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Revenir ~不死身の撃墜王~  作者: 月夜野桜
第三章 レヴニールの影
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第一話 笑顔の価値

「これ、意味あるのかなー?」


 朝食後の食堂でのこと。夜明け前に再開された北エルトリアの攻撃の映像を見て、フランがそう感想を漏らした。ユーグも同じことを言いたい。すでに廃墟と化した建物や大穴が空いた砲撃跡に、ミサイルが着弾している。


「こっちにとっては、電磁防衛網の正常作動の確認にはなっているんじゃないか?」


 前向きに考えて、それくらいしかない。北エルトリアにとっての意義は思いつかなかった。


 REMPS(反復式電磁パルス装置)影響下では、ミサイルも意味をなさない。コンピューターを使わずして、まともな誘導システムは組めない。EMP(電磁パルス)を浴びると、そのまま直進しだすか、おかしな方向に曲がってしまい、目的地にはほとんど命中しない。


 防衛拠点には、指向性のある電波を照射するHPM(高出力マイクロ波)兵器もあって、そちらなら確実に無力化できる。その場合、セットで配備される電磁投射砲レールガンを使い、空中で破壊することも可能。


「単なる時間稼ぎ。敵はレヴニールを恐れてる」


 珍しくセリアが自発的に意見を述べた。映像はローザニア北部の重要拠点、アンジェヴィル市付近のもの。最近レヴニールの目撃情報が多い。外相電話会談が始まるまでは、国境から浸透してきていた北エルトリア陸軍が、激しい攻撃を加えていた。


 予想に反して、民間人退避のための攻撃停止期間が明けても、北エルトリアの直接攻撃は再開されなかった。そのまま前線の戦闘は膠着状態に陥っている。


 敵軍は空陸共に戦力消耗が激しく、再編と予備兵投入のための時間を欲しがっていると、司令部や各国の情報筋は推測している。セリアの言う通り、これは時間稼ぎなのだろう。


 開戦直後の奇襲時には使われたものの、電磁防衛網稼働後は、巡航ミサイルでの攻撃は無駄でしかなく、久しく行われていなかった。それを今になってやっている。


「これじゃ地上部隊はろくに進めないからな」


 無誘導状態になって狙いが逸れるとはいえ、近くに着弾して巻き込まれたら大惨事。こちらの陸軍は少しずつ進軍し、電磁防衛網や迎撃用の電磁投射砲レールガンごと移動させていくしかない。


「うーん、高高度爆撃は? REMPS(反復式電磁パルス装置)届かないくらいの高さからなら、一方的に攻撃できるんじゃない?」


「甘いよ、フラン。向こうも当然迎撃に出てくるだろ」


「そこはほら、ささーっと爆弾だけ落として帰ってくるとか」


 かなり無理がある。地上からの支援を受けて有利に戦闘できる敵航空部隊をかいくぐり、高高度から無誘導爆弾を命中させるなど、至難の業。国際条約で使用禁止になっているような大規模破壊兵器を使用しない限り、敵陸軍に大した損害は与えられない。


 EMB(電磁パルス爆弾)を落としても同様。重量のある電磁防御籠ファラデーケージやアースとの接続、地上送電網等も利用して、地上兵器は電磁防御を高めやすく、あまり有効ではない。


「レヴニールがやったけど、大して効果はなかった」


「やったのかよ、レヴニールは……」


 セリアの言葉に、ユーグは絶句した。やはりとんでもないパイロット。しかしそのレヴニールでも効果がないのなら、大編隊で行っても意味がないということだろう。


「うーん、やっぱこの戦争じゃ、陸軍と空軍が一緒に動けないとダメかー」


 はあっと溜息を吐くフラン。どちらかだけが突出しても勝てないのがこの戦争。


 REMPS(反復式電磁パルス装置)想定の最新鋭地上兵器は、電磁防御状態でも、その内側から電子制御兵器による精密攻撃が可能。低空では地上部隊が有利、高高度なら航空機が有利。両部隊が互いに弱点を補完し合って、連携しないと戦えない。


 首都付近から北エルトリア軍を駆逐できた秘訣も、そこにある。対電磁防御兵器は輸送に時間がかかるために、首都近郊までは持ち込まれていなかった。フォーレスから取り寄せた対電磁防御付き兵器を使用したローザニアが、終始有利に戦闘を進められたのである。


