第一話 空中要塞ネメシス
死神の鎌を持った幽霊を、少女が追いかけていた。幽霊が振り返り、少女の首に鈍く光る刃を振り下ろす。彼女に向かって伸ばした手は届くことなく、ユーグは慟哭の叫びをあげた。葬送の鐘が鳴る。頭が割れるほどの轟音が響き渡り、急速に意識が浮上していった。
(なんだ……サイレン!?)
悪夢の中の音ではなかった。目覚めてみると、けたたましいサイレンが鳴り響いていた。
「緊急連絡。緊急連絡。サンドリヨン小隊、直ちにスクランブルせよ。繰り返す、サンドリヨン小隊、直ちにスクランブルせよ」
自然と頭に思い浮かんだのが、あの悪魔のような兵器だった。周囲はもう暗くなっている。また現れたに違いない。がばりと起き上がると、返却せず部屋の中に脱ぎ捨てたままだった耐Gスーツを拾った。
「おい、ルフェーヴル少尉、早くしろ! 例のデカブツがまた現れた!」
部屋の中のスピーカーから隊長の声が聞こえた。深く眠ってしまっていて、気づくのが遅れたようだ。袖に腕を通しながら、扉を開けて外に出た。
「すぐに行きます! 先に上がってて!」
「はぐれんなよ」
廊下の監視モニターの映像や音声を拾っていたのか、隊長からの返事があった。ユーグは転げるようにして駆け出し、格納庫へと向かう。
すでに隊長機は滑走路に出ていて、加速し始めるところだった。カルノーが外まで機体を出してくれていて、翼の上で手招きしている。
「ありがとうございます!」
手伝ってもらいながら、コックピットへと上がる。下からメラニーが声を掛けてきた。
「ディスペンサーを装備しておいた。味方機を巻き込まないよう注意しろ」
「ディスペンサーって……クラスター弾は国際条約で禁止されてるんじゃ?」
「戦車用の徹甲弾を詰めただけだよ。弾頭のみ、火薬は入っていない」
禁止の理由は、不発弾問題。爆発性のない子弾頭であれば、条約による制限対象外。フランが言っていた、釘をばら撒くという発想を耳にしたのだろうか。単なる金属塊にすぎない弾頭のみを詰め込んだのなら、確かに条約違反ではない。
「わかりました。奥の手としてだけ使います」
使える場所は限られる。下に人がいたら、鉄の雨が降ることになる。戦場がまた海上であればいいのにと、ユーグは強く願った。
電子航空制御を起動すると、もう空中にいる隊長からの通信が入った。
「早く上がってこい。アンジェヴィルが攻撃されるかもしれん。北からやってきやがった」
「くっ……レヴニール、無茶するなよ……」
「誰の心配してやがる。手前が墜とされないよう祈りやがれ」
一気に加速して離陸した。遠いから急いでいるのだろうか。すでに隊長機は大分先を飛んでおり、編隊を組むことなく、縦一列の状態でどんどんと進んでいく。
「全機上がったな? 前線からの状況を伝える。あの化け物が、アンジェヴィル方面に向かって南下中。まだ戦闘になっちゃいないが、衛星からの映像で判明した。司令部は、北帝のコードネームそのままに、あれを空中要塞ネメシスと呼ぶことにしたそうだ」
ネメシス。北エルトリアの言葉で、天罰を意味する単語。攻撃される側のローザニアが受け入れて良い名前とは思えない。だが、あの防ぐ術のない上空からの遠距離射撃は、確かに天罰のようとしか表現できない。
「どうするの? 敵の地上部隊、まだいるんだよね? 上下から挟み撃ちにされちゃわない?」
それでは迎撃に出られない。あのネメシスは、敵地上部隊よりも射程が長い。向かう途中で、アンジェヴィル攻略のために集まった空陸両軍を抜けないとならない。
「司令部は、あれはアンジェヴィルに向かうのではないと考えているらしい。理由は二つ。なんだと思う、ルフェーヴル少尉?」
急に話を振られて、ユーグはしばし考えを巡らせた。サレイユでの映像を思い返してみる。
「えっと……火力……ですか? あれは長射程の精密攻撃が可能ですが、徹甲弾でしかない。貫通力はあると思いますが、影響範囲は小さい。展開している部隊や、街そのものの破壊には向かない」
「おおむね正解だ。アンジェヴィルには、一発当てれば大きな被害を出せるような施設がない。サレイユでは、原油備蓄施設のみが狙われた。あれなら、火さえつけば大きな損害となる」
空中要塞という呼称。司令部がそのまま採用した理由がわかった気がした。あれは攻撃的兵器に見えて、実はそうでもない。破壊するのが困難な、単なる移動砲台にすぎない。しかも、扱えるのは徹甲弾のみ。どちらかというと、敵兵器を迎撃するだけの、防衛向きの機体。
そして四基しか電磁投射砲がないのなら、地上部隊がすでに展開済みのところに、敢えて投入する意味はない。機動力を生かし、地上部隊が攻撃できない場所を狙わせた方が良い。
