第二話 再会
民間人退避のための攻撃停止期間は、明日の朝には終わる。これまで繰り返されたパターンに沿うと、激しい戦闘が即時始まるだろう。フライングで先制攻撃されることもある。
北エルトリア王国には、停戦する気などまったくない。ここのところ押され気味であり、戦力再編などを行うために、定期的に時間稼ぎをしている。当事国のローザニアだけではなく、世界中の国々から、そう認識されていた。
場合によっては、夜間や早朝の出撃もありうる。機体の清掃等、自分でも行える作業を手伝うために、夕食を終えると、ユーグは格納庫へとやってきた。
「あっははははは、それ笑えるー。でもやっぱそうだよね。うんうん、あたしもそう思う」
軍事基地らしからぬ、陽気な笑いが響いていた。聞き覚えのある少女の声。というよりも、聞きたいと思って何度も電話した相手の声。
「フラン!?」
走り出し、声のする場所へと駆け寄ると、再会を諦めたばかりの少女の姿がそこにあった。
「ユーグ!」
胡桃色の大きな瞳を向けると、フランは満面に喜色を浮かべた。明るい栗色の長髪を振り乱して駆け寄ってくる。飛びあがるようにして抱き着いてきたかと思うと、次の瞬間ユーグは引き倒されていた。
「痛てててて、な、なにすんだよ、フラン!」
がっちりとヘッドロックを極められ、こめかみに激痛が走った。感動の再会のはずだったのに、訳がわからない。
「あんた、なんか最近ナンパしまくってるんだってー? 戦時中だってのに、デートに出かけたって聞いたよー」
セリアを連れ出した話を、誰かから聞いたようだ。視界の隅で、隊長がニヤニヤとしている。犯人に違いない。面白おかしく脚色してそうだ。
「なんだ、お前らもうデキてたのかよ。なら、紹介する必要はないな」
「あ、まだ誰にも挨拶してなかった」
隊長の言葉に反応してユーグを手放したフランは、皆の方を向いて直立不動の姿勢から敬礼する。
「フランセット・レーネック少尉、本日付でサン=タヴァロン空軍基地に着任しました! ユーグとは幼馴染で、空軍士官学校の同期! みんなよろしくねー!」
パチパチパチと拍手が沸き起こる。「どうもー、どうもー」などと言って、フランはにこやかに手を振り応じていた。どうやら着任の挨拶すらなしに、皆と歓談していたらしい。
「お前、生きてるなら電話くらい出ろよ……。俺がどんだけ心配したと思ってんだ?」
「泣いた?」
意地悪そうに微笑むと、フランは下から覗き上げてきた。携帯端末を取り出すと、画面を見せながら楽しそうに問う。
「三十回以上も履歴残ってる。フィエンヌの飛行隊解散って聞いて、死んだと思ったんでしょ?」
思った。これだけ電話して、掛け直してもこないようであれば、そう考えるしかない。
「あんたの泣き顔見たくて、内緒でやってきたの。ここにいるって聞いたからさ。……ほら、涙拭いて」
「泣いてなんかいないってば」
ハンカチを差し出し、無理やり顔に押し付けてくるフランの手を躱して、距離を取るユーグ。相変わらず近い。パーソナルスペースの広さは男女で差があるというが、フランは近すぎる。
「なんで泣いてくれないのー? 新しい彼女できたからー?」
まるで自分が恋人だったかのように大きな声で宣うフランの口を、奪ったハンカチで塞ぐ。
「色々と誤解招くこと言うな! 古い彼女も新しい彼女もいないよ」
パチパチと瞬きを繰り返しながら、フランがぼそっと言う。
「自分で言ってて哀しくならない?」
なる。が、それ以上にフランが生きてくれていたことの喜びの方が大きかった。実際、泣いた。フィエンヌ空軍基地の飛行隊が、全機体を失って解散したということを知った時は。
「ほんと、人騒がせな奴だよな……」
「えへへへへ、ユーグ、生きてて良かったね、お互い」
屈託のない笑みでそう言われると、これ以上文句は口にできない。再び会えただけで満足だった。
「これはフランが勝つな」
「いやいや、セリアの方だろ。胴元誰だ? レートどうする?」
気づけば周りには多くの整備兵たちが集まり賭け事を始めていた。どうやらユーグがどちらを選ぶかについてのよう。
「ちょっと、見世物じゃないんだから、やめてくださいよ!」
メラニーが一喝してくれるかと思ったが、金を集めているので胴元のようである。収まりそうにないので、逃げ出すことにした。
「あ、ちょっとちょっと、ユーグったら強引ー。そんなに慌てなくても、夜は長いよ?」
腕を引いてフランも連れ出したものの、相変わらずのノリについていけず、仏頂面になってユーグはぼやいた。
「だから、誤解を招く発言は控えてくれって」
「誤解……いったいどんな誤解かなー? 具体的に説明してくれる? できれば、手取り足取り、実演付きで!」
フランの戯言に付き合っていたらきりがないので、そもそも連絡を取ろうとした理由について話すことにした。
「あのさ、お前に頼みがあるんだ。セリアの話、もう聞いたんだろ? どうすれば彼女と――」
言い終える前に、ショルダーバッグを顔に押し付けて妨害された。軍用のゴワゴワした生地なので、それなりに痛い。
「お断り! 恋のキューピッド役はやってないの。自分で頑張って!」
「いや、そういうんじゃなくてだな」
「それ、あたしの部屋に持っていっておいてー。司令への挨拶がまだだから、行ってくるー」
まったく聞き耳を持たず、走り出して行ってしまうフラン。押し付けられたバッグを見てユーグは思った。
(部屋に持っていってくれって、どこだか知らないんだけど?)
相変わらずの振り回しっぷり。学校を休んで家に閉じこもっていたころ、こうやってなし崩し的に外に連れ出されたのを思い出した。
(そうか、別に俺じゃなくてもいいんだ)
よく考えてみたら、セリアの件はフランに丸投げしてもいい。隊長にはユーグがどうにかしろと押し付けられた。しかし、必ずしもユーグでなくてはならないわけではない。
コミュニケーション能力の塊ともいえるフランなら、どうにかしてくれるかもしれない。誰にでもすぐ懐くし、皆から好かれる。歳も近く、女同士でもあり、打ち解けやすいに違いない。
事情さえ把握すれば、きっと断りはしないだろう。他人のために一肌脱ぐのは大好きな人間。恐らく小隊の二番機はフランになる。危険な飛び方をする仲間を放っておくわけはない。
ショルダーバッグを見ながら考えた。あとでこれを届けるときに、話をしようという意味なのだろうかと。