 しかしそれも、北の国境から浸透してきていた、対電磁防御兵器配備の北エルトリア軍部隊と衝突したところで終わる。そこからは膠着状態。時折一点集中の激しい攻撃を織り交ぜつつ、両軍共に長距離砲撃や、牛歩の如き進軍のみ。


「おーい、お前ら。上に掛け合ってきたぞ。今日は一日オフでいいそうだ」


 食堂の入り口から現れた隊長の一言に、フランが飛び上がって喜んだ。


「おおおお! さっすが隊長、わかってるー!」


「今のうちにたっぷり遊んどけ。敵さんも、再編を終えたらまた攻めてくるだろう。そんときは、休みなしでフル稼働だからな?」


 束の間の休息。きちんとしたオフが与えられたのは、いったい何週間ぶりのことだろうか。


 ちょうど良い機会だとユーグは考えた。またセリアを外に連れ出し、今度はもっと押してみよう。しかし、声を掛ける前にフランに機先を制された。


「ユーグユーグ! デートしようよ、デート! 服買いたいんだー、あたし」


「え……いや、えっと……」


 これを断ってセリアを誘うのは、さすがにまずい気がする。期待に目を輝かせるフランと、やることがないのならと部屋に戻るつもりなのか、席を立つセリアの無表情な顔を見比べた。


「フ、フラン、せっかくだからブランシェ少尉と行ってきたらどうだ? 俺はほら、女性ものとかどういうのがいいかよくわからないし、女同士なら仲良くやれるだろ?」


「私は服は要らない。これで充分」


 いつか聞いた台詞と共に、さっさと行ってしまうセリア。


「あ、ちょっと、ブランシェ少尉」


 後を追おうとすると、グイと腕を掴まれた。半眼になったフランが睨み上げてくる。


「なんであの子と行かせようとするのよー? あたしはあんたと行きたいの」


 隊長はフランには頼まなかったのだろうかと、ユーグは疑問に思った。――が、すぐに答えが頭に浮かんだ。頼めなかったのだ。フランがここへ来た事情を知っているから。


 あの夜見た、フランの悲痛な表情が頭から離れない。頼んで良いものか、悩んでしまう。


「あのさ、フラン。お前、あいつのこと、嫌い?」


「え? んー、別に嫌いってことはないけど、ただ……」


 どんなことでも明け透けに言うフランにしては、珍しく遠慮がちに続ける。


「あの子、話しかけても反応薄すぎるんだよね。さすがのあたしでも、気まずい雰囲気になる想像しかできないからさ」


 フランにそこまで言わせるとは、よほどの強敵なのだろう。すでに試みたのかもしれない。彼女とも仲良くなろうと。


「じゃ、じゃあ、三人で行こうぜ?」


 折衷案のつもりだった。だが、同意するかと思ったフランは、露骨に不機嫌そうな表情に変わった。


「サイッテー。一人で誘う勇気がないからって、人をデートのダシに使おうとか。そんなんだから、彼女いない歴イコール年齢なんだよ?」


 ぷいと顔を背けると、スタスタと歩いて食堂を出ていってしまう。ふと周囲の視線に気づいて見回すと、全員が目を逸らした。


 両方に振られるところを見られてしまった。いや、セリアには直接断られたわけではない。フランと服を買いに行く必要性を感じてくれなかっただけ。別の理由で自分が誘えばわからない。そう考えつつ、人目から逃れるように急ぎ足で食堂を出た。


 外に出ると猛然と走り出して、セリアが部屋に入ってしまう前に追いつく。


「ブランシェ少尉、待ってくれ」


 くるりとセリアが振り返る。相変わらず何の表情も浮かべていないが、氷青色アイスブルーの瞳が真っすぐにユーグを見返し、疑問を投げかけているように思えた。


「あのさ、この間のショッピングモール、また行ってみないか?」


「理解不能。レーネック少尉の誘いを断って、どうして私を?」


 本当のことは言えない。お近づきになりたいとは。そしてその理由も。隊長から頼まれたからとも、個人的に気になるからとも。


「えーと、その……フランは誰とでもすぐ仲良くなれるけど、ブランシェ少尉はそうじゃないみたいだし。だから、その、戦時中とはいえ、もっと楽しんで欲しいと思う。滅多にない休みなんだから」


「同情は要らない。孤独で結構」


 表情も変えずに言ってのけると、セリアは背を向けて歩き出した。


(何やってんだよ、俺は!)


