第二話 覚醒
「噂は……噂は本当だったのか!? レヴニールがこんなに……」
「ヤバいんじゃないか、これは? 司令部に! 司令部に撤退命令の要請を!」
案の定、接敵した時にはもう敵軍は大混乱だった。AIによる超遠隔操作が本当だったとしたら、REMPSは自分たちが不利になるだけ。そう考えて対応が遅れたのだろう。遠距離から放ったミサイルのうち何発かは、敵機に命中した。
こちらの被害はなし。敵機も即座にミサイルを撃ち返してきたが、単機突出していたセリアがREMPSを展開し、壁を作って味方を守った。敵の中には、そのセリアのREMPSによって、逆にミサイルから守られる形になった者すらいる。
月明かりに照らされて、有人機十二機のみがREMPS範囲内へと突っ込んでいき、猛禽類の如く襲い掛かる。敵軍の悲鳴のような通信が飛び交った。
「全機に死神のマークが付いてやがる……こんなの、かないっこないぞ!」
「馬鹿者、よく見ろ! REMPSの影響で墜ちていく。レヴニールなんてものが存在しても、今まで通り一機だけだ! ごく普通の無人機で水増ししているんだ!」
ふらふらと降下していく機体の垂直尾翼には、死神の鎌を持った幽霊のような姿のエンブレム。今の発言の主だろう一機のリベルラが、その無防備な背後に迫った。
(死んだな、あいつ)
ユーグは心の中でそう呟いた。あの飛び方、セリアに違いない。敢えて曲芸飛行で墜とす気だろう。レヴニールであることを誇示するために。
予想通り敵機の射程に捉えられる瞬間、追われていたセントールは機首を急激に上げた。がくりと高度が落ちて、敵の射撃は上に逸れる。減速した敵機が照準を合わせ直そうとしたときには、セントールはその場で小さく宙返りをして、元の進行方向に戻って再加速していた。
そのままバレルロールで敵射線を逃れつつ、オーバーシュートさせて背後を取る。ほんの数発。正確な狙いで敵エンジンを撃ち抜き、小さな爆発が起きた。
(クルビット……実戦でやるかよ、普通)
思わず見惚れてしまい、戦闘中であることを忘れるところだった。コブラと同じく垂直に機体を立てた状態から、機首を戻すのではなく、強引に宙返りしてしまう機動。
性能的に可能だとは、シミュレーターで試して知っていた。だが、実戦でやったらただの的。だから敢えて推力を上げず、揚力を失った機体を落下させることで、敵の射撃を躱していた。
「お前こそ馬鹿者だ! 本物じゃねえか……こいつはレヴニールだ。ローザニアの死神が――エルトスの幽霊が俺たちに復讐に――」
敵の声はそこで途切れた。今撃ち墜とした機体からのものだったのだろう。セリアに意識を持っていかれていて、ユーグが背後に回ったのに気付かなかったようだ。
「一機だ。本物は一機しかいない。こんなのが、レヴニールであってたまるか!」
(くっ――間に合うか?)
誰かがリベルラに追われていた。その機動は頼りなく、セリア以外はエンブレムだけ偽装した機体だと見抜いた者がいるようだった。墜とされたら化けの皮が剥がれてしまう。その前にフォローに入るべくユーグは動いた。
しかしそれは無用な心配だったようだ。追われているセントールは、挟み撃ちにしようと正面から来たリベルラに向かって、エルロンロールを繰り返しながら高速に突っ込んでいく。
衝突するのではないかという近距離ですれ違い、敵同士を鉢合わせた。慌てて減速して急旋回した二機は、他のセントールにとって丁度いい的になる位置に。
(隊長か、あの動きは? あるいは――)
一歩間違えればクラッシュしていた。あの大胆な決断と、その前の頼りなげな回避運動。見様見真似でレヴニールを演じてみたフランかもしれない。
「今のがレヴニールじゃないってのかよ!? 少なくとも二機はいるぞ!」
後ろの機体との距離に注意しながら、速度を落としていく。素早くエルロンロールを行って死角の敵味方配置も確認すると、行けると判断した。
(三機だよ!)
