入学
野球の小説始めました。
これもやってみたかった。
目指せ完結!よろしくお願いします!
決勝戦、最終回。
二死満塁、守るは一点リードのまま。
相手の四番が放った鋭い打球が、センターの頭上を越えていく――
そう思われた瞬間、ひとりの少年が空を切り裂いた。
風間 遼、小学校六年。
彼のグラブは、見事に白球を掴んでいた。
その一瞬が、観客の時間を止めた。
球場にいた誰もが、息を呑んでいた。
そして次の瞬間、地鳴りのような歓声が響き渡った。
「全国優勝!」「センター風間、奇跡のキャッチ!」
その名は一気に全国区となり、“消えたスーパースター”と呼ばれるまでの始まりだった。
――あれから、3年。
福岡の春。桜が舞う中、風間は静かに制服のボタンを留めていた。
白いワイシャツの胸元に、「福岡県立 筑龍高校」の校章が光っている。
「……なーんか、パッとしないな」
登校初日、風間は校門の前で立ち止まった。
かつては名門と言われた野球部も、今や地区予選で一回戦敗退が常。
それでも、この高校を選んだ理由は……他に行ける場所がなかった、それだけだ。
中学では特別な実績も残せず、声をかけてくる強豪校は一つもなかった。
自分はもう、“あの頃の風間”ではなかった。
(別に……野球を諦めたつもりはない。ただ、どうでもよくなっただけだ)
誰に向けたわけでもない、そんな呟きが喉に引っかかる。
だが、足は自然とグラウンドへと向いていた。
――そしてそのグラウンドの片隅に、ひときわ異質な存在がいた。
ノックバットを振る男が一人。
まだ部員も集まっていない時間、土の香りと静けさの中、淡々とバットを振り続けている。
「……あんたが監督?」
気づけば、風間は声をかけていた。
男はバットを肩に乗せたまま、振り返る。
鋭い目。無言。だが、こちらを確かに見ている。
「新入生......入部希望か?」
その低い声に、風間はほんの少し肩をすくめた。
「まあ、そんなとこですけど……ここ、野球部ってまだやってたんすね」
「やってるよ。お前みたいな“昔話”を捨てきれない連中が、たまに集まってくる」
「……挑発っすか?」
「事実を言っただけだ。で、お前は“まだ”飛べるのか?」
その言葉に、風間の目がわずかに細められる。
“飛べるのか”――あの日、自分がボールに飛びついた瞬間を思い出す。
「やってみなきゃ、わかんないっすよ」
香月 隼人は、その答えに微かに口角を上げた。
「じゃあ走れ。今からグラウンド十周。時計は見ない、俺が見てる」
命令のようで、試すような言い方だった。
風間は一度だけグラウンドを見回し、無言で走り出した。
足はまだ、動く。
地面を蹴る感触。空気の匂い。風を切る音。
ただ走る、それだけのことが、心を少しだけ軽くした。
(……まだ、終わってねえかもな)
風間の瞳に、再び光が宿る――その始まりだった。