、居住区セントラル・ドーム。


巨大なエネルギー防壁に守られたこの都市は、昼間は光を反射してまぶしく輝き、夜には都市全体が柔らかい光に包まれる。だが、そんな美しい景観の裏側で俺、レイ・シンクレアは今日も屈辱を味わっていた。


「レイ・シンクレア、前に出ろ」


政府エージェント訓練所の実技場に、教官の冷たい声が響き渡る。

重い足取りで前に進むと、周囲の視線が突き刺さるように感じた。

同期の訓練生たちの目には、もう見慣れた軽蔑の色が浮かんでいた。


「今日はパルス・ソードによるディスク・アーツ発動訓練だ」


教官がホログラフィで手順を表示する。

俺の手の中にあるのは、標準的なEランクのパルス・ギア。

そして武器のスロットに装着された一枚のディスク——「スラッシュ」と刻印されている。


少し、パルス・ギアについて説明しておこう。

俺がこの一年間で叩き込まれてきた、エージェントとしての基本知識だ。


生まれた瞬間に埋め込まれるマイクロチップが神経パターンと「共鳴」すると、武器や防具に差し込んだディスクを起動させる事ができる。


武器に装填して発動するのが——「ディスク・アーツ」。炎や雷を操り、斬撃を強化する攻撃系の戦技だ。


そしてアーツを発動させるために必要となる特殊なグローブ——パルス・ガード。これがチップとディスクを繋ぐ媒体となる。

グローブを身に着け、ディスクの差し込まれたパルス・ギアの柄を握る事で始めて、「ディスク・アーツ」が発動できる。


さらに、そのガード自体にディスクを装填して発動するのが——「ディスク・ワード」。防御、治癒、身体強化……仲間を守るための支援術式だ。


重要なのは——ディスクごとに発動できる技は一つだけ、ということ。

《スラッシュ》のディスクなら斬撃強化しか使えないし、《シールド》のディスクなら防御結界しか使えない。

違う技を使いたいなら、戦闘中にディスクを差し替えるしかない。


ディスクの発動には必ず「音声によるコマンド」が必要になる。

まず「ディスク・アーツ」か「ディスク・ワード」と唱え、次に技の名を告げる。


「ディスク・アーツ《スラッシュ》」

「ディスク・ワード《シールド》」


このようにコマンドを詠唱することによって、チップとディスクが反応し、力が解放される。


そしてギア、ガード共にグレードが1段階上がる度に、装填できるディスクの数が1つずつ増える。

だからこそ——複数のディスクを同時に装填できる高グレードのパルス・ギアを持つ者ほど、多彩な戦技を扱える。

高グレードのパルス・ギアは「ダブル・アーツ」や「トリプル・ワード」といった同時起動も可能になる。


……聞いてる分には正直憧れるが、現実の俺には全く縁がなかった。


訓練生――いや惑星アルシオンで生まれたものは、全員生まれた時に体内へマイクロチップを埋め込まれる。

そのチップがディスクと共鳴することで戦技を使用できる仕組みだ。

超人工知能マザーが管理するこのシステムは、惑星アルシオンの平和と秩序を支える根幹技術とされていた。


「パルス・ガードを装着し、武器を握れ。ディスクに刻まれた技名を詠唱しろ」


俺は言われた通り、特殊グローブを左手に装着し、パルス・ソードの柄を握った。

体内のマイクロチップが武器との同調を開始するはずだった。


「ディスク・アーツ《スラッシュ》」


声に出してワードを詠唱する。


だが、何も起こらない。


剣身にエネルギーの刃が形成されることも、特殊な戦技が発動することもない。

ただの金属の棒を振っているだけだった。


「...もう一度」


教官の声には、既に諦めの響きがあった。俺は再び詠唱を試みる。


「ディスク・アーツ《スラッシュ》!」


やはり、何も起こらない。


訓練場に気まずい沈黙が流れた。同期の一人が小さく舌打ちをする音が聞こえる。

俺の心臓は、鼓動が耳に響くほど大きくなった。


「もういい。次、アヤ・クリムゾン」


教官は俺を諦めるように手で下がらせ、次の訓練生を呼んだ。


アヤは整った美貌を無表情で保ちながら前に出る。

