最終話 たった一つだけ守れたもの
あれから四日。ユーグの手にある端末では、三カ国の休戦協定調印式の様子が流れていた。国連の監視下、ローザニア連邦と北エルトリア王国、並びにプリムヴェーラ共和国の国境が交差する屋外で行われている。
水面下の北エルトリアでは、戦争終結を目的とし、オルネラス宰相排除の計画が進行していた。象徴君主制ゆえに本来政治介入のできない国王までが参画し、武器を置き戦いを止めるよう国民に呼びかけた。機能を取り戻した王国評議会での決議を経て、開戦直後に更迭された元国防大臣が臨時宰相として復帰、休戦協議をまとめ上げた。
ローザニア側は、新しい大統領が出席している。撃墜された宰相専用機に乗っていたのは、やはり本物のレスタンクール大統領だった。副大統領が自動昇格して新大統領となり、レスタンクールの遺志を継いだ彼により、即時全面停戦から休戦協定調印を迎えた。
宰相専用機を撃墜したのが誰なのか、公式記録には残っていない。連邦側の機体であることは確定。だが、同じエンブレムを付けた同型機が多数飛んでいた。あの混乱した戦場で、誰がやったのかなど把握できるわけがない。知っていても誰も言わない。英雄の名誉は汚せない。
「そこの少年、歩きながら見てると迷惑だよー!」
「フラン……」
やっと除隊申請が受理され、サン=タヴァロン空軍基地の司令庁舎から出てきたところだった。最後の戦闘で行方不明になったパイロットたちを捜索するため、出撃中と聞いていた。だから、会えないかと思っていた。
「レーネック大尉と呼びなさい、一般人のルフェーヴル君。少佐でもいいよー!」
腰に手を当てふんぞり返り、得意げな顔で宣うフラン。あのレヴニール部隊として戦った十二機のパイロットは、戦争終結の功労者として、全員が二階級特進の厚遇を賜った。しかし、それでも大尉である。元が少尉なのだから。
「どうして少佐なんだよ?」
「もうすぐなるかもしれないから!」
相変わらずの楽天家。そう思ったが、本当なのかもしれない。
「もしかして、お前も中尉への昇進断ってた?」
「へ? あれ……ユーグも?」
二人して腹を抱えて笑った。同じことをしていたようだった。セリアを差し置いて昇進するのは気が引けたのだ。
「あの子さ、きっと『階級が上がったって戦争には勝てない』なんて言って、昇進断ってたよね? あんなに墜としてたのに」
「実際その通りだろ。それに、昇進して転属させられるのも嫌だったしな」
余計なことを口走ってしまったのに気付き、ユーグは慌てて視線を逸らした。しかしフランは気にしたそぶりもなく、いつもの明るい笑顔を向けながら、温かみのある声で宣言した。
「大丈夫、空はあたしが守るよ。あの子の代わりに。だから、ユーグは行っていいんだよ?」
セリアは戦死したことにした。フランや隊長にも、パラシュートが開かず墜落死したとだけ伝えてある。機体は確かに二機とも墜ちて、燃えたのだ。
二人で逃げてしまい、MIA扱いにすることもできた。しかし、互いに身分証も財産もなしで、今後生きていけるとは思えない。家族に余計な心配を掛けることにもなる。
なので、セリアをあの地に一人で残すことは不安で仕方なかったが、ユーグはサン=タヴァロンへ帰還することを選んだ。彼女の死を報告するとともに、除隊申請を行うために。
レヴニールの生き残りがいるとなったら、政府筋は処分を考えるだろう。仮に功労者として黙認してくれたとしても、フォーレスは血眼になって探し、証拠隠滅を図るに違いない。だから、きちんと死亡扱いにする必要があった。
厳しい追及があるかと思ったが、司令は大した質問もせず、セリアの死亡を認定した。隊長が根回ししてくれたのか、それとも司令自身も彼女を不憫に思ってくれていたのか。理由はわからないが、セリアの元に早く帰りたいユーグとしては、幸いだった。