 心の中で自分を叱責した。きっと傷つけてしまったに違いない。セリアにだって感情がないわけはない。表に出さないだけ。あんな言い方をされて、心が痛まないわけはない。


「セリア!」


 思わずファーストネームが飛び出した。どうせこの階では誰も聞いていない。ユーグは思いの丈をありのままに叫んだ。


「同情なんかじゃない! ただお前が笑っている顔を見てみたいだけだ!」


 ピタリと足を止めると、セリアはゆっくりとこちらを振り返った。畳みかけるようにしてユーグは続ける。


「今は戦争中だ、いつ死んでもおかしくはない。俺はお前みたいにうまく飛べないし、お前だって生命を捨てるような飛び方ばかりしてる。だから、死んでしまう前に、一度くらいは見てみたい。――笑ってみせてくれよ!」


 戸惑ったように、ユーグの顔と足元の間で、視線を彷徨わせるセリア。その口から、消え入るように小さな声が漏れた。


「期待に応えられる自信がない」


「自信がないからチャレンジしてみるんでしょ?」


 背後から声がして振り返ってみれば、案の定フランだった。


「フ、フラン……?」


 聞かれていたことで、恥ずかしさに頬を染めるユーグの横を、そんなものには目もくれず突き進むフラン。セリアの前まで行くと、両肩に手を置き、瞳を覗き込むようにして語り掛ける。


「楽しいことしなきゃ笑えないのは当たり前。笑いたければ、自分で笑えること探さなきゃ。戦時中に不謹慎かもしれない。けど、戦時中だからこそ、そういう気持ちが必要なんだと思う」


 しばらく迷うそぶりを見せた後、セリアははっきりとした口調で告げた。


「私の笑顔に価値なんてない」


「あ、そう。そういうこと言っちゃうんだ?」


 振り返ったフランの顔には、あからさまな怒りが浮かんでいた。ユーグの元に駆け寄ってくると、その腕を取りながら、半ば抱き着くようにして耳元に口を寄せて言う。


「だから言ったでしょ? この子のことは諦めなよ。彼女が欲しいなら、あたしと付き合お? ほら、二人で青春してこようよ」


 鼓膜が破れるかと思った。ユーグの耳のすぐ近くなのに、大きな声で叫ぶようにして続けるフラン。


「モールで買い物してー、美味しいもの食べてー、水族館とか動物園とかないかなー?」


 いつものノリの冗談ではない。挑発しているのだとユーグは感じた。聞こえるように大きな声を出している。セリアの反応がないので、フランはさらにエスカレートした。


「あ、そうだ、基地だと無理だからさあ、今夜は街で泊まってこよ? 外泊届出さないと。隊長ならきっと理解してくれるよ、若者には必要な行為だってさ!」


「行く」


 効果があったのだろうか。セリアは小さな声で確かにそう言った。


「んー? あんたもどっか行くの? あたしはこれからユーグとデートに行くんだけどー?」


「私も一緒に行く。最初に誘われたのは、私だから」


 そう言ってセリアは、スタスタと歩いていってしまう。フランの方を見ると、してやったりといった感じの笑顔をしていた。


「フラン、お前なんで急に協力する気になったわけ?」


 後を追いながら何気なく訊ねた。なんだかんだで、いつも助けてくれる彼女には、ユーグは頭が上がらない。そこまでしてくれる理由を知りたかった。


「ユーグさー、不戦勝って勝った気するー?」


「するわけないだろ。戦ったら負けてたかもしれないんだから」


 相変わらず脈絡のない会話を振ってくるフランに、ユーグはそう答えた。勝つことで何かを得られるのであれば、不戦勝でも意味はあると思うが、少なくとも勝った気はしない。


「だよねー」


 それだけしかフランは言わない。ユーグは意味を計りかねて首をひねった。セリアに断られたから洋服を買いにいくのに付き合うという形になっても、嬉しくないということだろうか。


