第二話 秘密兵器
あれから四日。ユーグたちには、サン=タヴァロンへと帰る暇は与えられなかった。フィエンヌ基地で補給を受け、主にアンジェヴィル市の防衛を続けている。
さながら首都防衛戦の再現の如く、地上に近いところでの戦闘が多くなっていた。その理由は、単に空軍の損耗にあるだけではない。電源供給ラインの破壊。ネメシスの次の目標は、アンジェヴィルに電力を供給する発電所だった。
それにより、大電力が必要な電磁投射砲が使用不能になった。敵機はだんだんと高度を下げ、電磁防御籠を装備した対空兵器を中心に絨毯爆撃を加えて、反撃能力を奪っていった。
その間も、ネメシスによるヒット・アンド・アウェイでの補給ライン破壊と、対応に出た戦力の損耗が、各地で繰り返されている。結果、ローザニアの空軍戦力は著しく低下した。
レヴニールがアンジェヴィルの空に張り付いて、その名の通り何度撃墜されても戻ってきてくれていなければ、陥落していたかもしれない。
フィエンヌ基地の格納庫近くに、一両のオフロード車が停止した。飛び出てきたのはフラン。
「ユーグー!」
明るい栗色の長髪を振り乱しつつ駆け寄ってくる。
「フラン!」
いつかのようにヘッドロックはされなかった。普通に抱き着いて、小刻みに肩を震わせている。泣いているのかもしれない。横にいるセリアの視線が気になるが、ユーグはフランを抱きしめ返して、その背を撫でた。
アンジェヴィルの空で、フランは撃墜された。ベイルアウトはなんとか間に合い、すぐに地上部隊が保護。直後にその連絡を受けられたのが幸いだった。おかげで、そんなに心配することなく戦い続けられたものの、フィエンヌで合流するまで、半日以上もかかってしまった。
「あたし、落ちた場所、運が良かったよね……。ぐすっ、あたしのせいで隊長は……」
「勝手に殺すなよ。生きてるぞ?」
「あれ?」
やはり泣いていたようで、涙をたっぷりと浮かべたままの顔で、フランは首を傾げた。
隊長も撃墜された。フランが降下した辺りを爆撃しようとする敵機を阻止しにいって、他の機体から攻撃を受けた。そのまま河の向こうへと墜落していったから、死んだと思ったのだろう。高度が低すぎて、ベイルアウト後、パラシュートが間に合うか微妙だったのもある。
「大分前に連絡があったぞ。どうやって助かったのか聞いたら、『さてはお前、カナヅチだな?』ってさ」
どうやら河に飛び込み、泳いで味方陣地まで逃げ戻ったらしい。敵地上部隊はある程度前進したものの、河岸すぐまで迫っているわけではない。渡り切れば、あとはどうにでもなる。
フランの表情がわかりやすく歪んだ。きっとずっと隊長の死を悼んでいたのだろう。それはユーグも同じで、セリアと二人だけでどうすればいいのか、途方に暮れてしまった。
あれから二度出撃して二度とも生還できたが、複数の部隊が交代で防衛している戦場だからこそ。周りに味方が多数いて、どうにかなっただけ。単独での作戦は難しい。
「あんにゃろー、あたしには連絡も寄越さないでー!」
「まあまあ。隊長だって大変だったんだろ。それと、いきなりで悪いが、すぐ飛べるか?」
「ん、んー……」
行動力抜群のフランでも、さすがに休みたいようだった。乗り気なさそうに唸っている。
「コックピットで寝てても大丈夫。サン=タヴァロンに帰るだけ」
横からセリアが補足してくれて、勘違いさせてしまったことに気付いた。
「済まん、説明不足だった。出撃じゃないんだ。一度サン=タヴァロンへ戻れって言われてる。隊長は直接向かうから、俺たち三人でなるべく早く帰ってくれって」
「え……でも、アンジェヴィルはどうするの?」
「わからない。お前の分の機体は確保してあるから、動けるなら戻ろう」
そこは隊長も教えてくれなかった。おそらくきちんとした理由があるはずなのだが、盗聴を恐れて言えなかったのだろう。
「わかった。えっと……あ、ありがと、セリア!」
糧食と飲み物をセリアが差し出すと、フランは満面の笑みでそれを受け取った。
「さーて、あたしの機体はどれかなー?」
(腹が減ってただけなのか……?)
