浮気をしたのはそちらでは?
「アイシャ。君が浮気をしているというのは本当か?」
アイシャ・クローゼル。
長い桃色の髪に緑色の目。
愛らしい容姿をしている女性だ。
彼女は現在ある屋敷に来ており、ゼフォン・シルベルダにそんな言葉を投げかけれれていた。
ゼフォン・シルベルダ。
爽やかに揺らぐ黄金色の髪。
アイシャを映すブルートルマリンの瞳。
100人が見たら100人が美形と称する優れた外見。
そんなゼフォンは、アイシャの婚約者である。
「まさか……浮気なんてしておりませんわ」
「だが妹のラーミナがそう言っているんだ。浮気調査をしたところ、アイシャの浮気が発覚したと」
「そんな……」
ゼフォンの背後で笑う女性、ラーミナ・シルベルダ。
彼女はゼフォンの妹で、兄と同じ金髪と青色の瞳の持ち主。
ラーミナもまた美しい女性で、しかし醜悪な笑みを浮かべてアイシャのことを見据えていた。
「申し訳ありませんが、お兄様に相応しいかどうかを調べさせていただきました。その結果、まさかアイシャ様の浮気が発覚するなんて……しかしこれは不幸中の幸い。こんな方と結婚しないで済んで良かったですわね、お兄様」
「まったくだ。ラーミナが調べてくれたおかげで、結婚前に彼女の浮気が発覚した。全部ラーミナのおかげだ」
「ふふふ。お兄様のためですから。元々、こんな平凡な女性なんてお兄様の婚約者には相応しくないと思っておりましたの」
「証拠はあるのですか?」
「証拠? ええ、こちらが証拠になります」
そう言ってラーミナはアイシャへ書類を手渡す。
そこにはアイシャが浮気をしているという情報が記載されており、だがその全ては出鱈目であった。
「こんな……嘘ばかり」
「嘘と言うなら、それを反論するだけの証拠を提示してくれ。こちらはお前が浮気した証拠を出したのだから」
「…………」
アイシャを睨むゼフォン。
書類に書かれている浮気相手など存在せず、でっち上げもいいところだが、妹を全面的に信頼しているところを見ると、二人の計画的なものだと分かる。
アイシャ有責で婚約破棄にしたい、ゼフォンはそう考えていた。
嬉しいのか、微妙に口角を上げているゼフォンを見て、アイシャはそれを確信する。
しかし反論の証拠も無く、これを嘘だと証明することができない。
そう考えるアイシャであったが、別方向から攻めることに。
「反論する証拠はありませんね」
「そうだろう。何をするにも、証拠が必要だから――」
「ですが、別の証拠ならあります」
「……べ、別の証拠?」
「はい」
アイシャの強い眼差し。
二人を見据え、悪事を暴かんとする正義の瞳だ。
アイシャの鋭い視線にたじろぐ二人。
すると部屋の扉をノックされる音がし、中へと一人の男性が入って来る。
「兄上……?」
「エドワードお兄様?」
エドワード・シルベルダ
兄弟共有の黄金色の髪。
優しく、そして厳しさの含む碧眼。
ゼフォンに負けず劣らずの容姿を持ち、そして弟よりも人気のある男性。
そのエドワードは無言のまま歩みを続け――そしてアイシャの隣に立つ。
「二人に見てもらいたいものがある」
「み、見てもらいたいもの……?」
エドワードが持っていた書類を二人に手渡す。
それを見たゼフォンとラーミナが目を見開く。
「こ、これは……」
「お兄様……こんなの嘘ですわ……」
顔面蒼白となるゼフォンとラーミナであったが、アイシャとエドワードは冷たい顔で二人を見据える。
「嘘というのなら、それを嘘と証明するだけの証拠が必要でしたわね?」
「うっ……」
「証拠があるならどうぞお願いします。ゼフォン様。ラーミナ様」
堂々としたアイシャの態度に対し、怯えるような表情を浮かべるゼフォンとラーミナ。
エドワードが手渡した書類は――二人がそれぞれ浮気をしていた証拠だ。
こちらは紛れもない事実で、あまりも見覚えがありすぎて、二人は絶句していた。
(まさか自分たちの浮気がバレているとは……計算外だ)
ゼフォンは心の中で焦りに焦る。
彼は自分有利に婚約破棄をし、アイシャに慰謝料を請求した後に浮気相手と結婚しようと企んでいた。
その計画がまさかこんな形で頓挫しようとしているとは……歯をかみしめて、ゼフォンはエドワードを睨みつける。
「兄上! どういうつもりだ?」
「どういうつもりなのか、こちらが聞きたいぐらいだ。自分が浮気をしておいて、アイシャの浮気をでっちあげるなどとはどういう考えだ?」
「ア、アイシャは浮気をしている! そしてこれは嘘だ!」
「だからあなたが、嘘というなら証拠が必要と仰いましたわよね?」
「だ、だったらお前も証拠を出せ! お前が浮気をしていない証拠を」
フーッとため息をつき、アイシャは呆れたような口調で続ける。
「証拠は出せないと言いました。この書類に反論するだけの材料はありません」
「だ、だったら――」
「ですが、ゼフォン様が浮気をしていることは完全に証明することはできます」
「な、なんだって……?」
「驚いているようですが、簡単な話です。ゼフォン様の浮気相手はもう白状なされましたから。彼女に証言してもらえれば、それが証拠となるでしょう」
