第三話 レヴニールの想い
「がんばってね、三人とも! あたしもすぐに追いつくからー!」
パイロットの回収に向かった垂直離着陸機の中継で、フランからの激励の声が届く。生き残った五機の内の二機には、彼女たちを回収するための誘導役を頼んだ。ユーグとセリア、隊長の三機が、先行して本隊の援軍に行くことになる。
空中給油機からの補給を受けていると、隊長がふとぼやいた。
「なあお前ら、弾なしでどうする気だ?」
「現地には味方機がたくさんいるんですよね? なら必要ありませんよ。味方に墜とさせるのがレヴニールですから」
今ならやれる気がする。味方機が多数いるのなら、利用できる場面はいくらでもある。
「ユーグも大分巧くなった。それに、こっちの作戦では、全滅させる必要はない」
セリアの言う通り。宰相専用機を確保すれば終わる。墜とせる状況を作り、降伏を迫れば良いだけ。中にはレスタンクール大統領も乗っているはず。さすがに撃墜はできない。
「ま、俺も見様見真似でやってみるわ。敵さんだってクラッシュはしたくないだろうしな。やり方は色々とあるさ」
「さっき衝突寸前で敵機とすれ違ってたのって……?」
「ありゃフランだよ。俺ならあのまま敵同士を激突させてたね」
やはりフランの方だった。あの猪突猛進ぶり、セリアより危険かもしれない。あとできつく言っておかねばと考えながらも、子供のころから変わらぬお転婆娘に、ユーグはヘルメットの中で微笑んだ。
「よし、行くぞ。満タンでなくてもいい。そこまで長くはかからないさ」
「了解!」
本隊が戦闘している地域までそう遠くはない。本物の宰相専用機を見失わないよう動いてくれてもいる。あとは、仕掛ける余裕さえ作れればいい。レヴニールならやれる。早めに電磁防御態勢に移行し、三機は全速力で本隊との合流を急いだ。
「こいつら、一体なんなんだ!?」
「AIではない! 繰り返す、AIではない!」
「レヴニールを隠すための偽装だ! 本物が何機か混じっていると報告があったぞ!」
到着したユーグたちが目撃したのは、空を埋め尽くすほどの数の死神の鎌を持った幽霊。照明弾に照らされたセントール全機が、垂直尾翼にレヴニールのエンブレムをつけていた。
「総司令部も作戦に乗ったって、あのことですか?」
「つーわけだ。うまく紛れ込めば、ブランシェ少尉なら簡単に宰相専用機に近づける。だがその後、弾なしでどうするのか訊いたつもりだったんだが……」
近づいても弾がないと攻撃できない。背後を取っても屈しなかった場合、威嚇射撃くらいはする必要がある。場合によっては、エンジンを損傷させ、不時着を狙うことになる。
「セリア、言っとくけどな――」
「『体当たりなんてしようと思うな』そう言われるのはわかってる。だから残しておいた」
ネメシス戦を思い出して、ユーグは苦笑した。あの時セリアは、最後まで巨大自己鍛造弾を温存していた。今回もなのだ。『使わなくても墜とせる』としかセリアは言っていない。
「学習したな。――ありがとう、セリア」
「感謝される理由がわからない。――けど、たぶんこの説明できないモヤモヤがそう」
理解しつつある。セリアはきちんと感情を持ち始めている。これを大事に育てていけば、いずれは――
「なら行こうぜ! あの中を突破して、オルネラスの頭に機関砲を突き付けてやろう!」
広範囲に渡って敵味方入り乱れた戦いを繰り広げている空域に、三機は突っ込んでいった。宰相専用機を探しつつ、追ってくるリベルラを味方機の前に放り出して墜とさせていく。
「やはり何人も混じっている! 今俺は目の前で見たぞ。あの機動はレヴニールだ!」
すでにAIではないと認知されている。その代わり敵の中では、レヴニール複数人説が採用されたようだった。