エリート然とした雰囲気を纏う彼女は、俺とは正反対の存在だった。

同じEランク武器を手にしても、その構えから既に違いが見て取れる。


「ディスク・アーツ《スラッシュ》」


彼女の涼やかな声と共に、剣身に青白いエネルギーの刃が形成された。

一振りすると、空気を切り裂く鋭い音と共に、前方の標的が真っ二つに切断される。


「素晴らしい。完璧な発動例だ」


教官は満足そうに頷き、他の訓練生も息を飲む。

俺は、自分の手に握った冷たい剣を見つめた。

同じディスク、同じ武器、同じ詠唱——なのに、なぜ俺だけ、何も起きないのか。

この空間に存在する事自体を否定されている気がした。


アヤが俺の前を通り過ぎる時、ほんの一瞬だけ視線が合った。

彼女の瞳に微かに同情の色が浮かんだように見えたが、それは一瞬で消え、すぐに無表情の冷徹な目に戻る。

まるで、俺の失敗など最初から存在しなかったかのように。


「次は君だ、ザイン・レイノルズ」


訓練は淡々と続く。

他の訓練生たちは次々とディスク・アーツを発動させ、炎を纏った斬撃、氷の槍、雷撃——様々な技が訓練場を色彩豊かに飾る。

空気が熱く振動し、エネルギーの光があちこちで交錯する。


そんな中、俺だけが何もできずに立ち尽くしていた。


---


訓練が終わった後、俺は誰もいない実技場の隅で、散乱した機材を一つずつ丁寧に片付けていた。

汗で湿った手袋の感触が肌に貼りつき、肩の力が抜けない。重苦しい沈黙の中、ただ金属音だけが響く。


「おい、不適合者」


背後から冷たい声が響き、思わず肩を強ばらせた。

振り返ると、ザイン・レイノルズが仲間たちを従えて近づいてくる。

日差しを浴びた青い瞳に、嘲りの色が浮かんでいた。


「いい加減、諦めたらどうだ?どうせお前にはアーツなんて使えないんだろう?」


俺は無言で立ち上がろうとしたが、ザインが肩に手を置き、力を込めて押さえる。

冷たい掌が背中に触れ、怒りと屈辱が入り混じった感覚が胸を締め付けた。


「エージェントになるには適性が必要なんだよ。

 お前みたいな適合率ゼロの欠陥品は、大人しく居住区で事務でもやってろ」


その一言に、まるで鋭い刃で胸を貫かれたような痛みを感じた。

欠陥品——。ここまで言われたのは初めてだった……

こんなにも軽蔑と絶望を込めた言葉を、目の前で投げつけてくるなんて。


俺は咄嗟に言葉を飲み込んだ。声にすれば、泣き言になる。

屈辱を噛み締め、ただ拳を握りしめるしかなかった。


「やめなさい、ザイン」


意外にも、その冷たい空気を裂いたのはアヤだった。

背筋をピンと伸ばした彼女は無表情を保っているが、その瞳には怒りが宿っていた。

ザインを見る目が鋭く、明らかに拒絶を示していた。


「エリート様のお出ましか」


ザインが嫌味たっぷりに言った。


「まあ、上位ランカーの君が言うなら、仕方ないな」


その瞬間、ザインの表情にわずかに皮肉と諦観が混ざった。

それでも彼は俺から手を離し、仲間たちと共に足早に訓練場を後にした。


深く息をつき、肩の力を抜く。場に残された静寂が、胸の奥にしみる。


「...ありがとう」


俺がアヤに声をかけると、彼女は振り返らずに答えた。

言葉に感情はほとんど乗っていなかったが、その冷たさの奥に微かな気遣いを感じた。


「別に。単に見苦しかっただけよ」


短く、淡々と。彼女はそう言い残し、静かに訓練場を去っていく。

彼女の後ろ姿が消えるまで、俺はただ立ち尽くしていた。


空気の残響に、先ほどの屈辱と、少しの安堵が混ざる。

アヤが守ってくれたという事実は、言葉にならない仄かな温かさを胸に残した。

それでも、自分が取り残された孤独感は消えず、重く、押しつぶされそうだった。


手元のパルス・ギアを握りしめ、俺は深呼吸を一つする。冷たい金属の感触が、今日の失敗を思い出させる。だが、無心で何度か素振りをしていく内に、思考が切り替わっていく。

まだだ。まだ俺は諦めていない。


――なぜ俺だけがアーツを使えないのか?

