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Revenir ~不死身の撃墜王~  作者: 月夜野桜
第一章 翼の生えた人形姫
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第二話 守るべきもの

「こんの馬鹿野郎! あんなお遊びの曲芸飛行やって、生きてんのが不思議だと思え! 前の戦闘でも無茶ばかりしやがったが、今回のは我慢がならん!」


 案の定、隊長の雷が落ちた。基地から回収に来てくれたヘリコプターから、セリアが滑走路に降り立った瞬間のこと。このために隊長は、先に着陸して待ち構えていた。


「馬鹿野郎で結構。だからこそ、敵の判断を狂わせることができた。あれだけ隙を見せれば、間違いなく減速して、機銃で狙ってくる。死角にもう一機いることも忘れて」


 冷静というよりは、あまり興味がなさそうにセリアは答えた。隊長の方を見ようともせず、司令庁舎に向かってさっさと歩いていく。


「現に私は生きてる。あの二機は墜とされた。足りないのは人。飛行機は余ってる。なら、機体を捨ててでも、人を殺す敵を倒すべき」


 くるりと振り返ったセリアの氷青色アイスブルーの瞳は、隊長ではなくその背後を見ていた。同時に回収され、捕虜として連行されてきた敵パイロットたち。彼女の瞳に感情の色はなく、まるで他人事のように語り続ける。


「守るべきは人。飛行機一機と引き換えに、この先何人も、何百人も殺すかもしれないあれを拘束できたのなら、安いもの」


 あまり抑揚のない、淡々とした口調。しかしながら、そこには何かの毒が含まれていると、ユーグは感じる。敵パイロットを『あれ』と呼んだ。人ではなく、物を差す代名詞を使用した。わずかに見せた感情のようなもの。それが、あそこまでのことを彼女にさせるのだろう。


 ユーグはただ見ていることしかできなかった。無茶をした原因はユーグ自身にある。セリアがああしてくれなければ、恐らく撃てなかった。今までと同じ愚行を繰り返しただけ。


 だからユーグには、プラチナの髪をなぶる風を気にも留めず、すべて終わったとばかりに背を向けて去っていくセリアに、声をかけることはできなかった。


 隊長はどう考えたのだろうか。ユーグがこの辺境の基地に流されてきた理由を、聞いていないわけがない。そっと様子を探ると、隊長はその場に立ち止まって無精髭を撫でながら、セリアの後姿を見送っていた。それから肩を落として深く溜息を吐くと、嘆くように呟いた。


「お前、あれどうにかしろ。あいつは危険だ。そのうち神風特攻やりかねん」


「え、俺っすか? どうにかしろって言われても……」


 突然サポートを丸投げされて、目を見開き隊長の方を向く。ニヤニヤと笑うその顔を見て、ユーグは嫌な予感がした。隊長はユーグの肩にポンと手を置き、とんでもないことを言い出す。


「士官学校でハーレム築いてたことは知ってるぞ? そのテク使って口説き落として、言うこと聞かせろ」


「それ、兄貴の話ですってば!」


「顔は大して変わらんのだから、お前にだってやれる」


 暴論である。黄金の貴公子などと呼ばれて女性たちからチヤホヤされていた兄と、確かに顔は似ている。同じ派手な金髪に、透明度の高い翠玉色エメラルドグリーンの瞳。


 しかし性格は正反対。社交的で外を遊びまわっていた兄に比べ、ユーグは家で趣味に没頭し、他人とのコミュニケーションはあまり取らない生活を送っていた。


 本気なのか、単なる戯言なのかはわからない。だがそれ以上問答する気はないらしく、隊長は手をひらひらと振りながら庁舎の方へと向かいだす。


「司令に報告してくらあ。面倒くせえな、ったく」


 きっと山ほど相談することがあるのだろう。セリアのことだけではない。あの敵編隊がどこからどう現れたのか。その意図は何だったのか。今後どう対処するのか。戦況への影響は。


 確かに、小隊内の個人のことは、小隊内で解決すべきといえる。このサン=タヴァロン空軍基地の飛行隊スコードロンのマス・リーダーでもある隊長には、他にも課題が山積みのはず。四番機は空席。残るユーグがどうにかするしかない。


(さて、どう出てみるか……)