ゼフォンの心臓が止まりそうになる。
まさか書類だけではなく、浮気相手の証言まで用意しているとは。
絶望を顔面に張り付け、ゼフォンはアイシャの氷のような瞳を見る。
「あ、え、その……」
「もし私が浮気をしているというのなら、その浮気相手を連れて来てください。そうしたらこちらは全面的に認めましょう」
それは不可能。
何故ならアイシャの浮気相手など存在しないのだから。
今さらでっち上げの浮気相手を作り出すには遅い。
自身の勝ち筋が無くなったことを悟ったのか、ゼフォンは突然気持ち悪い笑みをアイシャに向ける。
「は……ははは……すまなかった! ちょっとした出来心だったんだ。浮気をしていたのはお互い様だし、ここは痛み分けということで忘れるとしよう」
「だから、それなら浮気相手を連れて来てくださいと言っていますの。話が通じていないのですか?」
「し、しかしだな」
「往生際が悪いぞ、ゼフォン。貴様の企みなど既にお見通し。アイシャ有責で婚約破棄をしたかったんだろ?」
「な、何故それを……しまった!」
口を滑らせ、焦りをみせるゼフォン。
兄であるエドワードに睨まれ、冷や汗が全身から吹き出る。
「ラーミナと話をしているのを何度か立ち聞きしたことがあってな。だからその証拠を集め、アイシャに手渡した」
「で、でも私は無関係ですわよね? 何故私の浮気調査まで?」
エドワードにギロッと睨まれ、ラーミナは小さな悲鳴を上げてたじろぐ。
「妹が浮気をしていてることを分かっていながら、婚約者の家に送り出すことなどできないだろう」
「ま、まさか……フィン様に報告するおつもりですか!?」
「まさか」
否定するようなエドワードの言葉に、ラーミナはホッとする。
妹の婚約を破談になるようなことは流石に言わないか。
そう安心するラーミナであったが、エドワードの口から信じられないような言葉が飛び出す。
「もうすでに報告済みだ。正式に婚約破棄を言い渡されるのは、すぐのことだろうな」
「あ、あああ……終わった……私の結婚話が終わってしまった」
膝から崩れ落ち、頭を抱えるラーミナ。
今度は自分の番か。
ゼフォンはそう考え、必死な形相でアイシャに懇願しようとするが――エドワードがその前にアイシャの肩を抱き寄せる。
「な、何をやっているんだ……?」
兄の突然の行動に唖然とし、ゼフォンはワナワナと震え出す。
「ゼフォン様。あなたとは婚約破棄をさせていただきます」
「そしてアイシャは、俺と婚約することが決定している。ああ、先に行っておくが、お前たちみたいに浮気などしていない。先に約束を取り付けておいただけだ」
「う、嘘だ……嘘だ!!」
アイシャはまだ自分ことが好き。
そう思い込んでいたゼフォンは怒り狂う。
そして感情のまま兄に突撃し――拳一つで撃退される。
「ぐふっ‼」
吹き飛び、地面に倒れるゼフォン。
エドワードは嘆息し、倒れる弟を見下ろしている。
「お前は昔から何をやっても俺に勝てない。それを忘れたのか?」
「ううう……」
「唯一、素敵な女性と婚約をしたことは負けたと思っていたが、まさかそちらから手放すようなことをしてくれるとはな……礼を言っておこう」
「ゼフォン様。浮気相手とどうかお幸せに。ああ。そちら有責の婚約破棄なので、慰謝料はよろしくお願いします」
「……うわぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ゼフォンの絶叫がこだまする。
だがアイシャとエドワードは、それを冷たく見下ろすのみ。
絶望と後悔の念に苛まれながら、ゼフォンはただ涙を流した。
それから間もなくして、アイシャとゼフォンの婚約関係は解消される。
妹のラーミナも婚約破棄を言い渡され、茫然とした日々を送っていた。
それに対し、エドワードはアイシャとの幸せな時間を過ごしている。
正式に婚約をし、結婚はもうすぐ。
今日もエドワードの屋敷の庭で談笑し、笑顔を向け合っていた。
「まさかエドワード様から婚約を申し込まれるとは思ってもみませんでしたわ」
「一目ぼれ……というやつだな。ゼフォンが浮気をしていると聞いた時は、喜びで全身が震えたものだ。俺にもチャンスがあると思ってな」
クスッと笑うアイシャ。
エドワードも笑い、優しい空気が流れる。
「断られるとは思っていなかったのですか?」
「その時は、俺の愛が伝わるまで語りかけるだけのこと。諦めるつもりは毛頭無かった。だが君はすんなりと俺を受け入れてくれた」
「エドワード様の熱意は感じましたから。この方は一生私を大事にしてくれると。浮気なんてしないと信じられるはずだと」
「浮気なんてしない。俺にはアイシャしかいない。君だけを永遠に愛することを誓おう」
二人の指が絡み合い、そして力強く握り合う。
真実の愛を見つけた二人は、その手を放すことは永遠に無いだろう。
一生を共にする誓いを胸に、二人は情熱的に見つめ合うのであった。
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