第四話 いつか見た光景
レヴニールの負担を減らすために、ユーグたち四機はネメシス前方、斜め下の空で敵リベルラ隊と交戦に入った。レヴニールほどの機動はできないが、下面の電磁投射砲は一つ破壊した。射撃間隔は長く、距離と角速度さえ維持していれば、どうにかなる。
「下りてくればいいのにな。少しでも多く電気を使わせる気か……」
相変わらずレヴニールは、ネメシス上空で二基の電磁投射砲を相手にしている。リベルラが何機かこちらにやってきて余裕が生まれたのか、それともこれ以上こちらに来させないためか、時折敵機を墜とすようになっていた。
「もーらい!」
セリア機と交錯する形になったフランが、出会い頭に敵機の鼻先から機銃を浴びせた。墜落していく機体の陰を通ってユーグが機首を上げると、そこにセリアが敵機を運んできていた。
素早くトリガーを引いて、最低限の射撃で敵機を墜とす。共に何度も戦い、心が通じ合ってきたのだろうか。セリアがうまく合わせてくれているだけかもしれないが、なんとなく、セリアの動きが読めるようになってきた気がする。
「セリア、それ切り離した方がいいんじゃないか? 機動性落ちてないか?」
不発した巨大自己鍛造弾をまだ抱えたままなのを見て、ユーグは提案した。そのせいで電磁投射砲に当たったら、悔やんでも悔やみきれない。
「壊れてる。外れない」
そうかもしれないとは思っていたのだが、外部兵装の制御系自体が故障しているのだろう。だから点火スイッチも押せずに、撃つことができなかった。
すべてが機械式となる電磁防御態勢の弱点。ミサイルを撃つ時ですら、そのミサイルが収められた電磁防御籠の一部を機体から伸びたロッドが押し込み、物理スイッチを反応させる方式。
もっとも、電磁防御態勢でミサイルを使うことはほとんどない。一時的にREMPS影響下を離れ、電子機器の正常動作が見込める場合のみ。電磁防御態勢の解除には時間がかかるので、手動のままミサイルのスイッチだけを入れる。まずない状況なので、通常は困らない。
「まだか? そろそろ基地が射程に入っちまいそうだ」
レヴニールが最初のミサイルを撃ってから、もう十五分近く経つ。しかしまだ電磁投射砲は作動しており、電磁フィールドは消えていないことを示している。
さすがに焦ってきたのか、接敵後初めてのミサイルを、レヴニールが放った。電磁投射砲の充電の隙を縫い、上空から落とす形でネメシスを狙ったようだが、対空砲火に阻まれた。
「駄目だ、ブランシェ少尉、お前は行くな」
「でも……」
リベルラの数は何機か減っているが、レヴニールのように避けられるわけがない。ましてやセリアは荷物を抱えたまま。隊長もそう考えたのか、上に行こうとするセリアを引き留めた。
「隊長、皆で上がって同時に落とせば、一発くらいは当たるかもしれません」
「んー、どうするか……。今のは俺たちにもやれということなのか、それとも……」
真似をしろという意味とも取れる。だからセリアは上がろうとしたのだろう。しかし、ここまで単機で敵の攻撃を引き付け、こちらを危険に晒さないようにしてくれていた。隙の大きいあの動きを、ユーグたちにもやれと言うとは思えない。
「来た! みんな、来たよー! 援軍! いっぱい来たー!」
フランの歓喜の声が、ヘッドフォン内に響いた。東北東の空を見遣ると、確かに戦闘機の一群が近づいてきている。集合予定時間にはまだなっていないはずだが、ここで戦っているのに気付き、先行してきてくれたのだろう。
「こちらローザニア空軍、オペラシオン・シーニュ現場指揮官マルロー中佐だ。サンドリヨン隊、ならびにレヴニール、よく持ちこたえてくれた」
「遅えぞ、小便小僧。無人島にベイルアウトして、片思いの女に遺書書いてた時の話すっか?」