 自分も庁舎へと向かいながら、ユーグは思考を巡らせた。隊長とのやり取りの間に、セリアの姿は建物内に消えている。


「あの、ブランシェ少尉、どっち行きました?」


 左右に繋がる殺風景な通路を見回しながら、入り口脇の守衛に訊ねた。正面のエレベーターを指して、答えが返ってくる。


「自室に戻ったんじゃないか? 三階で止まったからな」


「ありがとうございます」


 セリアの自室は営舎ではなく、なぜか司令庁舎の三階。食堂や購買を利用するなど、営舎への連絡通路を使うのなら、二階で降りるはず。そもそも、それならば最初から外を回る。


 隊長が乗ったのか、エレベーターは上に向かっているので、横の階段を昇っていった。予備機材が置かれているだけの一角で、三階の通路に人の姿はない。


「ブランシェ少尉、俺だ。ユーグ・ルフェーヴル。少し時間いいか?」


 入り口脇のパネルで呼び出しながら声をかけるも、反応がない。もう一度ボタンを押してみたが、やはり返事はない。


(おかしいな……)


 シャワーでも浴びているのかと考えた。営舎の方では共用のシャワールームを利用することになるが、こちらには各個室にあるのかもしれない。同じく庁舎に個室がある隊長や司令官が、営舎のシャワーを利用しているのは見たことがない。


 待っていても仕方がないので、一旦営舎の方の自室に戻った。着替えを持ってからシャワールームに。耐Gスーツやヘルメットを備品室に返却し、再びセリアの自室を訪れるころには、三十分は経っていた。そろそろ上がっているはずなのだが、やはり返事はない。


(さすがに疲れて眠ったのかな……)


 初めて乗った新型機で、予想外の実戦。それも、自分を囮にした危険な戦い方。少しでもタイミングを間違えたら、死んでいた。クールを装ってはいるが、怖くなかったわけがない。事実、隊長にセリアのことを任されなければ、ユーグも部屋でぐったりしていたことだろう。


 司令から呼び出されて事情を聴かれるかもしれないと思ったが、特に何もない様子。腕時計を見ると、午後三時半になるところ。どうするか悩んだ末、基地内を探してみることにした。


 まず向かったのは格納庫。傷は付いていないはずだが、機体の状態確認もしないとならない。


 セリアの機体が帰還しなかったことで、先程までは空いたままだった隣の空間。そこにはもう、別の同型機が駐機してあった。


「カルノーさん、ブランシェ少尉見かけませんでした?」


 コックピットの中をチェックしているらしき整備兵に、ユーグはそう声を掛けた。これはセリアの代替機のはず。見にきたかもしれない。


「お前少尉なんだから、そんな喋り方やめろ。俺は一兵卒。上官はお前」


 質問に対する答えではなく、態度に関する説教が返ってきた。ユーグはあと二週間生き延びられたら、やっと十八歳になるところ。基地ではほとんどの人間が年上。元々社交的ではないため、なかなか距離感が掴めない。


「いいじゃないですか、そんなの。戦時特例で任官しただけの、形ばかりの少尉です。つい三か月前まで一般人だったんですから、階級とか慣れませんよ」


 空軍士官学校は四年制。本来なら卒業までは遠かった。しかし、北エルトリア王国からの突然の侵攻で事情が変わった。


 REMPS(反復式電磁パルス装置)によって電子航空制御アビオニクスを無効化された電子制御機は、あっという間に全滅。ベイルアウトした先で激しい爆撃に晒された正規パイロットたちは、民間人と共に次々と死んでいった。


 無人機中心になり、元々数が減らされていたパイロットたちは、開戦後三日もせずにほとんどいなくなった。致し方なく、REMPS(反復式電磁パルス装置)普及後を想定して急遽育成中であったユーグたち学生までが、実戦投入された。