「それじゃ、お言葉に甘えるとするよ、未来の少佐」
ずっと気が気でなかった。誰にも相談できず、苦しんだ。自分のいない間に、セリアが生命を断ってしまっていないかと。彼女ならやりかねない。ベイルアウトした近くの農場に預かってもらっているが、そこまでの事情は話せない。
名残惜しくならない内にと背を向けると、フランが身体を預けるようにして抱き着いてきた。
「あの子は死んだりしないよ。だって、不死身のレヴニールなんだから。……あたしは一人でも生きていけるから大丈夫。だからユーグは支えてあげて、一人じゃダメな子を」
見抜かれているようだった。セリアは生きていて、ユーグが隠したのだと。相変わらず次々と恩を押し売りされて、借りが溜まるばかり。どう返せばいいのか、想像もつかない。
「今度お前の好きなアップルパイに挑戦してみるよ。うまく作れるようになったら、お前の家で焼こう」
「どうせ練習するなら、オレンジケーキにしておいた方がいいよ。柑橘系が好きなんじゃないかな。ビター系はたぶん全滅だと思うから、チョコレートもやめておいた方がいいね」
まだ売りつける気のようだ。これ以上は本当に首が回らなくなる。フランの気遣いに感謝しつつ、別れを告げた。去り際に見たフランの笑顔は、寂しさを隠しきれていなくて、ユーグの心に小さな棘を残した。
§
大地を埋め尽くす、黄金に輝く大きな花。背の高い向日葵畑の中を、ユーグは急ぎ足で進んでいった。その先の小高い丘にある、古い小屋を目指して。この向日葵農場の持ち主が貸してくれた、セリアの隠れ家。詳しいことも聞かずに、食事の用意まで約束してくれた。
先に農場主に会ってきた。昼食の時間には、確かにセリアはそこにいたという。ほんの二時間ほど前のこと。なのに、心配でならない。彼女の姿が、小屋の中にも周りにも見当たらない。
「セリアー!」
耐えきれずに叫んだ。すると、プラチナに輝く何かが、一面の黄金の中にひょいと現れた。
「ユーグ……」
背が低くて隠れてしまっていただけらしい。向日葵を見ていたのだろう。別れる前、やたらと興味を持っていた。なぜだかフランに似ていると言って。
駆け出して、その小柄な肢体を抱きしめた。農場主が用意してくれたのだろうか。いつの間にか着替えたようで、純白のサマードレスを身にまとっていた。
「良かった、生きててくれて……」
うまく発音できていなかった。どうしようもなく情けない涙声になっていて、伝わったかどうか怪しい。案の定、セリアから質問が返ってきた。
「泣く練習をしておいた方が良かった? 笑顔を頑張ってみたけど、また失敗した」
「お前は笑顔でいいんだよ。俺は嬉しすぎて泣いてんの。お前のことだから、任務完了とか言って、自分のことやってしまうんじゃないかと心配して……」
「大統領が守ってくれた。レスタンクール大統領が」
言っている意味がわからず、ユーグは絶句してセリアの顔を覗き込んだ。冗談など言うわけがない。しかもこんな悪質な内容のものを。
「大統領も……生きてるのか?」
セリアはゆっくりと首を横に振った。その後右手に持った携帯端末を差し出しながら言う。
「遺言が届いた。これを聞いたら、死ねなくなった」
端末から音声が流れ出す。確かに聞き慣れたレスタンクール大統領の声。画面にも、見慣れた顔が映っていた。
『やあ、アドリアン・レスタンクールだ。何人生き残れたのかわからないが、これは大統領として――おっと、前大統領なのかな? 家内の手違いがなければ、私はもう死んでいるはず。戦争も終わっていることだろう。責任者の一人として、君たちレヴニールにメッセージを遺す』
どうやら、戦争を生き抜いたレヴニールたちに対しての遺言のようだった。停戦協定に出かける前にでも撮影したのだろうか。あの時と同じスーツを着ているように見える。
