第三話 最後のレヴニール
「私はレヴニール計画で作られたクローン体。意識接続で記憶を融合し、均一化を行うことができる、戦うためだけの存在。分散並列学習によって大幅に効率化し、失われた空戦技術の復活を目指すと共に、全滅しない限り学習結果が継承されていくことを目的とした実験体」
セリアの口から語られたのは、レヴニールの真実。複数人説が最も真相に近かった。ただし、記憶を共有し合えることだけが異なっている。この機械がそのためのものなのだろう。だからセリアは、いつも部屋に籠もっていた。ここで記憶の並列化とやらを行っていた。
「そんなの……そんなの、まるでバイオコンピューターじゃないか!」
憤りを隠せなかった。ただ戦うためだけに生まれてきたなんて、信じたくなかった。だからユーグは叫んだ。心の底から魂を絞り出すようにして。
それでもセリアは、相変わらずの無表情で答える。本物のコンピューターのように。
「その通り。人間のDNAが使われただけで、生体ロボットみたいなもの。臓器単位で製造され、組み立てられた。定着ポッドから出されてから、まだ四年」
人から生まれたのではない、本物の作られた存在。戦闘学習のため、結果を継承するため、それを使って敵を墜とすため。ただそれだけのために製造された。
だから彼女は、何も知らなかった。笑うことも、楽しいと思うことも、喜ぶこともできなかった。感情を持たない、本物の戦闘ロボット。
無人機が無効化された今、複製可能な生体コンピューターともいえる彼女たちは、大きなアドバンテージとなる。ローザニアは、そんな非倫理的なものを作り出していた。
北エルトリアによるこの戦争の大義名分は、ローザニアにて行われている、非人道的な大量破壊兵器の開発阻止。それは本当のことだったのかもしれない。
非人道的な大量破壊兵器とは、セリアたちのこと。非人道的に破壊する兵器ではなく、兵器の開発や製造方法自体が非人道的。いくつかの軍需産業の研究施設が、開戦直後に空爆を受けた。彼女たちの研究・製造施設だったのではないだろうか?
そのユーグの思考を肯定するかのような言葉が、セリアの口から零れる。
「私たちレヴニールは、死ななくてはならない。戦争を引き起こす原因となった罪を贖うために。証拠を隠滅するために。――この国の人々を守る戦いに、生命を捧げることで」
セリアが自分の生命を顧みない戦いをする理由が、やっとわかった。きっと死にたかったのだ。その身を犠牲にして誰かを救うことで、罪を償えると考えて。存在してはならない人間だから、消えてしまおうと思って。
「お前は……なんで、なんでそんな大事なことを今まで……」
言えるわけがない。最重要国家機密に違いない。それが洩れたら、北エルトリアによる攻撃が正当化されてしまう。だから誰にも言わずに、独りで苦しんで、独りで戦っていた。
気づけば、セリアの小さな身体を抱きしめていた。戦闘機乗りとは思えない華奢な肢体。いつも半人前の食事しかとっていないのを思い出した。あれも、生きる意志がなかったからなのだろうか。食べなければ、死んでしまえると考えたからなのだろうか。
「私は発育が悪くて幸運だったのかもしれない。記憶の並列化に、他の個体よりも時間がかかる。だから、いつもここにいないといけなかった。でもおかげで、優先順位も最低になった」
セリアの腕が、ユーグの背中に回されていた。胸に頬を寄せ、まるで愛おしむような声で彼女は続ける。
「この戦争はきっと今日で終わる。もうこれ以上死ななくていい。私がみんなを守る。だからユーグは生きて。フォーレスの代理戦争なんかで死なないで」
代理戦争。その言葉を聞いて、今まで不可解だと思っていたことのいくつかが腑に落ちた。
ローザニアは、フォーレス共和国や南エルトリア民主主義国家連盟から、大量の兵器や軍需物資を輸入している。海底油田の権益売却の見返りとはいえ、本来採算が合わない資源なのにもかかわらず。そして最新兵器が惜しげもなく次々と送られてくる。
おそらくは建前だったのだろう。単なる軍事支援を行ったら、北エルトリアとフォーレスの間での核戦争に発展しかねない。そしてそれは同時に、北エルトリアを打倒したいフォーレスにとって、ローザニア人を使った代理戦争の隠れ蓑ともなっている。
無人機のみによる戦闘が成り立たなくなった今、人的資源を消費せずに戦争は行えない。これはきっと、かつての大陸間戦争と同じ。コンピューターの代わりに、ローザニア人が使われているだけ。
「レヴニール計画、フォーレスがやっていたのか?」
「そう。人間のクローン作製も、記憶の並列化も、それに使う完全侵襲式BMIデバイスも、全部禁止技術。未発達だから、多数のDNAサンプルで試して、ごく稀に成功するだけ。だからフォーレスは、影響を及ぼせる各国でやってる。たまたまここで成功して私たちが生まれた」
ならば、実質フォーレスが引き起こした戦争に感じる。開発の目的が何だったのかはわからない。単に不測の事態への備えにすぎなかったのかもしれない。それでも、戦争の引き金になったことだけは、事実であるように思えた。
「セリア、一緒に逃げようとは言わない。代わりに、一緒に戦おう。レヴニールではなく、セリア・ブランシェとして。サンドリヨン隊の一員として」