ふんふんと鼻歌を歌いながら格納庫に駆けていくフランの背中を見送りながら、そんな風に考えてしまった。
§
サン=タヴァロン空軍基地に帰りつくと、まずはゆっくり休めとメラニーに押し切られて、何の質問も許されなかった。翌朝、食堂に三人集まって朝食をとっていると、ふらりとメラニーが現れた。
「お、集まってんな? 飯食ったら格納庫に来てくれ。見せたいもんがある」
「見せたいもの……?」
フランと二人で首を傾げる。セリアは特に反応せず、黙々と食事を口に運んでいた。
急ぎというわけでもなさそうなので、やれ秘密兵器だの、やれ新型戦闘機だのと予想し合いながら食事を終えると、言われた通り格納庫へと向かった。そこにあったのは、直径二メートル以上もある巨大な缶詰のようなもの。蓋に当たる部分が、緩やかな曲面を描いて凹んでいる。
「なんですか、これ?」
「説明してやるから、こっちの部屋にこい」
誘われて入ったのは、格納庫に併設されている、整備部隊用のコンピュータールーム。中には他に誰もおらず、ミーティングスペースの席に着くよう促された。
「ここは電磁防御がしっかりと行われている」
いきなりブレーカーが下ろされ、部屋の中が暗くなった。
「つまりこうすれば、外とは隔絶される」
しばらくすると、UPSで稼働したままだったコンピューターも、次々と自動シャットダウンしていく。すべての灯りが消えたところで、メラニーが手持ちの大型携帯端末の電源を入れて、こちらに画面を見せた。
「クロヴィスからの依頼で、あいつが帰ってくる前に、アタシが代わりに作戦の説明をする」
「隊長の依頼? やっぱりこれって、なんかの秘密会議?」
突然のメラニーの意外な行動にも黙っていたフランが、そう訊ねる。意味もなくブレーカーを落とすわけがないので、ユーグもそういった類のことだとは予想していた。あの捕虜脱走事件以来、特に慎重になっているように見える。
「まずお前らがここに戻された理由だが、司令部がアンジェヴィルの放棄も視野に入れたからだ」
「放棄って……あんなに頑張って守ったのに!」
フランが食って掛かるも、メラニーの拳骨で黙らされた。男女関係なく容赦ないらしい。
「話はきちんと聞け。視野に入れただけだ。陥落する前に作戦成功させればいいってことさ」
「ネメシスの撃墜を優先する。そういうことですね?」
ユーグの問いに、メラニーが満足そうに微笑む。端末の画面を操作すると、オペラシオン・シーニュというタイトルが表示された。ローザニア語で、白鳥作戦という意味になる。
「あのネメシスをどうにかしないと、アンジェヴィルだけでなく、ローザニア全体が占領の危機に陥る。これは空軍参謀本部主導で立案された、ネメシス撃墜作戦だ」
画面が切り替わる。ローザニア全土の地図に、稼働中の空軍基地の位置が表示されている。その傍に、航空機のマークと数字。おそらく所属機体の数だろう。各地に分散して、均等に配分されているように見えた。
「各個撃破を避けるため、次に現れたときには、空軍のほぼ全戦力を投入する。攻撃されると思われる拠点は捨て、全機合流後に一斉攻撃だ。そのために皆基地に戻らせ、分散配置した」
全戦力の一括投入というのは、とても合理的。数が多ければ、敵の対空砲火も間に合わない可能性がある。速度ではセントールの方が勝る。ネメシスが引き返すところを追撃しても良い。
「この配置は、リスクの分散ということですか? 即応態勢のためではなく?」
「空軍基地も当然攻撃対象となりうる。タイミング次第では、そこの部隊は使えない。整備や補給能力にも限りがある。一か所に全機というわけにはいかない」
「敵に悟られちゃダメだから、アンジェヴィルの近くの部隊は、働き詰めなんだね、きっと」
俯きながら、フランは哀しげな声で言う。確かに、空軍の出動が一切なくなったら、敵は警戒して、ネメシスを使ってこないだろう。
「その通りだ。お前らはツイてる。休めるという意味だけでなく、秘密兵器を使えるってことでもな」