「気を取られるな! レヴニール以外を墜とせ! 味方機がいなくなれば、いくら奴とて!」
「馬鹿言うな! 区別がつくか! 気づいたらおかしな機動をされて、別の敵機が目の前に!」
おそらく単なる被害妄想。これまでレヴニールが植え付けてきた印象と、この戦場の密度の高さと暗さが生み出した奇跡といえる。必死に回避運動をするセントールを追ううちに、たまたま別のセントールと鉢合わせてしまうだけ。それほど多数の機体が入り乱れていた。
そして一人ではあるが、実際に本物が紛れ込んだのも事実。ユーグや隊長が似た機動で敵を翻弄してもいる。元々ローザニア有利に見えた戦場のバランスは、すぐに大きく傾いていった。
「いた、あれだ! セリアから見て六時の方向」
黒塗りの戦略爆撃機が一機混じっていた。ステルス能力を利用して、敵地深くの攻撃目標を爆撃するためのもの。開戦初期の首都攻撃には多数導入されたが、ローザニア側の反撃に伴い数を減らし、姿を消していった機体。
元々隠密行動で単機北エルトリアに帰る予定だったようだ。それがレスタンクール大統領のEMBで居場所が割れ、ローザニア軍が向かったため、温存されていた直掩部隊が駆け付けた。
驚いたことに、EMBが炸裂した場所は、ローザニア領空だったという。プリムヴェーラ領内にローザニア軍を引き付けておき、背後を最短距離ですり抜けるつもりだったのだろう。
「ユーグ、さすがに眼だけはいい」
「戦域から離れつつある。危うく逃してしまうところだった」
照明弾対策もしてあるのだろう。反射率の低い塗装で、星の光が遮られなければ気付かなかった。くるりと宙返りをして宰相専用機を追うセリアに、ユーグも合流する。
「そこまでだ! 降伏しろ! 近くに北帝の機体はいない!」
急加速して離れていく音速爆撃機に追いつくと、ユーグは無線機の周波数をいくつか試しながら警告を繰り返した。それに対する応答は、ネットで聞いたことのある声だった。
「君たちの大好きなレスタンクールも乗っている。不時着させようとしても無駄だ。攻撃を確認した瞬間に、彼を撃つ。今銃を突き付けている映像を見せられないのが残念だがね」
おそらくは、オルネラス宰相本人。銃を突き付けているというのが本当かどうかはわからない。今無事かどうかも。それでも少し前までは、レスタンクール大統領が乗っていたのは確か。
「くっ……だが、お前も死ぬんだぞ?」
「その程度の覚悟なしで、戦争ができると思っているのかね? 君たちの方こそ投降したまえ。味方に伝えるんだ。レスタンクール大統領の死体を見たくなければ、全員機体を捨てて、ベイルアウトせよと」
「ウィルフレド、ちょっと私の声を拾ってくれ。……ああ、そうだ」
マイクが拾い始めた声は、ここのところ、ユーグにとっては聞き慣れたものになった声。隊長の影響でよく掛けるようになった、あの伝説のシングルのヴォーカル。
「聞こえるかい? アドリアン・レスタンクールだ。そこにいるレヴニールは誰だろうね……MAかDDあたりかな?」
間違いなくレスタンクール大統領だと思えた。EMBで電子機器の類は死んでいるはず。合成音声のわけがない。内容からして、話しかけている相手はユーグではないようだった。大統領の呼びかけに、セリアが答える。
「私はセリア。セリア・ブランシェ」
「そうか。これまでよく頑張ったね。……君にならば通じるだろう。私のことは気にせず、撃ちたまえ。それで戦争は終わる。大丈夫、私もレヴニールだ」
自分もレヴニール。それがどういう意味なのかユーグが理解する前に、セリアは答えた。
「了解」
セリア機から大量の銃弾が発射され、宰相専用機のエンジンに吸い込まれていく。中で大きな爆発が次々と起き、燃料に引火したのか、そのまま大きな炎が機体を包んだ。
