第四話 ただ一人だけを守る
「パイロット各員に告ぐ。機体に搭乗し、出撃命令を待て」
サイレンと共に、集合を促す放送が庁舎内に流れる。ユーグは立ち上がると、耐Gスーツの袖で涙を拭った。行かなくてはならない。セリアの決意を、無駄にすることになってしまう。
「追わねえのか?」
扉を開けて外に出ると、そこには隊長がいた。いつになく真剣な眼差しで語りかけてくる。
「前途ある若者を見殺しにはしたくない。だが、一人死ぬのも二人死ぬのも大して変わらねえ。今なら俺からの命令ってことにしてやる」
「見殺しにしたくないのなら、彼女を止めろ!」
思わず掴みかかって怒鳴りつけた。発言内容からすると、隊長はセリアの行き先を知っている。彼女がそこで何をするのか、そもそも彼女が何者なのかも。
「俺だって行きてえよ!」
ガツンと壁を殴りつけながら隊長は叫んだ。
「できることなら、全機引き連れていって、あいつを守ってやりてえよ。……だが、戦争に勝つためには犠牲も必要だ。何よりあいつ自身が望んでいないんだ」
わなわなと身を震わせながら、何かを耐えるように顔を歪ませる隊長。それを見て、隊長も納得していないのだと理解した。ここにいた以上、セリアと顔を合わせている。すでに説得は試みたのだろう。それでも彼女は耳を貸さなかった。
(そうだ、これは元々俺の仕事なんだ……)
セリアのことを頼まれたのを思い出した。彼女は危険だと。そのうち神風特攻をやりかねないと。隊長では彼女を変えられなくて、だからユーグを頼ってきた。
そしてユーグは誓ったのだ。戦争が終わるまで、セリアの背中を守り続けると。国のことはレヴニールに任せる。だがセリアのことくらいは、ユーグが自分の手で守る。その決意は、レヴニールとセリアが同一の存在だったとしても、変わらない。
「隊長、彼女の――レヴニールの目的は、敵の主力を最終反抗作戦の目的地に行かせないことですよね? 俺たちの目的は、オルネラス宰相を殺すことですよね?」
「そうだ。安全を確認させた後に、油断して動いたところを狙う。誰にも邪魔されずに」
できるかどうかはわからない。だが、両方の作戦を成功させさえすればいい。
「なら俺は、両方やります。集まってきた敵を全滅させ、その後、オルネラスの乗った機体を墜とせばいい」
「それができんなら、初めからあいつを一人で行かせたりはしない」
「俺だってなれます。あいつと、レヴニールといつも一緒に飛び、誰よりも身近で学んできた俺なら。――もう一人のレヴニールになれます」
レヴニールは複数人いる。特定個人ではなく、エースパイロットの逸話を束ねて、プロパガンダのために個人として神格化したものだという説。それは真実だった。ならば、本当のことだと、敵にも教えてやればいい。今までにはなかった、複数のレヴニールの同時出撃にて。
「隊長もなってください、レヴニールに。あなたにだってやれるはず。フランもきっと協力してくれる。行くんです、皆で、レヴニールとして。いなくなった者たちの穴は、俺たちで埋めるんです」
ユーグの言いたいことが理解できたのだろう。隊長はさも嬉しそうにニンマリと笑った。
「随分と楽しいことを考えるもんだ。成長したな、ユーグ」
「あなたのお陰です、アルドワン隊長。――いえ、レヴニール家のお父さんですか?」
「けっ。なら親父らしく振る舞ってやるよ。上への根回しは俺に任せろ。お前はメラニーに頼んでこい。レヴニールになるための準備をな」
「了解!」
二人で庁舎の階段を駆け下りていく。一階で別れ、ユーグは格納庫へと向かった。外へ出ると、滑走路から一機のセントールが離陸していく途中だった。垂直尾翼の右側には、死神の鎌を持った幽霊のような姿のエンブレム。セリアで間違いない。
「チーフ! メラニーチーフ!」
機体の出撃前チェックをしている整備兵たちの中から、派手な赤のメッシュの入った墨色の頭を見つけて叫んだ。
「俺の機体に、あのエンブレムをペイントしてください! レヴニールのシンボルを!」
衆目がユーグに集まる。メラニーは両腕を組んで、不機嫌そうな顔で立ち塞がった。
「このクソ忙しいときに、なぜそんなことをしなきゃならない? 整備用機材も、EMBで使えなくなってるのが多いっての、わかんねーのか?」
「俺はレヴニールとしてセリアと共に行きます。急いでください、追いつかなくなる」
