第三話 張り子の虎
ほぼ真南にあるフィエンヌ空軍基地へと向かう途中、味方のセントール四機編隊とすれ違った。先に現地に到着して戦い、補給に戻っていた部隊のようだった。このまま代わる代わるアンジェヴィル市上空の防衛に付けば、持ちこたえそうな気がする。
敵は内海沿いのローザニア空軍基地一つを占領したものの、自国の基地は遠い。補給にかかる時間と、ベイルアウトしたパイロットの帰還率、そして再出撃にかかる時間。
これらを総合すると、物量対物量の戦いになった場合、最終的にはローザニア側が有利。いずれ空軍戦力の損耗で、自国地上部隊の上空を守ることもできなくなる。このままなら、北エルトリアは一旦、アンジェヴィル攻略を諦めざるを得ないだろう。
「ユーグ、ほら先下りて。――セリア、あんたはちょっと顔貸しなさい」
基地上空に着くと、フランが急に真面目な調子に戻り、恐れていた台詞を口にした。道中やけに陽気だと思ったら、やはり笑顔の裏でははらわたが煮えくりかえっていたらしい。下りたら始めてしまうに違いない。今下手に声を掛けるより、物理的に阻止した方が有効と考えた。
隊長が最後まで空に残り、ユーグ、フラン、セリアの順で滑走路へと降りていく。整備と補給を受けるため、格納庫近くの駐機場へと地上を進んでいった。
損傷部分のチェックのためか、地上誘導員はユーグだけ格納庫の奥へ進むよう指示してきた。外に停めたフランは、当然ユーグよりも早く飛び出す。セリア機に駆け寄ると、キャノピーを開けたばかりの機体にとりついた。
「ちょっとあんた、なんなのよ、さっきの飛び方は!」
「お、おい、フラン、落ち着けって」
慌ててコックピットから降りると、ユーグはそう声を掛けながら走り寄る。しかしフランは止まらない。
「ユーグに迷惑かけないでよ! カバーに必死になってる間に、自分の後ろが疎かになっちゃう! あの傷、あんたのせいでしょ!?」
危惧したとおり、セリア自身よりも、ユーグの心配をしているらしい。撃たれる場面を見ていたようだから、セリアのせいだと考えても仕方がない。
「そう思ったから、効率悪いけど飛び方変えた」
ヘルメットを脱いでコックピットから飛び降りたセリアは、やめておけばいいのに口答えした。
「パイロットの方が貴重。片方しか守れないなら、パイロットを守るしかない」
パンっと乾いた音がして、セリアの顔が強制的にこちらに向けられた。憤怒の形相で、フランが見下ろしている。その右手は、大きく斜め下に振り下ろされていた。
(やっちまった……)
大きく息を吐きながら、ユーグは足を止めた。予想はしていたのに、間に合わなかった。
人の生命の重さに優劣をつけたかのようなセリアの発言に、さすがに我慢がならなかったのだろう。平手打ちを喰らわしたフランは、そのままセリアに食って掛かった。
「そうやって、何でも効率だとか損得だとかで考えちゃダメだよ! あんたの気持ちはどっちなのよ? 下にいる知らない人と、これまで一緒にやってきたユーグ。仮にパイロットが余りまくってたって、ユーグの方を守るべきでしょ?」
「感情論では戦争には勝てない」
負けじと強い口調で言い返しながら、セリアも真っすぐにフランを見上げた。フランの右手が再び振り上げられる。
「おい、二人ともそれくらいに――」
さすがに見過ごせない。取り押さえるために駆け寄ろうとすると、後ろから肩を強く掴まれ、無理やり引き留められた。そこには、興味深げに二人を見遣る隊長の姿があった。
「隊長、あれ止めなくては。懲罰ものですよね?」
「やらせておけ。あいつらには、ああいうのも必要だ」
その眼差しは面白がっている様子はなく、まるで子を見守る父親のような表情だった。激しく言い争っているセリアとフランを眺めながら、ユーグを諭すように言う。
「まだガキなんだよ、あいつらは。どっちもそう簡単に割り切れやしない。俺の歳になっても、いまだにどうするのが正解なのかわからねえんだから」
「それは……俺だって、どっちの気持ちもわかりますけど……」
セリアやフランを優先的に守りたい。だからといって他の人たちを見捨てたくはない。軍人としての使命と、個人の感情との狭間でのせめぎ合い。ずっとそれを繰り返してきた。これまでの戦場での判断ミスには、その迷いが原因のものもあっただろう。
隊長もそうなのかもしれない。あれだけの空戦技術を持ちながら、何度も部下を失い、あの基地へと流されてきた。ユーグとは、失った相手との関係が違うだけ。上司や同僚なのか、それとも部下なのか。
