表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

追う者背負う者

 桜の花が、校庭をうっすらと染めていた。


 福岡県立筑龍高校、入学式当日。


 風間 遼は、新しい制服の襟を無造作に直しながら、講堂の隅の席に腰を下ろしていた。


 (どこもかしこも、静かだな)


 司会の声と拍手だけが、やたらと響く。

 隣の生徒の緊張した息遣い。保護者席からは、ちらほらとシャッター音。

 風間は一人、そんな空気に馴染む気もなく、ただ前を見ていた。


 ――周囲の誰も、自分を知らない。

 いや、もう“知っているはずがない”。


 数年前は、スポーツ新聞にも名前が載った。

 だが今、自分はただの新入生の一人だ。


(ま、それでいい。むしろやりやすい)


 そう思ってはみたが、心の底には燻るものがあった。

 “誰も俺を見ていない”という事実が、思っていた以上に重くのしかかってくる。


 式が終わり、教室へ移動する廊下。

 その途中で、風間は誰かと肩がぶつかった。


「あっ、ごめん!」


 振り返った相手は――風間より一回り大きな少年だった。

 にこっと笑って、帽子を脇に抱えている。


「あれ?風間……遼くん、ですよね?」


 風間は、言葉を失った。

 この学校に、自分のことを知っている人間がいるとは思わなかった。


「……誰?」


「俺、志村 空。小学校の時、全国大会で対戦しました! ◯◯東の補欠で――

 スタンドから見てたんスよ、風間くんのスーパーキャッチ。……あれ、今でも覚えてます!」


 言葉は早口だったが、瞳は真っ直ぐだった。


「……よく覚えてんな、そんな前のこと」


「忘れられないっスよ! あれで俺、野球一生やろうって思ったんスから!

 ……あの時、マジでヒーローでした!」


 風間は苦笑した。

 “ヒーロー”――あの言葉は、もう聞くことはないと思っていた。


「……じゃあ、わざわざここに来たのか?」


「はい。風間くんが東雲に進学するって知って、俺も即決しました!」


 その言葉に、風間は思わず目を見開いた。


「……ほんとに、バカだなお前」


「よく言われます! でも、それでいいんス。俺、風間くんと野球やりたかったんで!」


 志村は、くしゃっと笑った。

 そのまっすぐさに、風間の心にわずかな熱が戻るのを感じた。


「……ま、グラウンドで待ってるよ。口だけじゃなく、ちゃんと走れるんだろ?」


「もちろんっス! 俺も、足だけは自信あるんで!」


 どちらが声をかけたのではない。


 しかし、風間と志村。二人は競うようにグラウンドへと駆け出していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