リミッターを外しつつ操縦桿を手前に引けるだけ引いた。同時にスロットルレバーを押し込み、推力を上げて機体が落下しないように調整する。追いかけてきていた敵機が頭上に見えた。その斜め下方から、味方機が食らいつく場面も。撃墜を確認する暇はなく、すぐに機首を戻す。
「全部だ! 全部本物のレヴニールだ!」
ユーグがコブラをやったのを、目撃していたのだろう。敵の誰かが叫んだ。ロールして確認すると、追ってきていた敵機らしきものが、煙を上げつつ落下していっている。
撃ってくれたのは隊長のようだった。下から追ってきたリベルラとローリング・シザーズに入った。助けは要らないと判断し、別の獲物を探す。
(――っと、危ね)
下から猛速度で上昇してきたセントールを追って、突然リベルラが目の前に現れた。反射的にトリガーを引いてから、バレルロールで衝突を回避した。
無理やり射線上に敵を運んでくるやり方。セリアに違いないとユーグは考えた。文句を言ったらこう返すのだろう。『あなたが本物のレヴニールなら、撃ち墜としてくれると思った』と。
セリアの飛び方は、空を舞うという言葉が似合いすぎるほど芸術的で、そして時に狂暴だった。試験でもやっているかのように、何度もユーグの目の前に敵機を運んでくる。それを確実に墜としていくユーグもまた、覚醒したかのように反応し、周囲が見えるようになっていた。
「こっちはただの無人機だ。こいつらを狙え!」
「意味がない! 偽物は放っておけ! レヴニールだ、レヴニールを墜とせ!」
事前のプログラム通りに乱入してくる無人操縦のセントールに、敵リベルラが翻弄されている。コンピューターがEMPで焼き切れ、ただ滑空しているだけのものに対して、律儀に背後を取って攻撃していた。そしてその間に、有人のセントールに墜とされていく。
この場では、誰もがレヴニールになっていた。無人機でさえも、敵を引き付け味方に墜とさせるという、レヴニールの戦いを行ってくれている。
通常の精神状態であれば、さすがに惑わされないだろう。ただ通過するだけで攻撃することも不可能な、コンピューターを損傷した無人機に意識を奪われることはない。
しかし、セリアが最初にやって見せた、無人機と誤認識させてからのクルビット。あれは強烈な印象を敵味方共に植え付けた。更に、フランの思い切った行動やユーグのコブラ、隊長の熟練の機動。それらの物事が重なり、ここに集まった全六十機すべてを、衛星から遠隔操縦される特別な無人機レヴニールとして、等しく警戒せざるを得なくなったのだろう。
「雲だ! 雲が出ている! あの下へ入れ! レーザーは届かない!」
懸念していた事態が起きた。現場に雲が浮いていたら、この作戦は通用しないと考えていた。しかし隊長は隊長で、天気の確認をした上で流した偽情報だったのだろう。戦場となった場所には、雲はなかった。
それでも、戦いの場は徐々に移動し、北エルトリアとプリムヴェーラの国境付近にある小さな山塊へと差し掛かっていた。プリムヴェーラ西方の海からの湿った風が吹きつけている。山の斜面に沿って上昇する内に温度が下がり、雲を生み出していた。
(追わないでくれよ……)
高度はかなり低く、雲も薄い。あの中に入った敵機からは、上空にいるこちらを攻撃できない。ミサイルが使えるのなら脅威になるが、そうではない。
何よりその行動が意味するのは、戦意を失ったということ。レーザー操縦の無人機が雲に入れないのなら、燃料切れで撤退するまで、隠れ潜むつもりなのだと考えて良い。
(やりやがった……)
雲の中に逃げ込もうとする十数機ほどを、鋭い機動で追っていく一機がいる。あれはセリアに違いない。レーザー操縦ではないと発覚してしまうことに、気付かないわけがない。なのに敢えて突っ込んでいく。その理由は、周囲を再確認してみて、すぐに理解した。
(無人機がもうないのか)
これまで的になってくれていた無人機は、すべて撃墜されるか勝手に墜落していった。味方は有人のセントール十二機のみ。敵は合計でまだ三十機くらいは残っている。雲に逃げた機体を引いても、やや敵の方が優勢となっていた。
さすがにこの状況で生き残り、なおかつ雲の中への避難を選ばなかった敵パイロットは、皆手練れの者ばかり。混乱に飲まれず動いているように見える。これまで誰も被弾しなかったのは、多数が入り乱れる混戦と無人機の存在で、単に確率が低かっただけ。しかしこの先は違う。
だからセリアは、もうレーザー操縦の無人機という設定を捨てるのだろう。味方が遠慮なくベイルアウトできるように。設定が虚偽だと発覚することを恐れ、無理せず済むように。
(なら俺はお前を守るよ!)
味方機を守るために、セリアが単機であの十数機を追い、一人で引き受ける気だというのなら。ユーグはその彼女を守らなくてはならない。
上のことは隊長やフランに任せて、ユーグも急降下していった。案の定、雲の中まで追ってきたセリアを見て、敵が騒ぎ立てている。
「レーザーが届かないなんて嘘じゃないか!」
「いや、レーザー操縦というのが、そもそも偽情報だったんだよ! 垂直上昇している状態で、衛星からのレーザーを受けられるわけがない!」
ごく基本的なところで、隊長の設定には問題があった。おそらくこの方式の無人戦闘機が実用化されなかったのは、機動が限られるからだろう。
衛星からのレーザーを戦闘機程度の大きさに当てるのは困難という話は、REMPSの届かない超高高度を飛ぶ管制機を使うことで、ある程度は解決できるかもしれない。だがいずれにせよ、色々と無理があるシステムには違いない。
それでも、敵を半数以上減らせただけで充分。レヴニールがAIであるという設定がなければ、数を偽装するためにセリアが連れていた無人機が、囮として機能することはなかった。
(セリア! 俺はお前を守る! だから、お前は俺を守れ!)