「アルドワン大尉、貴官には二階級特進を許可する。派手に突っ込んできたまえ」
「へっ、もうやってるよ!」
やり取りを聞く限り、どうも隊長の古い友人、あるいは元部下のようだ。ということは、彼もまた歴戦のパイロット。少なくとも二十機以上は引き連れている。この戦い、勝てるとユーグは確信した。
「マルロー、ネメシスの核融合炉は、おそらく稼働時間に限界がある。空冷で動かせるわけがない。今俺たちは、冷却材切れを待っているところだ」
「そう判断したから、先行してきた。爆弾も大量に積んでな。アルドワン、ひよっこ共のカバーを頼んだぞ!」
「仕方ねえな、お前のケツも守ってやるよ」
マルロー部隊は高度を上げたようだった。こちらの相手に来ていたリベルラたちが気付いたらしく、迎撃のために離れていく。それを追うようにして、ユーグたちも高度を稼いでいった。
レヴニールが先に動き、ミサイルを全弾ばら撒いた。撃ち墜としきれない可能性を考慮したのか、ネメシスは機体を傾けて進路を変える。
そのまま入れ替わるようにして、レヴニールはサン=タヴァロン基地の方へと戻っていった。
「ありゃ燃料切れだな。ここからはちょい厳しくなるが、レヴニールの代わりを務めようとは思うな。味方の数は多い。まずはリベルラを墜とすぞ」
「了解!」
今のネメシスの動きを見る限り、これだけの戦闘機からの爆撃なら、捌き切れない可能性がある。その証拠か、リベルラは爆撃阻止のために、マルロー部隊に肉薄していった。
「駄目だ、それじゃ!」
爆撃精度を上げるために速度を落とす者。リベルラから逃れるために、上昇や下降でネメシスとの間の角速度が死んでしまう者。それらを的確にネメシスの電磁投射砲が撃ち抜いた。
しかし、そんな味方の攻撃も機能していないわけではない。ネメシスの方も爆撃を避けるようにして、左右に複雑な動きをし始めた。その状態でも電子制御による精密射撃は有効で、少しずつ味方セントールの数が減っていく。
ユーグたちも敵リベルラに積極的に攻撃を仕掛けたが、本来の目的である時間稼ぎができなくなってしまいそうだった。
「爆撃は最低限でいい! 生き残ることを優先してくれ! 冷却材が尽きれば、俺たちの勝ちなんだ!」
「わかってる。わかってるが――クソっ、後ろのリベルラが!」
味方機は上空で混乱状態にあった。先程までの数が少なかった時の方がマシな状況。レヴニールは、マルロー部隊二十四機と同等以上の活躍をしていたことになる。
「シーニュ部隊全機へ。敵機上空より退避せよ。距離を取り、速度を上げ直したのち、再度爆撃。アプローチ時に決して減速するな」
マルローの指示に従って、余裕のある者たちはネメシス上空から離れていく。ユーグは、リベルラに追われて離脱できない機体の援護に回った。牽制で機関砲を撃ち込むと、射線を避けてリベルラが旋回していく。
「今だ、なるべく直進せずに動いて!」
指示通りにしてくれたかどうか、確認する暇はなかった。電磁投射砲に撃たれないよう、ネメシスとの角速度を確保したまま、偏差射撃では当たらない機動を続けなくてはならない。
そのまま何度も往復して爆撃を続けた。ユーグたちはその援護。的が分散しているにもかかわらず、電磁投射砲と複数のリベルラからの射撃は、並のパイロットたちには脅威でしかない。
次第に数は減らされていき、爆弾も命中しないまま残弾が尽きた。追加で十二機が到着したが、数でリベルラに対する優位性を保てるのは、あとわずかな時間と思えた。
「まだ切れないのか、冷却材は?」
「もう二十五分は経ってるよ? ホントに制限時間なんてあるの?」
