第二話 彼女の魔法が解ける時
サン=タヴァロン空軍基地、戦時司令部。地下深くに作られた、核シェルターも兼ねた非常用空間に、基地の主要メンバー全員が招集された。
普段は呼ばれないユーグたちも含め、地上に残らなければならない守衛等を除いて、大きなディスプレイの配備されたブリーフィングルームに一同が会した。
「総司令部からの伝達。北エルトリアとの停戦交渉は、降伏勧告に変わった。プリムヴェーラ共和国は、我が国へと宣戦を布告。これが、先方の主張する根拠である」
画面にはローザニアのレスタンクール大統領と、北エルトリアのオルネラス宰相が映った。国連事務総長が間に立ち、握手を促している。停戦交渉会場の映像との表記がある。
双方外相を伴っての、二対二での会合。代表二人が着席し、外相たちが続く。席に近づいた途端、ローザニア外相は手にした大型携帯端末を振り上げ、オルネラスに襲い掛かった。
警備についていた国連職員がすぐさま動き、外相を取り押さえる。オルネラス宰相は、頬から首にかけて深く傷を負っていた。レスタンクール大統領も同時に取り押さえられた。『殺すなら私の方を殺せ!』何度もそう叫びながら、縛り上げられていく。
信じがたい映像に、会場内が大きく騒めいた。生きた端末を持っている者たちは、ネット上に流された情報を確認している。ユーグも近くの者に見せてもらったが、同じ映像が国連の公式アカウントから発信されていた。
続いて流されたのは、オルネラス宰相の主張。すでに手当てが行われており、両脇には国連事務総長とプリムヴェーラ共和国首相が控えている。
「これがローザニアとフォーレスのやり方だ。だから私は、開戦に踏み切らなければならなかった。最後の機会と考え、危険を承知で自ら足を運び、この停戦交渉に臨んだ。なのにローザニアは、この私を殺害することで、北エルトリアを征服する足掛かりにしようとした」
「我々プリムヴェーラ共和国は、本戦争の早期終結のため、ローザニア連邦に対して宣戦を布告する。義は北エルトリア王国にある。我が国の善意を蔑ろにするローザニアに裁きを。レスタンクール大統領は拘束した。無駄な抵抗はやめ、降伏するよう勧告する」
これがプリムヴェーラ共和国首相の主張。映像を見た者たち皆が口を揃えて、フェイクだと罵った。ローザニア不利に傾いたのを機に、これまで中立という名の日和見を続けていたプリムヴェーラが裏切ったのだと。北エルトリアと共に、ローザニア領土を奪いにきたのだと。
「我々総司令部は、本映像は本物と断定した。フォーレスや南連はフェイク映像だと主張しているが、世界各国はこれを事実と認定しつつある。続いて、国連による公式声明の映像を流す」
画面が切り替わり、国連事務総長単独の映像に変わった。本物であることを示すためか、背後のディスプレイには国連本部の会議場の様子が映っている。そこでは手書きのプラカードを使い、この映像の正当性を示すメッセージを職員たちが示していた。
「先程行われたローザニア連邦ならびに北エルトリア王国間の停戦交渉において、ローザニア外相が北エルトリア宰相オルネラス氏に襲い掛かったことは事実である。本声明に異議のある者は、国際司法裁判所に申し立ててほしい」
これは動かしようのない事実のようだった。ローザニア軍の総司令部までもが認めているのだ。この予想もつかない展開に誰もが、驚きと、憤りと、悔恨を禁じ得なかった。
「とはいえ、私はこれをローザニア連邦の意思とは断定しない。ローザニア外相が、北エルトリアのスパイであった可能性は否定できない。確かなのは、ローザニア外相の地位にある人物が、北エルトリア宰相を襲ったということのみである。それ以上のことは、不明である」
国連はあくまでも中立。北エルトリアによる自作自演の可能性も示唆している。ならば現時点では、全世界がローザニアを敵視するということはない。事務総長は冷静な口調で続けた。
「我々はプリムヴェーラ共和国の直接介入も支持しない。事実関係が明らかになるまで、各国には冷静な対応を要請する。私はここに残り、引き続きプリムヴェーラ首相の説得を試みる」