「カルノーさんだって、軍人じゃなくて自動車修理工だったんでしょう? 社長って呼んだ方がいいですか?」


「社長は俺の親父だ。若社長にしといてくれ」


 苦笑しながらカルノーはそう答える。この基地には最近まで民間人だった者が多い。それも年寄りばかり。レトロな機械の整備ができる者たちを集めた結果、自然とそうなった。


 比較的若いカルノーとは、少しは付き合いやすい。多少の距離感は掴めた気がする。足場を昇ってコックピットを覗き込みながら、別の話題を口にした。


「これ、四番機になる予定だったやつですか? 飛行機は余ってるなんて言ってたけど、さすがに毎回使い捨てじゃ足りなくなるでしょ?」


「いや、これは予備機だ。お前たちがいない間に、南連から八機届いた。どんどん送られてくるから、まだ在庫は増えるぞ」


「また届いたんですか?」


 どうやら、ユーグたちが慣熟飛行に出ている間に到着したらしい。


 フォーレス共和国製、HCー一〇二ハイブリッド戦闘機セントール。伝説に登場する半人半獣の戦闘民族の名前が愛称の、最新鋭戦闘機。


「よく出来てるよ、こいつは。REMPS(反復式電磁パルス装置)の影響がなければ、無人操縦で運べるからな。ここと南連の間が安全空域であるうちは、補給が絶えることはない。セリアの言うことにも、一理ある。パイロットの生命の方が、ずっと大切だ」


「それはまあ、そうなんですけどね」


 兵器はこれからいくらでも送られてくる。南の国境の向こうには、かつてはこのローザニア連邦や北エルトリア王国とともに、エルトリア連合王国を形成していた小国家群がある。


 軍事、経済問わず全面的協力関係を構築し、南エルトリア民主主義国家連盟、通称南連として、一国家のように振る舞っている。背後にいるのは、南半球の巨大国家フォーレス共和国。


 北エルトリア侵攻のきっかけとなったらしき、東の内海の海底油田。その権益を売却することで、ローザニアは実質無制限の兵器購入契約を、南連やフォーレスとの間で結んだ。


「ああ、お前の機体、電子航空制御アビオニクスのチェックしておいたぞ。特に異常はない。きちんと保護されていた。機械式でよくやるよなあ。あの格納システム、まるでパズルのようだ」


 REMPS(反復式電磁パルス装置)の実用化が秒読み段階となり、フォーレス共和国もその影響下で使用可能な兵器の開発に着手していた。これがその成果の一つ。


 電子航空制御アビオニクス関連の電子機器すべてを、EMP(電磁パルス)から守る電磁防御籠ファラデーケージに格納することが可能。REMPS(反復式電磁パルス装置)影響下では、油圧や機械式リンクのみによる、完全手動操縦機として動作する。


「自分でタッチスクリーンをケージに出し入れとか、ローテクすぎますけどね……」


 素直な感想をユーグが伝えると、カルノーも苦笑しながら同意した。


「それはそうだが、コックピットの中以外は自動だろ? それに、開戦時にはまだ未完成だったんだ。この短期間で仕上げてきたんだから、文句は言うな。実際、役に立ったんだろ?」


「どうなんですかね……今日のはただ墜とさせてもらっただけと思います」


 あれはセリアのお膳立てがあったからにすぎない。素直には喜べない。


「謙遜することはない。状況は聞いたが、それでも二機もまとめて墜としたのは立派だ。――少しは自信がついたか?」


 カルノーは知っているのかもしれない。ユーグが抱えているトラウマを。首都防衛戦への士官学校生投入が決まった直後の、初めての出撃で起きた事故。そこから歯車が狂ってしまった。学校では好成績を収め、将来を嘱望されていたのに。


「いえ……次も撃てるかどうか……。あの時の光景が、頭から離れないんですよ」


 今でも繰り返し夢で見る。自分が撃ってしまった、僚機のパイロットの死に様を。


 敵機の背後につけ、撃ち墜としたつもりだった。なのに、間を横切った僚機のコックピットへと弾丸は吸い込まれた。別の敵機を振り切ろうとして、射線に入り込んでしまったのだろう。


 過失はユーグの方にある。敵機だけに集中し、僚機が見えていなかった。逃げ回る途中で味方の射線を気にする余裕などない。そもそも、僚機が追われているのにカバーにも入らず、自分の戦果しか頭になかったユーグが全面的に悪い。


 それ以来、大事な場面でこそトリガーが引けなくなった。ここに来る前にも、ユーグは別の部隊で何度も出撃している。生き残りはしたが、一機も墜とせてはいない。最後には味方は誰もいなくなって、基地に戻れたのはユーグだけだった。敵地上部隊が迫り、放棄することになった。