「なあ、フラン――」


「ほらほら、早く行こ! 戦況に変化あったら呼び戻されるかもしれないんだから。今のうちにたっぷり楽しんでおかなきゃ!」


 ぐいぐいと腕を引っ張るフランを見て、いまいちすっきりしないものの、確かにその通りだとユーグも思った。そもそも、その論法でセリアを誘ったのだから。




     §




 モールへとやってくると、嬉しそうに走り出すフラン。手ごろな店に入ると、あれもこれもと手当たり次第に洋服を手に取り始めた。


「お前そんなに買う気かよ?」


「だって着るのこれしかないもんー」


 これとは、軍の支給品のグレーのジャケットにスラックス。セリアがさっさと外まで出てしまったから、待たせるのは悪いと考え、着替えずにやってきたのかと思っていた。


「なんでそれしかないんだよ?」


 預けられたショルダーバッグは、服が入るような大きさのものではなかった。まさかとは思うが、荷物はあれだけだったのだろうか。フィエンヌ空軍基地は、陥落したわけではない。今でも補給基地としては機能している。転属するにしても、荷物を運び出す余裕はあったはず。


「全部あげてきちゃった」


「は?」


 何を言っているのかわからなかった。誰にどうしてあげたのだろう。


「クロエって子、覚えてる?」


「クロエ……? 二年生の?」


 士官学校時代、フランがよく面倒を見ていた一つ下の女子が、そんな名前だった気がする。


「そうそう。あの子の故郷がね、エルトスの近くのシャンフルールっていう小さな村なんだけど、そこに寄ってきたんだ。その……届けるために」


 何をなのか、フランは言わなかった。俯いて、ただそっと瞼を閉じたのみ。だがユーグは、すぐに察した。彼女の遺品なのだろう。花を探しながら呼んでいた名前に、クロエも入っていた。


 シャンフルールは、首都エルトスより少し北の郊外。その辺りは、一か月少々前までは、北エルトリア軍の占領下にあった。激しい戦闘で廃墟と化した街並みに、疎開していた人々が少しずつ帰ってきて、皆で復興に取り掛かり始めたという報道がされていたのを覚えている。


「行ってみたら、お父さんと妹さんだけになっちゃってた。へへへ、お母さん美人で料理上手って聞いてたから、ちょっと楽しみにしてたんだけど」


 寂しげな笑いを浮かべつつ、服選びに戻るフラン。被害に遭った村の人々は、きっと様々な物資に困っていたことだろう。服だけでなく、すべてを置いてきたに違いない。


「まあ、そういうわけで、一通り揃えないといけないんだー」


「よし、俺が払うから、好きなもの買え。いくつでもいいぞ」


「へ? なんで? ……あんた、なんか企んでるでしょ?」


 疑わしげな眼差しで睨め上げてくるフラン。だがここで出さなければ、男が廃る。親切の押し売りが得意なフランのことだから、物だけ置いてくるわけがない。手持ちはもちろん、貯金を崩せるだけ崩して、寄付してきたのだろう。よく見ると、値下がり品ばかり手にしていた。


「お祝いだよ、お祝い。無事再会できたことのな」


 本音とは別のことを口にしてその場を濁すも、フランは信じていない様子。唸りながら見上げ続けてくる。


「んー……」


 ユーグはその視線を躱して、近くで傍観していたセリアの方を向いた。


「お前もなんか買うなら、俺が出してやるぞ?」


「私には、買ってもらう理由がない」


 案の定、にべもなく断って、外に出ていってしまう。その小さな背中を眺めながら、ユーグは考えた。


(一歩前進なのか? 要らないとは言わなかった)


 ふんふんと鼻歌を歌いながら、楽しそうに服を選んでいるフランを見て、思うところがあったのだろうか。聞いても教えてはくれまい。だが、結局外から覗き込んでいるセリアの様子からすると、まったく興味がないというわけでもなさそうだった。




     §




「ふー、買った買った。久しぶりだなー、こんなに買い物したの」


 あちこちの店を駆け回ると、フランは外の休憩スペースに出てきて腕を突き上げ伸びをした。金を払ったのはユーグなのだから、買ってもらったに訂正したいところだが、今日は特別。


「あ、あれ食べようよ!」


 クレープの屋台が出ているのを見つけると、早速フランが駆け寄っていく。仕方なく後を追うと、フランが振り返って口を開いた。


「どれがいい?」


 視線の向きからして、ユーグではなく、セリアに訊ねていた。当のセリアは、質問されている自覚がないのか、微動だにせず無言のまま。


「あんた、こういうの嫌い?」


 首を傾げて問うフラン。目の前まで顔を近づけられて、さすがに質問対象が自分だと気づいたのだろう。困惑したようにユーグや屋台に視線を往復させたのち、小さな声で答えた。