ここまでが、本件に関しての国連による緊急報告のようだった。映像は再び切り替わり、総司令部からのものに。レスタンクール大統領不在の今、最高指揮官となった副大統領が映った。
「フォーレス及び南連からは、直接介入は行えないとの通達が届いた。我々は、この緊急事態を自力で乗り切らなくてはならない。首都を襲うミサイルには、REMPSの空中散布で対応中。しかし、被害は甚大だ。レスタンクール大統領も人質に取られた。これは、開戦後最大の危機である。そこで総司令部は、航空部隊による電撃戦での早期決着を立案した」
側に控えていた空軍参謀総長にカメラが向く。同時に、画面にはローザニア周辺の地図が映し出された。
「連邦空軍並びに、それを補佐する者たちすべてに告ぐ。これより我々は、プリムヴェーラの対空防衛網を突破し、北エルトリアに帰還する宰相専用機撃墜を試みる最終反抗作戦を決行する。それにより指揮系統を失わせ、軍部主導の自発的な休戦を促す。彼らもまた、もう戦争は終わりにしたがっているのだ。必ず誰かが動く。我々は、それに賭けるしかない」
再び会場内が大きく騒めいた。外相が誰の意思でオルネラス宰相を暗殺しようとしたのかはわからない。それでも総司令部は、その意思を完遂することに決めたようだ。
元々、北エルトリア国内にも厭戦ムードは漂っていた。オルネラス宰相による突然の侵攻は、必ずしも国民の支持を得られてはいない。いずれはクーデターによって、国内から阻止されるという観測もあった。それを計画していた者たちに、命運を預けるということだろう。
「この作戦に失敗した場合、我々は降伏するしかない。これ以上の犠牲は許されない。国連事務総長は、ローザニアの主権と領土の保全を約束してくれている。諸外国も同様に、北エルトリアの領土拡張は許さないだろう。それでも我々は、何もせず降伏するわけにはいかない」
画面上の地図に、プリムヴェーラ首都から北エルトリア首都までを繋ぐ光点が現れた。緩やかなカーブを描いてローザニア領空を避けつつも、最短距離で結ぶ線となっている。
「プリムヴェーラに潜入している我が国の諜報員たちが、宰相専用機の飛行予定を入手した。この通り、三国の境に近い辺りを通る。我々は空軍全戦力を投入し、ここで急襲する。激しい抵抗が予想される。集合はこの地点。時間は本日一九〇〇。各員、準備に当たれ」
それで総司令部からの映像は切れた。集合時間まで、一時間半ほどはある。距離を考えると、出撃までの猶予は五十分弱だろうか。消えた画面の前に、基地司令が立つ。
「パイロット諸君へ。機体は用意できている。幸い、この基地からは比較的集合地点が近い。各自、悔いのないよう準備をしたまえ。基地の非常回線が使用可能な携帯端末を配布する。――ご家族に、私からの謝罪の言葉を伝えておいてくれ」
司令は悔しげな表情で、深く頭を下げた。総司令部からの映像には、予想される敵軍の規模について、特に情報はなかった。だが、敵も全力で迎撃にくるに違いない。おそらくプリムヴェーラ空軍も参加する。正真正銘、これが最後の戦い。生命を捨てる時が来たのかもしれない。
隊長が司令の隣で手招きしている。フランやセリアと共に、ユーグはその前に進んだ。パイロットたち皆が集まってくる。
「全機俺の指揮下に入ってもらう。組み合わせは事前の通達通り。ま、あと三十分くらいはゆっくりしてこい。俺も部屋に帰って、好きな音楽でも聴いてくるわ」
相変わらず隊長らしい、いい加減な指示。この人に緊張という言葉はないのだろうかと考えてしまう。
「隊長、それはないでしょう。人生の先輩として、軍人の先達として、何かこう、ビシっと訓示の一つくらいしてくださいよ」
思わず愚痴をこぼすと、隊長はニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべながら、ユーグの肩をポンと叩いた。
「ならアドバイスしてやる。まだ時間はある。男になってこい。どっちを選ぶんだ?」