ずいっと顔を寄せて、メラニーが焦げ茶色の鋭い瞳で睨み付けてくる。
「命令違反に加担させるからには、アタシを納得させるだけの理由を用意してあるんだよな?」
真正面からそれを受け止めて、ユーグは自分の気持ちをぶちまけた。理屈も何もない。これはただの感情論。だからその情熱を、そのまま言葉に載せて叫ぶ。
「あんたが納得するかどうかなんて知ったことか。俺はあいつを守りたい。独りでなんて逝かせはしない。俺もレヴニールになる!」
「どうしてそんなにあいつにこだわる? 聞いたんだろ、あいつが何なのか?」
「関係ないね。俺はあいつを愛してる。セリアを、セリア・ブランシェという女を愛してる!」
人目も憚らず言い切った。今更勝算や効果の話をしたって意味がない。一機や二機増えたところで大して変わらない。国を守るという大義と、一人の女を守るという欲望を天秤にかけ、一人の方を選んだ以上、ひたすらに貫き通すべきだと考えた。
正解だったのだろう。いつもの拳骨は降ってこなかった。メラニーは満足そうに微笑む。
「国を守るよりも、惚れた女を救う方が大事ってか? 気に入ったぜ。お前の分はやってやる。その言葉、直接本人に届けにいけ」
「はいはーい! あたしのもやってー!」
手を挙げて飛び出してきたのはフラン。周囲にはこの基地預かりとなったパイロットたちが集まっている。メラニーの前まで駆けてきて、得意げな顔で訴えた。
「その理論が通るんなら、あたしにも行く権利があるよね? ――だって、あたしユーグのこと好きだもん! ずっとずっと昔から大好きだもん!」
そうかもしれないとは思っていた。やたらと付きまとって、ベタベタと触れてくるのは、自分に気があるからではないのかと。しかしフランは誰にでもそうだった。だから確信できなかった。きっと想いを隠すために、他の男にもそうしていたのだろう。昔からそういう少女だ。
「ユーグ、あんたがセリアの後ろを守るって言うなら、あんたの後ろはあたしが守るよ」
「フラン……」
今セリアへの愛を叫んだばかりなのに、それでも変わらず自分に尽くしてくれようとするフランに、ユーグは感謝してもしきれない。恩を返す前に、次々と押し売りしてくる。
「なら自分にもいく権利があります! フランちゃんは自分が守ります!」
「俺も行くぞ! 奪われる前に、そこの色男を後ろから撃ち墜としにな!」
「ちょっと待てよ、どっちの話だよ? まさかブランシェ少尉の方じゃないだろうな?」
「なんだと? ……二機相手はきついか?」
「お前ら全員敵だ! フランちゃんの良さがわからないなんて!」
理解できない混沌の極み。セリア派とフラン派に分かれて大喧嘩。士官学校時代にも目立っていたフランはともかく、一目か二目見ただけであろうセリアにまでファンがついていた。
「わ、わたしは、その……い、生きて帰れたら、ユーグ先輩に告白します!」
ドサクサに紛れて女子パイロットが叫ぶ。士官学校時代に見かけた記憶がある顔だった。生きて帰れたらではなく、すでに告白になっている。
「青いな、お前ら……。よし、なら三秒でやってやる。三……二……」
メラニーが手を振り上げると、いつの間にか各機の尾翼に上がっていた整備兵たちが、垂直尾翼に手を伸ばした。
「一……貼れ!」
合図と共に、整備兵たちの手が動く。確かに三秒で全機がレヴニール機になった。垂直尾翼には、死神の鎌を持った幽霊のような姿のエンブレムが貼られていた。シールだったらしい。
「元々全部がレヴニールのスペア機体だ。敵には区別のつけようがあるまい」
「スペア機体って……?」
パイロットたちが喜びと共に困惑の表情でざわつき始める。メラニーは得意げな顔で答えた。
「この基地自体が、有事の際のレヴニールの拠点なんだよ。何度でも蘇って出撃するアイツのために、機体をプールする場所。前線が遠くなったから、出番がなかっただけのことさ」
レヴニールの正体について知らない他の者たちに、きちんとした意味がわかるわけはない。皆首を傾げて聞いている。だがセリアの部屋の中を見たユーグには理解できる。
各地にあの記憶並列化装置と、レヴニールのクローン体が配備されていたのだろう。二十四時間飛び続け、この国を守り抜けたのはそのお陰。いつでもどこにでも、別の個体のレヴニールが駆け付けられたから。
レヴニール。再び現れる者。帰ってくる者。そう、皆ここへ帰ってくるのだ。この国の平和を取り戻して。