「食べたことないから、わからない」


「よし、ならこのクレープソムリエのフランさんが、それぞれの特徴を教えて進ぜよう」


 メニューを指し示しては、一つ一つ熱く語り出すフラン。時間がかかりそうなので、ユーグは先に飲み物を調達しておくことにした。


「俺、飲み物買ってきて、席取っておくよ」


「あ、あたし、オレンジジュースがいい! 果汁百パーセントのやつねー」


 セリアからは特にリクエストはなく、空いた席に荷物を置くと、近くのスタンドで珈琲を二つとオレンジジュースを購入した。フランとセリアはそれぞれクレープを手に戻ってきて、フランは左隣、セリアは向かいの席に着いた。


「どう? 初めてのクレープは?」


「甘い」


 相変わらず事実しか述べないセリアに、ユーグは苦笑した。フランも同じことを思ったようで、口を尖らせて抗議する。


「あのねえ、それじゃわかんないでしょ、そのチョイスで良かったのかどうか。美味しいとか、不味いとか、好きとか嫌いとか、そういう風に言わなきゃ」


「嫌いじゃない」


「好きか嫌いかの二択!」


 物事をはっきりしたがるフランは、曖昧な表現に更なる文句をつけた。少々考えているかのような間が空いたのち、セリアが消え入りそうな声で答える。


「なら、これは好き。こっちは……」


 その視線は、ユーグが買ってきた珈琲に向いていた。また迷ったように視線を上げ下げしている。それを見たフランが、まだ手を付けていなかった自分のオレンジジュースとさっと交換した。


「こっちなら好きだよね?」


 こくりと頷くセリア。フランが刺すように鋭い視線をユーグに向ける。


「なんで好みも知らないくせに、勝手に決めちゃうの? そんなんだから彼女の一人もできないんだぞー?」


「この間飲んでたから……済まん、嫌々だったとは気づかなかった……」


 道理でなかなか手を付けなかったわけだ。押して押して押しまくるだけでは駄目らしい。フランの気配り能力を、一割でいいから分けてほしいと、ユーグは切に願った。


「もー。せーちゃんもせーちゃんだよ。嫌なら嫌ってはっきり言わなきゃ!」


「……嫌」


 早速セリアがはっきりと言うも、意味が通じなかったのか、首を傾げ出すフラン。


「へ? ……えっと、何が嫌なの?」


 フランの表情を探りつつ、手元と視線を往復させているのを見て、ユーグが助け舟を出した。


「その呼び方だろ?」


「え……せーちゃんじゃ嫌なの?」


 意外そうに眼を見開きフランが問いかけると、セリアは小さくこくりと頷いた。


「なんで……? 可愛いのに……」


 力なくテーブルに伏せると、フランは大きく溜息を吐いた。


「普通にセリアって呼んでほしいんだろ?」


 こくんと頷くセリア。その視線は、ユーグの方をじっと見ている。


「……俺にも?」


「好き」


「は? は?」


 突然のセリアの告白。ユーグはあまりのことに狼狽して、危うく手に持った珈琲を取り落としてしまうところだった。――が、期待したのとは、主語が違っていた。


「ブランシェは私以外にもいる。セリアは私一人。だから、セリアの方がいい」


 ファーストネームで呼んでもらう方が好きという意味だったようだ。意地悪そうな表情で、フランが忍び笑いをしている。さすがにどつきたくなった。


「じゃあ、これからはみんな名前で呼び合お? サンドリヨン小隊の家族として!」


 明るい笑顔で宣うフランに、そう考えるのも良いとユーグも微笑んだ。隊長はちょうど自分たちの父親くらいの年齢。母親役は、メラニー……では少々若いし、かかあ天下がすぎるが、別にいなくても良いだろう。


 その後も度々妙な絡み方をするフランに対して、セリアは割とはっきり嫌だと口にした。感情がないわけではなく、自分の意思がないわけでもないようだった。ただそれを表に出すのが苦手なだけ。そう思えた。


 結局笑顔は見られなかったが、こういったことを何度か繰り返していれば、少しずつ変わっていくだろう。問題は、戦況がそれを許してくれるかどうかだった。


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