 転属先が戦場から最も遠いこの基地になったのは、実質的な戦力外通告ということだとユーグは捉えている。編隊も一機足りず、出撃頻度も少ない。


「焦ることはない。戦況は比較的落ち着いている。少しずつ成功体験を重ねていけば、やれるようになるさ。周りをもっとよく見ろ。お前は一人じゃないんだ」


 カルノーの言う通りなのかもしれない。自分で撃たなくてもいい。それを今日セリアは示してくれた。次はユーグの方がやればいい。セリアに墜とさせるための機動マニューバを。


「そうだ、カルノーさん、最初の質問答えてくれてない。ブランシェ少尉は来たんですか?」


 先程のコブラを連想して、隊長にセリアのことを頼まれたのを思い出して訊ねた。カルノーはコックピットの中から出てきながら、呆れた様子で答える。


「お前なあ、あの人形姫が来ると思ってるのか?」


 言われてみれば、機体の整備を手伝っている姿などは見たことがない。ユーグがここに配属されてまだ二週間も経たないが、それでも一度くらいは目撃しないとおかしい。


「普段何やってるんですか、彼女? 朝のランニングにも参加してないし、飛行以外だと、食堂くらいでしか見たことない気がします」


 どれくらい前なのかは知らないが、セリアはユーグより先にこの基地に配属されていた。カルノーなら何か知っているかもしれないと考えたのだが、期待通りの答えは得られない。


「俺の方が聞きたいよ。ほとんど会話もしてくれないどころか、用がないと部屋から出ないみたいだからなあ」


 ならば、セリアの趣味や、興味を持ちそうなことは、カルノーも知らない。別の人間を当たってみるしかないが、部屋から出ないとなると、誰とも交流がないのではと心配してしまう。


「彼女、どうして営舎じゃなく庁舎の方に部屋があるんですか?」


「それも俺に訊かれても困るなあ。あれじゃないか、年頃だから配慮してるんだろ。見た目ああだしな。最初はどこぞのアイドルか何かが、慰問公演にでも来たのかと思ったよ」


 言わんとするところはユーグにもわかる。小柄で華奢ということもあるが、戦闘機を駆って人を殺すことを生業としているとはとても思えない、可憐で端麗な容姿。


 いつも人形のように表情がないのに、それでも自然と視線が吸い寄せられてしまう。少し微笑むだけで、この基地の男どもは皆言いなりになるのではないか。そんな発想が浮かぶほど、彼女は魅力的だった。


「おい、そこ! さっきからずっとくっちゃべってばっかで、手ぇ動いてねえじゃねえか!」


 荒っぽい言葉が背後から投げかけられて、カルノーと二人して首をすくめた。別の意味で、この基地の男どもを言いなりにしている女性の声。


「チ、チーフ、お言葉ですが、自分はルフェーヴル少尉に、先程の機動マニューバの記録を見せていただけでして」


 振り返ったカルノーの手には、大型携帯端末があった。コックピットの中で使っていたものだが、別に何か見せられていたわけではない。咄嗟に画面を切り替え、嘘を吐いたようだった。


 肩を怒らせつつ、ずかずかと歩いてチーフが近寄ってきた。カルノーの瞳を覗き込むようにして、焦げ茶色ダークブラウンの鋭い瞳が間近で睨み付ける。その身長はカルノーよりもわずかに高く、女性とは思えない威圧感。墨色アイボリーブラックの短髪に入った派手な赤のメッシュが、それを強調していた。


 ぱぱっとカルノーの端末を操作すると、こめかみに青筋が浮いた。二人の頭の上に同時に拳骨が落ちる。


「ログ見りゃ一目瞭然。次はもう少しマシな嘘を吐くんだな!」


 それで満足したのか、別の整備兵のところにいってやはり雷を落としているチーフの後姿を、カルノーと二人、頭を押さえつつ涙目で眺めた。


「……シュヴェーヌマンチーフって、本当に女性ですよね?」


「あれはカウントしちゃいけねえ。チーフの部屋が庁舎の方にあるのは、きっと危険人物隔離のためだ」


 腕相撲したら負けそうに思えた。一言で表すと、見た目は女丈夫。しかしながら、あれで開戦前は最先端電子兵器の研究者だったという。それでいて、古典的な機械にも詳しい。


 メラニー・シュヴェーヌマン。彼女は可憐な笑顔ではなく、恐怖によってこの基地の男どもを支配する。同じ女性でも、セリアとの親交はないだろうとユーグは考えた。オペレーターをはじめ、他にも女性はいる。別の人を当たろうと。


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