「駄目。私は一人で行かないとならない」
「どうしてだよ? 戦意高揚のためにレヴニールが必要なのか? 正体がバレないよう一旦離脱して、あとでレヴニールとして合流しなおすのか?」
そうだと言って欲しかった。機体のエンブレムが変わるだけ。今まで通り後ろを守ればいいだけ。なのにセリアは身を放して、寂しげな瞳で見上げながら告げた。
「私には私の任務がある。一緒には行けない。私が最後のレヴニール。私がやらないといけない。……ユーグ、あなたにはこの作戦の真実を伝えておく」
「この作戦の……真実……?」
まだ何か秘密があるのだろうか。困惑するユーグの前で、セリアは語る。おそらく現時点では、国家最高機密の一つだろうことを。
「作戦会議で伝えられた攻撃目標は偽物。北帝だって間抜けじゃない。宰相専用機の飛行計画なんて洩らさない。もし手に入るようなら、それは偽情報。それに釣られてこちらが空軍全戦力を派遣するのを、敵は待っている。きっとプリムヴェーラとの連合軍が罠を張ってるはず」
今日のブリーフィングでは、なぜか全員が集められた。パイロットだけでなく、基地のほとんどの人員が。今までは隊長だけが呼ばれ、機上で作戦説明を受けていたにもかかわらず。
「まさか、敢えて北帝にこちらの作戦を盗ませたのか……?」
この基地にはスパイがいると言っていた。捕虜脱走事件の手引きをした者は処分したそうだが、他にもいるに違いない。先程、非常回線を開放していた。端末を配っていた。あの情報を、北エルトリアに伝えさせるために違いない。
「そうするとお前は、たった一人でそれを相手しにいくというのか?」
こくりとセリアが頷く。みんなを守るとは、もうこれ以上死ななくていいとは、彼女が一人で囮になるということなのだろう。無人機を引き連れていけば、数だけは多く見せかけられる。EMPで無効化されるまでは、ローザニア空軍本隊と誤認識させられる。
「逆にこちらが敵を釣る。北帝にとってはどうしても殺したいレヴニールとして、一人でなるべく時間を稼いで、多くの敵を引き付けるのが私の任務。その間に、本物の宰相を狙って」
「だが、どうやって? 北帝だって間抜けじゃないんだろ?」
「レスタンクール大統領が教えてくれる。あの映像で自分を殺せと叫んでいたのは、その作戦の合図。オルネラスと一緒に護送されることになった場合、大統領は義手や義足に埋め込まれたEMBを使って、場所を教えてくれる」
作戦の集合時刻は十九時。戦闘開始は早くて十数分後。オルネラスは戦闘の隙をついて北エルトリアに逃げ帰る算段をするだろう。EMBを使用したら、大規模停電が起こる。暗くなった後ならば、偵察衛星から簡単に位置が特定できる。
「大統領は、初めからその覚悟だったのか? 外相の襲撃、あれも意図的に?」
「あれは違う。レスタンクール大統領はそんなこと考えない。彼は本当に平和を愛してるから」
しかしオルネラスはわからない。だからいざというときには、自分が目印となってオルネラスをどうにかする計画を用意していた。彼もまた、同じなのだろう。レヴニールと。
「ユーグ、私はもう行かないとならない」
「セリア……?」
言葉に反して、セリアはユーグに抱き着いてきた。そのまま動かない。そっと抱きしめ返すと、消え入るような小さな声で語り始めた。
「感情なんて要らないと思ってた。誰も教えてくれなかったし、持たないよう誘導されてもいた。使い捨ての兵器である以上、持つべきではないから。戦い以外のことに興味を持つべきではないし、誰かに興味を持たれるべきでもないとさえ」
それから、大分身長差のあるユーグを見上げて言う。濡れた氷青色の瞳を揺らしながら。
「でもあなたは、そんな私にしつこく付きまとった。笑えと言ってきた。あなたが、あなたたちだけが、こんな私のことを人間として扱った。恋愛になんて興味なかった。必要ないと思ってたし、する前に処分されると思ってた。でもみんなが言ってた。あなたのことが好きって」
みんなとは、記憶を並列化していた他の個体のことだろう。その彼女らがユーグに恋愛感情を抱いていた。ならば理屈的に、セリア本人も含まれる。
「さようなら、ユーグ」
すべての想いを断ち切るように、セリアはいつもの機械のような表情に戻って告げた。そして振り払うようにしてユーグの腕から逃れる。
「セリア! いかないでくれ!」
掴んだその手は乱暴に振り払われ、氷のような冷たい瞳が睨み返してきた。
「邪魔しないで。私が最後のレヴニール。私以外にこの任務をこなせる者はいない。もしこれ以上付きまとうようなら、たとえあなたでも……」
カチャリと音がして、薬室に弾丸を装填した拳銃が向けられた。
「撃てるなら撃ってみろよ、セリア!」
パン、と乾いた音が響く。背後で壁が穿たれる音が聞こえた。本当に撃った。銃弾はユーグの頬を掠めて、そこに熱い衝撃を残していった。
「次は当てる」
もう止められないと悟った。これ以上は意味がない。余計な死体が一つ増えるだけ。そんなことは、彼女の本意ではない。守るために行くのだ、セリアは。ユーグを。愛する人を。
「馬鹿野郎ー!!」
ユーグの慟哭が木霊する。そんなものは耳に入っていないかの如く、セリアは――いや、レヴニールは、扉の向こうへと消えていった。