『君たちはもう自由だ。新しい身分証を用意した。これから先は、好きに生きるといい。任務はもうない。必要だと言うのなら、与えよう。人として生き永らえろ。ただそれだけだ』
「この命令に従って?」
ユーグが問うと、セリアは無言で首を横に振った。そして静かに続きを見ろとばかりに端末を突き付ける。レスタンクール大統領は、どこか狭い場所に見える背景の前で語り続けた。
『外相のあの行動は、フェイクニュースとして処理されたのだろうか。今の私に知る術はない。彼がどうなるのかはわからないが、君たちには真相を話しておこう』
話の内容からすると、和平交渉会場で捕虜になった後に撮影されたもののようだった。大統領は語る。あの場で起きたことの真実と、その後に始まった本当の和平交渉について。
『あの事件は、我々ローザニア政府はもちろん、北エルトリア側の意思でもない。外相が個人で判断した凶行か、あるいは第三国による策略か。それは今はわからない。哀しい事件だったが、おかげで私は一人の親友を得られた。紹介しよう、彼がウィルフレド・オルネラスだ』
驚いたことに、カメラに映る範囲に北エルトリアのオルネラス宰相が入ってきた。降伏勧告の映像の時と、手当のされ方が同じに見える。あの後撮ったものなのだろう。
『私は今、ただのウィルフレド・オルネラスとして話をしている。北エルトリア宰相としては、彼とは未だに敵同士だ。立場が違いすぎて、話にならん。だが一人の人間としては、共に同じことを考え、同じことを目指していると知った。だから、個人としては友人となった』
『私も同感だ。一国の指導者としては、彼とは相容れない。捕虜になった後、直接話をする機会をくれた彼と、腹を割って本当の和平交渉を試みたが、残念ながら決裂した』
そこから先は、北エルトリアが開戦に至った経緯、その前に行われた極秘の交渉、そして互いに胸襟を開いた今でも折り合わなかった理由などが語られていった。
相手がレヴニールだからこそ明かせる内容。これは大統領からの謝罪のメッセージ。戦争のために作られ、終わらせるために散ることを課せられた、最大の被害者であるセリアたちへの。
北エルトリアは、半年以上前からレヴニール計画についての情報を掴んでいたらしい。ただし、バイオコンピューターとでも呼ぶべき生体兵器であるということまで。
得られた物証は、かつて北エルトリアが研究していた、完全侵襲式BMIデバイスの技術を流用した、記憶操作機器らしきもののみ。それ以上の詳細については把握できなかった。
それでも、自国の技術である以上、それらを使って何ができるのかは予測がつく。国を脅かす危険な兵器の開発を止めさせるため、オルネラス宰相は、当時のローザニア大統領と交渉を開始した。しかし、ローザニアは当然しらを切った。
レヴニール計画は、フォーレス共和国主導のもの。実質的には、場所とDNAサンプルの提供を行っていたのみにすぎない。見返りとして、多額の経済援助を受けていた。
独断で計画を中止することも、北エルトリアや海外に情報公開してしまうこともできない。相手は世界一の大国フォーレス共和国。裏切ったら、ローザニアに未来はない。
大統領選挙が行われ、レスタンクール政権が誕生しても、すぐには変えられなかった。それでも彼は、レヴニール計画の危険性と非人道的な内容を許容できず、廃止のための動きに出た。
フォーレス政府と水面下での交渉を行い、ローザニアからの撤退を求めるための大統領会談の日程が決まったその日、北エルトリアからの電撃侵攻があった。
『ウィルフレドが我々にもう少し時間をくれれば、この戦争は起きなかったのかもしれない』