体内のマイクロチップは正常に埋め込まれているはずなのに、なぜディスクとの同調ができないのか?


俺は「数万人に一人」と言われる不適合者。


出生してマイクロチップを埋め込まれた時に、どれだけチップが馴染んでいるか「適合率」という形でマザーに登録される。本来なら適合率が高い者しかエージェント採用試験を受ける事は出来ない。


なのに、なぜ俺はここにいるのだろう?


不適合者とは、そのチップが正常に機能しない極めて稀な体質の人間のことだ。


普通に考えれば、戦技が使えない人間がエージェント候補生になれるはずがない。

実際、俺も最初は門前払いされると覚悟していた。


だが面接では、意外にもあっさりと合格が告げられた。


「貴重なサンプルケースとして、観察価値がある」


面接官の一人がそう呟いたのを覚えている。

その時は意味がわからなかったが、今思い返すと妙に引っかかる言葉だった。


努力して入れたわけじゃない。実力があったわけでもない。


それなのに、なぜ俺は候補生として認められたのか?


まるで最初から「合格」が決まっていたかのような...そんな違和感を拭えずにいた。


「俺は一体なんなんだろうか......」


独り言を呟きながら、俺は訓練場を後にした。


---


居住区の夕暮れは、空気まで染めるように美しかった。

防壁の向こうに沈む夕日が、ドーム都市全体を橙色に染める。

高層ビルの間を縫って飛び交うエアカーの光跡は、まるで夜空に浮かぶ人工の星座のように瞬いていた。


俺は自分の住居——下層区画の狭いアパートメントに帰る途中、中央広場のホログラフィ放送に足を止めた。


『本日も惑星アルシオンに平和をもたらしてくださったマザーに感謝を』


美しい女性の映像が微笑みかける。マザーの代弁者として知られるスポークスウーマンだ。


『フィールドでのモンスター討伐任務において、政府エージェント部隊が優秀な成果を収めました』


映像には、アーツを駆使してモンスターと戦うエージェントたちの姿が映し出される。

炎と氷と雷が舞い踊る戦場。その華麗な戦闘技術に、市民たちは目を輝かせた。


「すごいわね、エージェントの皆さん」

「私たちを守ってくれて、ありがたいことよ」

「マザーのおかげで、こんなに安全に暮らせるのね」


市民たちの満足そうな声を聞きながら、俺は複雑な気持ちになった。


自分もいつかあの映像の中の一員のようになりたかった。人々を守る立派なエージェントに。

だが現実は違った。アーツが使えない俺に、そんな未来はない。


それでも、俺には諦められない理由があった。


---


自分の部屋に戻ると、俺は壁に飾られた写真を見つめた。


年老いた男性——俺の育ての親だった人物の写真だ。


彼もかつてはエージェントだった。しかし任務中の事故で右腕を失い、現役を引退。

その後、身寄りのない俺を引き取って育ててくれた。


「レイ、お前にも生きてる意味はあるんだ」


彼が死ぬ間際に残した言葉だった。


「アーツが使えなくても、お前にしかできないことが必ずある。それを見つけなさい」


俺はその言葉を信じて、エージェント候補生になった。だが現実は厳しかった。


明日もまた、同じような屈辱を味わうのだろう。


それでも、俺は諦めるわけにはいかなかった。

育ての親の遺志を継ぐため、そして何より、自分自身の可能性を信じるために。


窓の外では、夜のとばりが居住区を包み始めていた。

防壁の向こう、フィールドの闇の中で、何かが蠢いているのを感じる。


まだ知らない世界。まだ見ぬ可能性。


俺は拳を握りしめた。



——この時の俺は、まだ知らなかった。


「不適合」とは、烙印ではなく祝福だった事を。


そして、マイクロチップの真の恐ろしさを。



新作です!

どうぞよろしくお願いします。

今日は一気に3話更新ですので、お気をつけください!

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