メラニーの言葉を聞いて、ぱあっとフランの顔が輝く。
「秘密兵器? ほらー、やっぱり秘密兵器じゃん、ユーグ」
「それが外にあった缶詰ですか? 何に使うんですか?」
ユーグが訊ねると、メラニーの拳骨が降ってきた。秘密兵器なら見てわかるわけがないのに、理不尽でしかない。
「今の士官学校は、自己鍛造弾も教えないのか? 確かにREMPS環境下じゃ、SFWは使えないが……」
自己鍛造弾自体は習った。一言で表すと、缶詰爆弾。爆薬の形状や組み合わせを工夫し、破裂せず蓋だけが飛んでいくよう作られたもの。圧力がかかるタイミングのずれで、蓋は中央が飛び出る形で変形し、スパイク状の弾丸となって目標を攻撃する。しかし、クラスター爆弾に使うごく小さなもののはず。
「あれが自己鍛造弾? デカすぎませんか?」
「だからボツになったやつだ。REMPS影響範囲外から攻撃できる航空兵器として開発を始めたんだがな、研究に研究を重ねても、直径の二千倍までしか有効射程を伸ばせなかった」
あのサイズでは戦闘機には積めない。空気抵抗が大きすぎてまともに飛べないか、途中で外れる。輸送機の中から撃つことは可能そうだが、直径の二千倍というと射程四キロほど。輸送機の機動性を考えると、少なくとも空戦には使えない。地上を攻撃するなら、爆弾の方がまし。
「だが一応設計データは残しておくもんだな。今回に限っては使える。撃つのは前でなくてもいい。あれを下に向けてぶら下げればいいんだ」
「おお、あったまいー、さすがチーフ!」
パチパチとフランが拍手をする。確かに直径は大きいが、厚みはそれよりも薄い。そして側面には、空気抵抗を減らすような形状のカバーを取り付けることも可能。進行方向に対して水平に向ければ、飛行への影響は小さい。
「計算上では、下からなら三千メートル、上からなら五千メートル以上は距離があっても、あのネメシスの装甲をブチ抜ける。それ以上分厚かったら、おそらく重量的に飛べない」
「全機体分あるんですか?」
これで勝てると期待したのだが、メラニーは残念そうに首を横に振った。
「さすがに製造が間に合わない。ここで手作業で作ったからな。今のところ四つ。作戦発動までに増産はするが、まあ、一日に一つ作れれば頑張ったと思ってくれ」
出撃がそんなに何日も後になるわけがない。毎日ネメシスは現れている。一つ追加できるかどうかのラインだろう。だからサンドリヨン隊だけの秘密兵器。
「四つでいい。喧嘩したくない」
誰が二つ装備するか、奪い合いになるとでも思ったのだろうか。セリアがそんなことを言いだした。そのプラチナの頭をポンポンと叩きながらメラニーが言う。
「お前最近なんか変わったな? ――もしかして、オンナになったか?」
「私はもともと女」
意味がわかっていないらしいセリアは、厭らしい笑みを浮かべるメラニーに向かって、平然として答えた。もっとも、わかっていたとしても、表情一つ変えなかったのだろうが。
「――というわけだ。ここでの話は他言無用。外では一切話題にするな。脱走の手引きをした奴は処分したが、まだ他にもスパイがいるかもしれん。外のあれは、アタシが個人的にネメシス対抗策として作ってるだけ。作戦の全体は、他に司令とクロヴィスくらいしか知らん」
「わかりました。隊長から話を振られたときだけにしときます」
「それでいい。アタシはこの不慮の停電事故の復旧作業をしないとならない。お前たちはゆっくり心と体を休めて、集中力を高めておけ」
ユーグはフラン、セリアの二人と視線を交わして、頷きあった。きっとやれる。下からの攻撃を選んだ場合でも、三千メートルの距離が取れる。電磁投射砲の着弾まで〇・四秒以上。
敵機が高度一万メートルとすれば、こちらは七千メートル。巨大自己鍛造弾で速度が落ちたとしても、少なくとも音速程度は出せるはず。着弾までに百三十メートル以上も移動してしまう状態で、当てられるわけがない。きちんとランダム回避運動さえ行っていれば。