『アドリアン、それは君も同じことだ。私を信用し、レヴニール計画の全貌の開示と、破棄までの具体的なロードマップを示してくれていれば、強硬手段に訴えなくて済んだかもしれん』
二人は本当の親友のように、腹を割って本音を語っていた。時に喧嘩のように汚い言葉を吐き、時に相手を思いやり慰めの言葉を掛け。二人の国家指導者の素顔が、この遺言には記録されている。予想していたのかもしれない。宰相専用機が撃墜され、二人とも死ぬ未来を。
『レヴニール計画さえ止められれば、裏にいるフォーレスを国際的に追求し、我が祖国を守ることさえできれば、それで良かったのだ。そのためだけの軍事行動だった。……だが我々は初動作戦に失敗した。決定的な証拠は掴めぬまま、終わりなき泥沼の戦争に変わり果てた』
オルネラスでも後悔はしていたらしい。表向きは強気の発言ばかりをし、自己正当化をしていたが、本当は彼も止めたかった。だが世界情勢がそれを許さなかった。
『互いの真意を知った今でも、双方の主張は折り合わない。だがウィルフレドの言うことは理解できる。レヴニール計画を明らかにしないまま終戦を迎えたら、北エルトリアは単なる侵略者だったということになってしまう。その先に待つのは、国民たちの困窮だろう』
『アドリアンの主張は私も理解できる。ローザニアが自ら計画を明かしても、フォーレスの追及はできない。それどころか、ローザニアが世界から見放されるだろう。奴らはとっくに関与の証拠を消し去った。我々の空爆に見せかけ、研究・開発施設を即座に破壊することによって』
両国家指導者は相手の立場になって、停戦交渉を受け入れられない理由を語った。自分たちの主張ではなく、相手の主張を言い合うことで。
個人としては互いを理解し、友人になれた。だが国を預かる者としては相容れない。それはこのことを差しているのだろう。どう終わらせても、どちらかの国民が犠牲になる。戦争なんてすべてがそんなものなのかもしれない。誰も傷つかない終わり方はない。
『こういう話をしていると、フォーレスが一方的な悪者に聞こえてしまうがね、彼らが大分昔からローザニアを支援してくれていたのは確かだ。そして皮肉なことに、首都が落ちなかったのも、彼らが証拠隠滅を図ろうとしたからなんだ』
『我々は空挺師団での占拠と証拠の回収を狙った。だがフォーレスの奴らは、施設ごと吹き飛ばした。実戦経験豊富な精鋭を失った我が軍は、無様な失態を晒す羽目になった。アドリアンも見事だったがね。奴らの行動を読み、貴様らレヴニールを即時退避させたそうだ』
『君たちレヴニールの活躍があったとしても、第一空挺師団が無事だったら、エルトスは落ちていただろう。だが、その方が皆幸せだったのかもしれない。おそらく戦争はすぐに終結していた。私や君たちという生き証人は残っていたのだから、ウィルフレドは当初の目的通り、レヴニール計画を公にできていただろう』
随分と複雑な事情が絡み合い、偶然が悪い方向へと積み重なり、戦火が広がったようだった。
セリアがどんな気持ちでこれを聞いたのか、ユーグは心配でならない。自分がレヴニールだったとしたら、戦争が苛烈を極め、人々が多数死んだのは、自分のせいだと考えるだろう。
相変わらず感情の籠もらない氷青色の瞳で映像を見続けるセリア。それは仮面なのだろうか。彼女が不憫でならない。ぎゅっと抱き寄せながら、共に続きを聞いた。
『さて、そろそろ出発の準備をしないとならない。ウィルフレドが言うには、解決できるかもしれない方法が、一つだけあるらしい。レヴニール計画にフォーレスが関与していたという物証はもうない。だが、私の中には記憶がある。フォーレス大統領との会話の記憶がね』
『これもまた非人道的な方法だ。かつての負の遺産を使って、彼の中の記憶を取り出す。ローザニアが自発的に裏切ったことにはならない。アドリアンの偽証扱いになることもない。フェイク認定はされるだろう。それでも、第三者による検証が行われれば、可能性は残る』