「任務完了」
感情の籠もらない声で、セリアが宣言した。あまりにもあっさりと行われたことで、ユーグは言葉を失う。彼女は一体どんな顔をして、トリガーを引いたのだろうか。一体どんな気持ちで、脱出も不時着も不可能な撃墜の仕方を選んだのだろうか。
機械のように無機質で、冷たく抑揚のないその台詞は、彼女にとっての仮面なのかもしれない。もう感情を持ち始めていたのに。愛を知り始めていたのに。
(きっと俺にはやらせたくなくて……)
セリアはかなり弾を残していたように思える。自分は意図的に使わされたのだと知った。先程の戦闘で、ユーグにばかり墜とさせたのは、彼女がレヴニールだからではない。セリア・ブランシェだからこそ。この場面でのユーグの気持ちを、慮ったのだろう。
「レヴニール・ワンより戦域の全機に告ぐ。ウィルフレド・オルネラスは私が殺害した。これ以上の戦闘は無益。両軍共に速やかに撤退せよ」
火の玉と化し墜落していく宰相専用機の周囲を回りながら、セリアは周波数を変えつつ呼びかける。それはすぐに戦場の皆の知るところとなり、敵味方双方の通信が入り乱れた。
「専用機が燃えている……オルネラス宰相が……」
「まだだ、まだ終わってはいない! 宰相などいなくても、北エルトリアは戦える! 国王陛下に栄光あれ! 救国の勇士は我に続け!」
「もう意味がない! 投降する! 投降するから、撃たないでくれ!」
ただでさえ劣勢に傾いていた北エルトリア軍は、更なる混乱に陥った。指揮官と思しき人物が抵抗を呼びかけるも、勝手に投降して機体を捨て、ベイルアウトしていく者が出始めた。
「全機、手を緩めるな! 今が好機! 北帝の奴らは一機たりとも逃すなよ!」
ここぞとばかりに追い立てるローザニア軍。セリアは停戦を呼び掛けたのに、誰も耳を貸していなかった。このまま全機を撃墜するか、ベイルアウトさせるまで、戦うつもりなのだろう。
ローザニア国民の受けた精神的苦痛は計り知れない。積もりに積もったものが、この場で爆発してしまっているように見えた。
(セリア、お前の気持ちは無駄にはさせない)
ユーグは深く息を吐いて決意を固めると、敵リベルラを追う味方セントールの前に、強引に割り込んだ。射線を妨害しつつ、無線で呼びかける。
「レヴニール・ツーよりローザニア各機へ! これ以上の戦闘は俺が許さない。殺し足りないって言うのなら、このレヴニール・ツーが相手になる!」
味方に墜とされても構わないと思った。反逆罪で処分されたとしても、決して後悔はしない。ここからは戦争ではない。セリアを守るための、ユーグ個人の戦い。
分身とはいえ、何度も死にながら、なおこの国を守護し続けたセリアの想い。その身を犠牲にしてオルネラスを道連れにした、レスタンクール大統領の決意。それらが生み出した価値を、次代へと受け継ぐための戦い。
「こちらレヴニール・フォー。レヴニール・ツーを援護する。一発でも撃った奴は、俺様が墜とす」
隊長の声。弾なんて残っていないのに、味方を挑発する機動でユーグの力になってくれる。
「こっちはレヴニール・スリー! もう戦争なんて終わりにしようよ! あたしはこれ以上誰も殺したくない。でも、まだ殺す気だって言うのなら、どっちの軍だって遠慮なく撃つよ!」
「レヴニール・ファイヴ、スリーに同調する。戦争を引き起こした張本人は死んだ。これ以上の戦闘には意義を感じない。双方撤退するかベイルアウトせよ」
「レヴニール・シックス、続きはゲームの中でやることを提案する。平和になったら、いつでも僕に挑戦してくれ。変態機動を見せてやるよ」