雲の中に入ったセリアの進路を予測し待ち構えている敵リベルラを撃ち墜とす。飛び出てきたセリアが、そのユーグを狙う敵機をすれ違いざまに攻撃した。そしてユーグはそのまま雲の中へ。真っすぐ突き抜けると、そこにはセリアが敵機を運んできていた。
敵は十機以上いた。しかし、邀撃作戦のはずなのに、ここに逃げ込むという消極的発想を持つようなパイロットである。雲に視界を遮られる中でも、互いが見えているかのように的確に連携するユーグとセリアに、敵うはずがなかった。
「こちらレヴニール・フォー、通信封鎖を解除する。レヴニール・ワン、レヴニール・ツー、終わったら上も頼む」
隊長の声が無線に流れてきた。空を見ると、味方の色のパラシュートが開いている。誰か撃墜されたのだろう。自分の残弾数を見て、他の者も弾が尽きかけているのではと心配になった。
実際に攻撃している機体の数は、こちらの方が少なかったのだ。戦況が拮抗していたのなら、弾の減りはこちらの方が速いのが道理。
「レヴニール・ツー了解。もうすぐ終わります」
残りあと三機。正直放置してもいいような敵と思われるが、後顧の憂いは断つべき。
「レヴニール・ツー、上に行って。レヴニール・スリーが危険」
セリアの声。言われてもう一度上を見ると、味方はもう弾が尽きてカバーに入れないのか、一方的に追い立てられている。
「弾はあるのか?」
「使わなくても墜とせる、ここでなら」
敵機を山肌にぶつけて、マニューバーキルを取るつもりのようだ。夜の闇とこの雲の中でなら可能。残った機体は回避に専念していて、生き残りに必死の様子。ならばきっと、撃てば終わる状況で追い続ければ、敵は焦って地面にキスをする可能性が高い。
「なら任せた」
ユーグは急上昇をして味方機の援護に回った。無駄弾を撃たないで済む位置にセリアが連れてきてくれたからか、ある程度残っている。あと何機か墜とせば、こちらの方が多くなる。いずれ敵も弾が切れ、撤退するだろう。そうすれば、この部隊は役目を果たしたことになる。
「ごめーん、墜とされちゃったー」
「それ体当たりっていうんだからな?」
弾切れの状態で、どうにか敵を墜とそうと思ったのだろう。フランは敵機に突っ込むと同時にベイルアウトした。見事ぶつけることに成功、一対一の損失。よくやったというべきだろう。
敵は残り十機。味方はもう、ユーグを含め五機しか上にはいない。しかし残った者たちはさすがの機動。本物のレヴニールになれたのか、的確にユーグの目の前に敵機を運んできてくれた。
(あと六機。なのに――)
残弾数ゼロ。無慈悲な現実が目の前の計器に表示されていた。セリアも上がってきたが、やはり残弾はない様子。二機とも撃つべき場面で撃たなかったことに気付いたのか、隊長からの通信が入った。
「レヴニール・フォーより各機へ。これ以上戦っても勝機はない。南東に向かって撤退する」
まだ敵には残弾がある。全弾無駄撃ちさせないとならない。退却するにはまだ早い。
「でも、まだ俺たちは!」
「いいから黙ってついてこい。AIは喋らないし口答えもしない」
自己矛盾を起こしている上に、AI説はとっくに覆されているが、隊長はそう言って反論を封じた。致し方なしに味方全機が続く。弾無しと見切ったのか、敵はしつこく追いすがってくる。しかし、それはそれで隊長の策略だったようだ。
突如として現れた、前方からの複数の飛翔体。すれ違う瞬間に見えたのは、空対空ミサイルの姿。予備機の制御をしている者が、撃たせてくれたのだろう。
「レヴニール・ワンより各機へ。電磁防御態勢の解除を要請。次の作戦地域の確認を求む」
敵機にとって援軍は想定外だったに違いない。REMPSの補充も行わず、範囲外に出てしまった。ミサイルの数が多かったこともあり、対応しきれずに六機とも空中で爆散した。
「いやっほー! マジでやりやがった。お前らイカれてやがるぜ!」
「その『お前ら』には、隊長自身も含まれてるんですよ?」
そう返しながらも、確かにイカれているとユーグも思った。五倍以上の敵を全滅させた。無人機の助けを借りたとはいえ、通常ではあり得ない戦果。まさに全員がレヴニールになったといえる。
「――って、これは!?」
電磁防御態勢を解き、司令部から送られてきた映像を見てユーグは絶望した。今のが北エルトリア・プリムヴェーラ連合の全戦力ではなかったようだ。本隊は本隊で、本物の宰相専用機の直掩部隊に阻まれ、目的を達成できずにいる。
まだ戦争は終わっていない。作戦も完遂できていない。それでもユーグは、すぐに気持ちを切り替えた。元々ここの敵部隊を全滅させてから本隊に合流し、本来の作戦を行うつもりでの出撃だったのだ。むしろ予定通りといえる。少々遅刻してしまうだけ。
隣を飛ぶセリアを見て、決意を新たにした。自分たちの手で、この戦争を終わらせようと。ユーグもまた、レヴニールになったのだから。