『正直勝ち目は薄い。ウィルフレドの罪が増えるだけかもしれない。私の生命の保証もない。それでも行く。私一人の生命で戦争が終わる可能性があるのなら、それもまた本望だ』
『私はアドリアンに分の悪い賭けをさせることになる。だから私も賭けよう、この生命を。アドリアンの義手か義足に何かの細工があるだろうことは把握している。それを使うことを、敢えて黙認しよう。君たちに何ができるのか、私は見てみたい』
『おいおい、その話は聞いていないんだが、ウィルフレド? 知っていたのなら、なぜ手足をもがなかった?』
『できるわけがないだろう。君は最も敬愛する歌手に、そんな酷いことをやれるのかね?』
してやられたとばかりに、レスタンクールが額に手を当てる。その後、オルネラスの首の後ろに手を回し、二人で肩を組みながら言った。
『ならば一緒に歌おう。おそらくこれが最後だ。君と、この戦争の最大の被害者のために、もう一度だけあの歌を歌うことにするよ』
二人が声を揃えて歌い始めたのは、あの伝説のシングルの曲だった。かつてレスタンクール大統領がやっていたロックバンド最後の曲。現役時代と変わらぬ迫力のある歌声が、端末から流れ出す。
連合王国時代末期に作られた歌。崩壊寸前の低迷する時代の中で、世間に虐げられ、失意に堕ちた若者たちに奮起を促し、将来の幸せを願った歌詞。共に手を携え、助け合うことの大切さを訴えた、かつての若者たちが崇めた英雄の、魂の叫び。
自然と涙が溢れてきた。この歌を愛しているのなら、オルネラスも根っからの悪人ではないという、レスタンクール大統領の主張も信じられる。
きっとなりたかったのだ、オルネラスも。人々をまとめ上げ、国を変えようと奮起した。少しやり方が過激だっただけ。レスタンクール大統領とは、アプローチが違っただけ。実際北エルトリア王国は、彼の手腕によって崩壊後の危機から復活したのだから。
宰相専用機を捉えたとき、彼は言った。自らも死ぬ覚悟なしで、戦争などできないと。彼は彼で国民のために戦っていた。そう信じたい。悪ぶりながらも、レスタンクール大統領の声を伝えてくれた。最後は委ねたのだろう。レヴニールの選択に。
「ユーグ、これは哀しい歌なの?」
泣いているユーグを見上げながら、セリアが問う。どう答えれば理解してもらえるのだろう。今のユーグにはわからない。そして正直な気持ちを伝えてしまうと、セリアは責任を感じるかもしれない。この涙は、レヴニールの選択が生んだ結果なのだから。
「お前さ、これを聞いて、どうして死ぬのを思い留まったわけ?」
余計に死にたくなるような事実ばかりが明かされていた気がした。唯一何かあるとすれば、セリアがレヴニール計画を明るみに出せば、北エルトリアに対する風当たりが少しは弱まるくらいだろうか。しかしそのつもりならば、ここで待ってはいなかったに違いない。
「続きがある。私へのメッセージ」
セリアは端末を操作して、映像を先に進めた。背景が変わっており、編集して繋いだものと判断できる。これはもっと前に録画したものだろうか。服装も異なり、レスタンクール大統領のやつれ具合が、少しはマシに見える。
『ここから先はシリアルナンバーCB、セリア・ブランシェ個人へのメッセージだ』
大統領は優し気な表情で語りかける。まるで目の前にセリア自身がいるかのように。
『セリア、これを聞いているころには、もう記憶の並列化はできないはず。だから、君にだけ内緒話をしよう。君を一般兵としてサン=タヴァロンに配置したのは、私の意向だ。他の個体には悪いが、夢を叶えるために、君だけ特別扱いさせてもらった』