その視線は、セリアとフランを見比べていた。意味することを理解し、ユーグは泥酔したかのように顔を真っ赤にして、しどろもどろになって答える。
「な――なにを、言ってるのか、じ……自分には理解できません!」
全員が注目している。居たたまれなくなって、ユーグはくるりと背を向けた。
「セリア、フラン、行こうぜ。着替えたら食堂に集まって、激励会やろう」
さすがのフランも挙動不審になりつつ、逃げ出すようにしてついてくる。セリアは意味がわかっているのかいないのか、相変わらずの表情。その後ろから声がかかった。
「ブランシェ少尉、待ちたまえ。君には総司令部からの伝達がある。零時の鐘が鳴ったそうだ」
「なんですか、それ?」
司令が口にした意味の通らない言葉に、ユーグは振り返って訊ねた。
「君ではない、ブランシェ少尉に言っている。――別室にきたまえ。そこで命令書を渡す」
セリアはユーグの顔と、司令の間で視線を往復させた。何か困惑しているように見える。彼女だけへの命令書。一体何なのか、ユーグも気になって仕方がない。
「君たちは早く行きたまえ。向こうで予備端末を配っている。ご家族にきちんと連絡を取りなさい。これで最後になるかもしれない」
有無を言わさぬ毅然たる態度で、司令は強く命令した。他のパイロットたちが動き出し、セリアは彼らとすれ違うようにして司令の方へ向かう。
「セリア?」
「早く行って。これは私への命令」
そのまま司令に連れられて奥の部屋へと消えていく。その背はいつもより小さくて、頼りなげに見えた。
「なんなのかな、あれ?」
不安そうな顔でフランが腕を掴んでくる。ユーグにもよくわからない。ここで待とうかと考えたが、すぐには出てこないだろう。先にやるべきことを済ませようと決めた。
「とりあえず、出撃準備をしてしまおう。話は後だ」
隊長の姿も見えない。本当に部屋に戻って音楽を聴いているのか、それとも――
予備端末の支給を受け、耐Gスーツに着替えた。食堂には行かずに、セリアの部屋を訪ねる。先程の様子が頭から離れない。セリアが視線を彷徨わせるのは、何かに困っているとき。
本当は引き留めて欲しかったのかもしれない。彼女だけの特別な任務。嫌な予感しかしない。
まだ戻っていないのか、扉を叩いても応答はない。壁のパネルは死んでいる。仕方なく、地下の戦時司令部へと階段を下りていくと、セリアが上がってきた。
「ユーグ……」
「なんなんだよ、命令書って? 零時の鐘が鳴ったって、どういう意味だよ?」
セリアはその場で立ち止まって、しばらく俯いていた。何人もが忙しく地上と地下を行き来していて、彼女の横を通りすぎていく。
「魔法はもう解けた。……私の部屋に来て」
人の流れが途切れたところで、セリアは速足で階段を上り始めた。まだ先程の水色のサマードレスのまま。ヒラヒラと揺れるスカートは、この非常事態の軍事基地には似合わない。買い替える前だったブーツだけが、異様に浮いて見えた。
初めて入るセリアの部屋。扉を通ってすぐは、何の変哲もない個室だった。シンプルな造りのベッドに、テーブルと椅子が一組。しかし、奥にもう一つ扉があった。金属製の頑丈そうな造り。そこが押し開かれ、ユーグの目に入ったのは、Revenirと書かれた機械。
「なんだよ、これ……?」
リクライニングチェアのような本体に、頭部全体を覆うと思われる機械が被さっている。
「これはレヴニールの記憶並列化装置」
「記憶……並列化?」
聞きなれない単語と、いつも口にしていた伝説のパイロットの名前という妙な組み合わせ。
「この間のレヴニールが撃墜されて死んだ。プリムヴェーラ首都は、一機の手には余った」
「レヴニールが……単機で?」
レスタンクール大統領を救出に行ったのだろうか。それとも、オルネラスに止めを刺しに行ったのか。だがそんなことはどうでもよくなった。セリアの口から飛び出た言葉によって。
「次は私の番。私が最後。作戦を実行できるのは、私しかいない」
これはレヴニールの記憶並列化装置。次はセリアの番。そして彼女は、レヴニールについて異様に詳しい。まるで本人であるかのように語っていた。そこから導き出される答えは――