その後も次々と名乗りが上がった。フランたちの声。予備機体に乗り換え、追いついてきたのだろう。編隊を組んで上空を旋回しながら、敵味方両軍を威嚇している。
「みんな、ありがとう……」
感謝の言葉を聞いたのは、初めてだっただろうか。セリアがどんな表情で言ったのか、ユーグには想像できない。微笑んでくれたのか、それとも泣いてくれたのか。さすがに無表情のままとは思いたくない。
両軍共に射撃は止めていた。北エルトリアやプリムヴェーラのリベルラは、ベイルアウトするか、背を向けたまま真っすぐに戦域を離脱していく。ローザニアのセントールがそれを追うことはなかった。
これで戦争そのものが終わるかどうかはわからない。オルネラス宰相の遺志を継ぐ者が現れるかもしれない。しかし、少なくともここでの戦闘は、確実に収束に向かっていた。
その場に留まるローザニアのセントールの中で、たった一機だけが東へと離れていく。ユーグは何も言わずにその後を追った。しばらくして、REMPSの影響範囲外に出ると、電磁防御態勢を解いて暗号通信で語りかけた。
「大統領、自分もレヴニールだって言ってたよな? あれはクローンだったのか?」
レスタンクール大統領は義手に義足。再生医療で治せる時代に、機械式のものを使用している。本物であるという印象を強めるために、敢えて義手義足を使用していたのかと考えた。いざという時に使える武器を、そこに隠す意味も込めて。
「あの年齢のクローンを作っても、経年劣化までは再現できない。高速培養時の個体差が大きく出すぎて、せいぜい兄弟程度にしか似ない」
セリアからはそう返事があった。ならばやはりあれは、本物のレスタンクール大統領だったのだ。義手義足は大統領になる以前からのこと。失ってから時間が経ちすぎて治せなかったのか、それとも別の理由があったのかは知らない。少なくとも、戦争上の意味はなかった。
「両国指導者殺しの罪は、私が被るべき。その十字架を背負ったまま、私は消える」
同じ理屈で、オルネラス宰相も本物。戦時とはいえ、あのやり方は非難されるに違いない。それでも敢えてやったことなのだろう。両指導者ごと、レヴニールの秘密を消し去るため。ならば、セリアに残された最後の任務も予想がつく。
ユーグはヘルメットを外すと、セリアの機体に並びかけた。
「セリア、ちょっとこれを見てくれ」
「何?」
「直接見てくれ。ほら、キャノピー越しに。小さいから、ヘルメットも外さないと見えないぜ」
手にしたのは、ポケットから取り出した単なる非常食。セリアはそれを目視しようと、律儀に機体を寄せてきた。ヘルメットを外し、氷青色の瞳でこちらを注視している。
相手が確かにセリアであることと、注意を充分引けたことを確認すると、ユーグは突然機体をエルロンロールさせた。機体が接触し、弾かれるようにして二人とも空中に放り出される。クラッシュに反応して、脱出装置が作動した。セリアの驚いた顔を見たのは始めてな気がする。
パラシュートが開く前に、落下姿勢を工夫して近寄り、セリアを捕まえた。背中から抱きすくめるようにして、耳元で囁く。
「俺も殺さないと、秘密は守れないぜ?」
「ユーグ……」
自身の死をもって、レヴニールの秘密を守る気だったに違いない。だから単機戦場を離れた。ユーグのことも、どこかで振り切るつもりだったのだろう。それが無理なら、内海にでも突っ込めばいい。だからそうされる前に、ユーグは物理的にセリアの動きを封じた。
「パラシュートを開けない。二人とも墜落する」
「俺のは開けるさ。あと何秒か余裕がある。だから――」
無理やりセリアの顔を後ろに向け、唇を奪った。言葉ではきっと伝わらない。彼女相手にはこれくらい強引で丁度良い。押して押して押しまくれと、メラニーも言っていたのだから。