シールドは消えていない。REMPSはきちんと補充しており、作動のEMPを拾って通信機にノイズが載る。なのに、ネメシスは平然と電磁投射砲を使っている。
幸いなのが、爆撃を避けるためにネメシスの進路が逸れ、速度も落ちていることだった。しかし、まだ基地の攻撃をあきらめてはいないようで、迂回しつつも撤退はしない。
すでに射程には入っている。セントールを撃ち墜とすのに忙しく、基地へ攻撃する余裕がないだけ。こちらの数が減ったら、サン=タヴァロンが砲撃される。
「ネメシスは特攻する気なのかもしれない。帰りの分の冷却剤、もうないはず」
「セリア、どうしてそう思うんだ?」
「飛行機雲。エンジンではないところから出てる。さっきまではなかった」
言われてみれば、飛行機雲の数が十数本に増えていた。四基ついていると思しきエンジン以外の部分からも出ている。
「排気温度が上がってるってことか? あるいは、蒸気を直接放出している……?」
それはまさしく、冷却材が尽きたか節約し始めたという証拠。
「隊長、調べさせて。REMPS範囲外まで出る」
言いながらセリアはもう、急加速してネメシスから離れていく。直線的な動きが危険に思えて、ユーグはその後ろを塞ぐように陣取った。
「セリア、迂闊だぞ!」
「充電間隔くらいはちゃんと見てる」
正論すぎて何も言い返せなかった。リベルラが追ってきたら、真っすぐ飛ばなかっただけの話なのだろう。
「とにかく、一緒に行くぞ。何する気なのか知らないが、隙ができるようならカバーする」
一気に一万二千メートル程度まで上がると、そこからはかなり大きく旋回しながら、ゆっくりと高度を稼いでいく。一万五千メートルに達すると、空気が薄くなり、エンジンの出力が下がっていった。揚力も小さくなり、セントールではこの辺りが限界。
くるりとセリアが背面飛行に移行する。急激に高度が下がったが、すぐに姿勢を戻して復帰した。
「何をやったんだ?」
「写真を撮った。サーモグラフィーで」
標準装備ではない。初めから冷却問題を想定して持ち込んでいたのだろう。制限時間の話をしだしたのもセリアなのだ。
「ネメシスの左右の翼に、高熱を持ってる部分がある。飛行機雲の位置とも対応してる。そこに核融合炉、もしくは冷却装置があるに違いない」
「正確な位置を皆と共有しよう。そこを集中攻撃――って、できないじゃないかよ!」
自分で言っていて、電子機器なしでは画像共有など不可能なことに気付いた。言葉で伝えてわかるかどうか。
「ユーグ、一緒に死んでくれる?」
「セリア……? 何を言ってるんだ? みんなで生きて帰ろうって約束しただろ?」
「ならやっぱり一人で死ぬ」
セリア機は、ネメシスに向かって真っ逆さまに急降下していった。ただ写真を撮るためだけに上に回ったのではなかったのだ。
「馬鹿野郎!」
迷わず操縦桿を大きく倒し、スロットルレバー全開で後を追った。重力とアフターバーナーの急加速が合わさって、とんでもないGが身体を座席に押し付ける。
その状況で、セリアはまるでレヴニールの如く、鋭いロールを繰り返しながら降下していく。
「隊長!」
「わかってら! サンドリヨン隊、全機突っ込め! マルロー、てめーも一緒に死んどけ!」
ミサイルが多数発射されるのが見えた。皆照準など関係なく、ただ弾幕を張って敵を攪乱することだけを考えたようだった。ユーグも温存していたミサイルをすべて投入しつつ、セリア機を追い抜いていく。
翼の上の電磁投射砲が光った気がして、ユーグは咄嗟に大きくエルロンロールを行った。衝撃が機体を激しく揺らす。弾丸がすぐ側を通過していったのだろう。もう一基も、こちらに砲身を向け始めた。充電のタイミングはわからない。
(当たったら当たったでいい。セリアさえ守れれば!)