「アンジェヴィルの近く、どこかに物資集積所ありますよね? そこ、どれくらい離れていますか?」
「質問する前に答えを言うな。――ったく。そうだ、西南西にあるクラマンジュに、物資集積所がある。アンジェヴィル防衛軍のライフラインの一つだ。そこの物資を焼く方が、アンジェヴィル陥落に貢献できる。当然燃料備蓄タンクもある。俺ならあそこを狙うね」
「間にある電磁防衛網は簡単に突破できる。あの電磁フィールドで。――ってことですね?」
停戦協議決裂後の、一見無意味に思えたあのミサイル攻撃。もしかしたらクラマンジュを狙ったものだったのかもしれない。どうやっても届かないから、あのネメシスを使ってみることにした。
「ユーグ、ズルはいけないよ? さっきチーフと話してたでしょ。答え聞いてきたんだよね?」
「いやいや、ディスペンサーの話聞いてただけだってば」
妙な言いがかりをつけるものだと思った。きっとフランは答えがわからなかったのだろう。負けず嫌いだから、悔しくて言っているに違いない。
「そういや、これって、お前の発案?」
「どうなんだろ? あたしが起きてきたら、もう用意してあったよ。だから、たまたま同じこと考えたんじゃない?」
空中を爆撃するという発想は、そんなに特殊なものでもない。実際過去の戦争では、飛行船を墜とすために、貫通爆弾を投下した。フレシェット弾と呼ばれる金属弾頭を多数ばら撒く兵器を、ヘリコプター撃墜のために使った例もある。
フランの場合は、電磁石利用というところに目を付けたもの。メラニーは、迎撃されないよう数で対抗することに着目した結果、似た発想に行きついた。
釘では撃墜不可能だろう。だが、戦車用の徹甲弾ならば、航空機程度の装甲は貫通できるかもしれない。それなりの高度から投下し、重力によって加速させる必要はある。命中精度を補うためにも、ディスペンサーを使って大量にばら撒く。
「隊長、うちは可能な限り高度を取るんですか? 味方機退避後に投下?」
「状況次第。そもそも間に合わない可能性が高い。まあ、俺の指示なしには使うな」
「了解」
ディスプレイの表示では、間もなくアンジェヴィルが予想射程に入る。しかし、多少の攻撃はするだろうが、本命ではなさそうだ。すでに進路を変えつつある。クラマンジュに向かって。
「映像、来るぞ」
しばらくして、クラマンジュの集積所の無人カメラによる映像が届いた。人員は退避中、物資も可能な限り持ち出すということだが、集積所が使えなくなることの方が痛手のはず。
アンジェヴィルに対しては、通り際に遠距離から砲撃していっただけだった。結構な数の着弾があったが、所詮は徹甲弾。地上部隊への被害は、普段の空爆と大差なかったという。
「駄目なのか……REMPSも」
味方航空部隊が上空を通過しながら、次々と背面飛行をしている。すでに会敵しているということは、アンジェヴィル市防衛に当たっていた者たちだろう。REMPSをネメシスに向かって発射し、電磁フィールドの内側での作動を狙っているようだった。
しかし、すべてネメシスに到達する前に撃破されている。海上での戦闘では、有効射程に近づけた機体がいなかったから、使われなかっただけなのだろう。電子制御と思わしき、精密射撃の対空機銃複数が、次々と投下されるREMPSを、悉く破壊していた。
「司令部より伝達。サンドリヨン隊は当初任務を変更し、アンジェヴィル市上空の防衛に回れ。ネメシスに連動して、敵軍が突出してきた」
「隊長、あれ放っておいていいんですか?」
まだ決着がついていない段階での命令変更。司令部はクラマンジュよりもアンジェヴィルを選んだ。いや、正確にはあのネメシスの撃墜を諦めた。
「無理もないだろ。もう半分近く墜とされた。行っても被害が増大するだけだ」
「あの先、更に侵入されるとは考えないんですか?」
「司令部だって無能じゃない。対策は用意してあるんだろ。全機編隊を組め。進路変更」
どこかに長射程電磁投射砲が配備してあるのかもしれない。その先、同様に攻撃目標となりうる拠点には、きっと何かしらの備えがあるのだろう。
その証拠か、ネメシスはそれ以上深入りはせず、大きく旋回して北の空へと消えていった。味方部隊も深追いはせず、敵が旋回し始めると同時に撤退を始めていた。
燃料タンクに命中したのか、クラマンジュのカメラには、盛大な火災が起きているのが映っている。これを鎮火し、施設を復旧するのには、かなり時間がかかりそうだ。
失った物資は、フォーレスや南連から補充されるだろう。しかし、それが前線に届くまでのタイムラグが、致命的になりそうと思えた。