レヴニール計画と、部隊の真相についてセリアから知らされた後、一つだけわからなかったことがある。その答えが、レスタンクール大統領の口から明かされた。彼女だけが姿を晒し、レヴニールではなく、セリアという一人の少女として、皆と共に戦わされていた理由。
『私はね、この戦争が終わったら、生き残ったレヴニールたちにそれぞれ別の身分を与え、一人の人間として自立させたいと考えている。その時に備えて、君たちは人間らしさを学ぶ必要がある。それには人と触れ合うのが一番だ。だから、実戦投入優先度が最も低い君を、クロヴィスに預けた。記憶並列化によって、他の子たちも同様に精神的成長を遂げると信じて』
クロヴィスとは、アルドワン隊長のことだろう。最終作戦前のやり取りからすると、セリアの正体について知っていたのは間違いない。だがそれは、最初からだったのだ。もしかしたら、ユーグにセリアのことを頼んだのも、大統領の夢を叶えるためだったのかもしれない。
『私が始めたことではないが、大統領になった以上、責任は私にある。そして君たちを実戦投入する決断を下したのは、他ならぬ私自身だ。最も辛い役目を押し付けてしまって、どう謝れば良いのかわからない。この通りだ、許してくれ』
画面の中では、レスタンクール大統領が深く頭を垂れて謝罪の意を示していた。しかし、どうしようもなかったのかもしれない。フォーレスが自国の関与の証拠を消してしまった以上、レヴニールの存在はローザニアだけを脅かす。
戦争が終結しない限り、レヴニールに生き残る術はない。証拠隠滅のために処分されるか、祖国のために戦って散るか、二つに一つ。だがきっと、セリアたちに自由意志が認められたとしても、戦う道を選んだのではないかとユーグは思う。
かつて隊長が戦う理由を訊ねたとき、セリアは言った。『私は飛ぶことしかできない。だから飛んでるだけ。他にやれることも、やりたいこともない』と。この言葉は、飛ぶ理由を語っていない。あの時には言えなかったに違いない。自分たちが生き残るためだとは。
『ところで、MAから聞いたんだが、最近好きな人ができたそうだね? その恋は、レヴニールのものではない。セリア、君個人のものだ。だから、何人生き残ったとしても、彼と一緒になる権利は、君だけにある。これを聞いているからには、生きているんだろう? なら、これからも生き続けるんだ。愛する者のために。一緒に幸せになりたまえ』
映像はそこで終わりだった。確かに大統領が守ってくれた。これを聞いたら、セリアは死ねない。死んだらすべてを否定することになる。他のレヴニールたちの気持ちをも。
「ねえユーグ、私を幸せにしてくれる?」
大分身長差のあるユーグを間近で見上げて、セリアが問う。氷青色の瞳はわずかに濡れて、いつもより大きく感じた。不安げに揺らしながら、じっと見つめてくる。
「当たり前だろ。俺はそのためだけに、この戦争を生き抜いたんだよ」
セリアの顔がゆっくりと綻んでいく。出逢った時からずっと見たかった本物の笑顔。想像していたよりもはるかに愛らしくて、これまでの感覚よりも年下に見える、あどけない表情。
「やっとわかった気がする。笑顔は幸せの証。私はこうして生きている。あなたに愛され、愛してる。この気持ちをみんなにも分けてあげたい。でももう並列化はできない。だから、私はみんなの代わりに生きていく。最後のレヴニールとして、みんなの分の想い出も胸にして」
この戦争においてユーグに守ることができた、最大にしてたった一つの宝物。それはきっとセリアの可能性。彼女が、彼女の意思で、幸せになるための。
一生守り続けることを誓った。誰もが望んでいる。大統領も、フランも、そしてきっと隊長やメラニーも。レヴニールは国を守り切った。だから、ユーグはセリアを、彼女の笑顔を守り切らなければならない。幸せに天寿を全うするその時まで。
了