死ぬ気で突っ込もうとした時、異常な速度で突入してくる機体に気付いた。あの機動はレヴニールに違いない。残る電磁投射砲はそちらに向かって放たれ、鋭くロールして躱した。
「ユーグ、邪魔。撃てない」
考える前に身体が反応して、ユーグは急旋回してセリアに道を譲った。キャノピー越しにセリア機を目で追うと、いつかと同じ光景が再現されていた。
突如としてセリアが機首を大幅に上げる。進行方向に対して、ほぼ垂直に機体を立たせた。
(そういうことかよ)
ここにきてコブラ。だがこれは減速のためではない。敵の対空機銃の射程外から攻撃する唯一の手段、秘密兵器の自己鍛造弾をネメシスに向けるためのもの。
「私の勝ち」
セリア機が反動でひっくり返った。コブラだけでも機体にかなりの負担がかかる。翼が折れて、そのまま機体がグルグルと回転した。その向こうでは、ネメシスから激しく蒸気が噴き出している。冷却装置かタービンを撃ち抜いたのだろう。
「セリアー!」
ベイルアウトしたセリアは敵機の上空。このままでは対空機銃の餌食になる。ユーグは咄嗟の判断で、素早く旋回した。一か八かで、開いたばかりのセリアのパラシュートに突っ込む。うまいこと機首にひっかけて、強引に引っ張っていった。
「殺されるところだった」
セリアから苦情の無線が入る。それはそうだ、わずかでも狂っていたら、飛行機で撥ね殺していたところだった。うまくひっかけたものの、衝撃で骨折くらいはしたかもしれない。
だがユーグは、努めて明るい声で言い返した。
「助けてやったんだよ、たまには感謝してくれ」
「二人とも死ぬ可能性の方が高かった」
「百パーセントの確率で一人が死ぬより、五十パーセントの確率で二人が死ぬ方がいいだろ」
もっと高かったかもしれない。パラシュートがエンジンに吸い込まれていたら、最悪爆発した可能性がある。それでも、この戦いを二人で生き残れた。
後ろを振り返ると、ネメシスのもう片方の翼からも、蒸気が激しく噴き出している。やったのはレヴニール。彼女の機体の下にも、巨大自己鍛造弾が装着されているのが見える。
撃墜には至っていない。それでも、シールドは維持できなくなった模様。REMPSによって電子機器が異常をきたしたのか、制御を失ったように機体が傾き始めた。
「予備のパラシュートを使う。これは切り離す。……また上を守ってくれる?」
「何度でも守ってやるさ。上も下も、前も後ろも、三百六十度全部な」
セリアの小柄な身体が降下していき、メインパラシュートに問題が発生した場合に使う、リザーブパラシュートが開いた。それを確認してから、機首を返して後ろを見る。
対空砲火も沈黙したのか、残った味方機が近づいて、ミサイルやロケット弾を投入してネメシスを集中攻撃していた。リベルラはそれを阻止しようとはせず、散り散りに離脱していっている。ここでの戦いは、もう終わりなのだろう。
「ユーグー! あたしの上も守ってー!」
「フラン、墜とされたのか?」
「うん、隊長も。身代わりになってあげたんだから、感謝くらいしてほしいなー」
「ありがとう。生きててよかったよ。一緒に美味い飯でも食おう」
上を守れと言われても、どれがフランなのかさっぱりわからなかった。降りていくところを見ていたセリアだけが判別可能。仕方がないので、低空を広く旋回して、アリバイ作りをした。
ネメシスは機体の各所で爆発を起こしながら高度を落としている。小麦畑の中に墜落するコース。その先には、サン=タヴァロン空軍基地が目視できる距離にある。機体下部の電磁投射砲は、誰かが破壊してくれたのだろうか。目立った被害は、ここからでは見当たらなかった。
「あれさ、核融合炉、爆発しないのか?」
「しないよー。核融合は連鎖反応じゃないし、融合炉内の燃料はちょっとだけで、大したエネルギーじゃない。だから爆発はしないって、習ったでしょ?」
どうやら士官学校で教わったことのようだ。ユーグはよく覚えていない。
「いや、ほら、放射性物質漏れが……」
「さてはユーグ、さぼったんだね、あの授業……。発電所が狙われた場合を想定したやつ」
そのシチュエーションは記憶にない。忘れたのではなく、出席せず習っていないのだから仕方ないと、ユーグは心の中で自分に言い訳をした。
「今の核融合炉は放射性のない重水素同士の反応だから、破損しても大丈夫。最悪水素爆発が起こるだけ。炉内にできてる三重水素が洩れるけど、ほんのちょっとだから、あんま影響はないよー」
「それなら安心だ。基地には誰もいないだろうから、下の敵兵たちの方が問題だな」
生き残った味方機は、ユーグと同じく低空に下りてきていた。逃げていくリベルラの追撃よりも、この場をどうにかする方を選んだようだった。ここまでのことをした者たちだ。逃がしてしまったら何をするかわからない。
飛んでいるセントールの数は、もう十機ほどしかない。こちらの空軍の被害も甚大。機体よりも、パイロットの損失が気になる。ベイルアウトを確認できなかった場面もあった。
それでも、ユーグは喜ばないとならない。最も守らなくてはならない人々が無事だったのだから。いつか見た光景が下にはあった。小麦畑に半ば埋もれた、濃緑の耐Gスーツの小柄な姿。
プラチナに輝く髪を風に靡かせ、氷青色の瞳でこちらを見上げているのもはっきりと見える。表情まではわからない。だがいつもの通り、にこりともせずにいるのは、間違いないだろう。