「ま、営倉に入る暇があったら、それはそれで、めでたしめでたしと考えようや」
そう言うと隊長は、その場を離れて庁舎の方へと歩いていった。喧嘩は終わったのか、あからさまに不機嫌そうな顔をしたフランが、腕組みをしつつセリアから離れていく。隊長と同じ方向なのを確認すると、ユーグは立ち尽くしたままのセリアの方を向いた。
フランは本気で叩いたのだろう。セリアの頬は赤くなっており、肌の白さと相まって、照明があっても薄暗い夜闇の中で浮き上がっていた。
どう声を掛けるべきか迷ったものの、まずは冷やして腫れを引かせることを勧めようと決め、呼びかけた声がかき消された。
突然鳴り響いた、けたたましいサイレン。続いて、格納庫から放送が流れてきた。
「補給中の各部隊に告ぐ。動ける者は、至急出撃準備を整え、機体に搭乗せよ。繰り返す、動ける者は、至急出撃準備を整え、機体に搭乗せよ」
状況がよくわからないが、緊急発進の必要がありそうだ。セリアがすぐさまコックピットへ上がろうとしているのを見て、ユーグも自分の機体に駆け寄った。
「これで出撃しても大丈夫ですか?」
被弾個所を検査していた整備兵に確認を取ると、ゴーサインが出た。電源を入れるとすぐ、画面に緊急着信の表示。文面は、『直ちに離陸し、内海方面での戦闘に急行しろ』だけだった。
添付された地図にある予想戦場は、かなり広い。東にある内海の沿岸部すべて。動ける部隊は他からも集められるようだった。よほどの何かがあったに違いない。アンジェヴィル市がまだ激戦中にもかかわらず、別方面への出撃指示。
「ねえユーグ、これどうなってるのー? 何があったのー?」
フランからの音声着信。ユーグはヘルメットを被ってから応じた。
「わからない。具体的なことは何も出ていない。でも戦闘になるのは間違いない」
「上がれる奴から上がれ。道中で合流だ」
隊長の命令に従い、早速セリア機が動き出す。更にフラン、隊長と順番に離陸していく。地上誘導員の指示通り、ユーグも最後尾についた。
まずは東へ。高度と速度を稼ぎながら、四機が合流して編隊を組んだ。いくらも進まないうちに、フィエンヌ基地からの暗号通信が届く。
「サンドリヨン小隊、進路を南東に取れ。サレイユ市沖で邀撃の任務にあたってもらう」
ローザニア連邦の海の玄関である港湾都市。北エルトリアからは一番遠く、外海へと繋がる地峡にほど近い立地にある。ゆえに、古来より海路での各大陸との交易の拠点となっていた。
海上も含めた電磁防衛網で、開戦初期の長距離巡行ミサイルを使った攻撃にも耐えた場所。現在は、フォーレスから送られてくる地上兵器の陸揚げが行われる、最も重要な補給路の一つ。
「映像が届いた。これはフェイクではない。偵察機が生命を賭して送信した、貴重なデータだ」
映っているのは、ブーメランのような形をした巨大な機影。近くを飛ぶリベルラと思われる戦闘機との対比で、その異様な大きさが判断できる。全幅は百メートルを優に超える。
「なんなのこれ……ただのハリボテだって、みんな言ってたじゃん!」
フランの言う通り、そのはずだった。開戦後、首都エルトスで予想外の頑強な抵抗に遭った北エルトリアが公開した、ただのこけおどし。プロパガンダのために急遽作成した張り子の虎にすぎないと、全世界が認めた存在。
「残念ながら、実在した。喧伝されていた機能も、確かに有効に作動している」
電磁防御フィールド。強力な電磁石を使用した磁場によって、機体の周囲の空間をEMPから守れるという。その内側では、正常に電子機器が作動する。
理論的に、電波通信やレーダーの使用は不可能なはずだが、光学観測は可能。コンピューター制御による自動照準にて精密射撃を行い、近付く敵機をすべて撃ち墜とす。空飛ぶ要塞ともいうべき代物。
「これが最後の映像だ。少なくとも、この距離は危険だ」
翼の一部が光った後、映像が途絶えた。今のフラッシュのような閃光は、先ほど見たばかりのものと似ていた。電磁投射砲まで搭載されているということ。まだ距離は大分あったように見えたが、偵察機が墜とされたのだろう。
「予想進路を送る。貴部隊には、サレイユ市沖にて、これを邀撃してもらう。まもなく先行部隊が仕掛ける。貴官らの出動は、空振りに終わることを期待する」
司令部からの通信はそれで切れた。そうなって欲しいとユーグも切に願う。自分たちが戦う羽目になった時、それは先行部隊の敗北を意味する。
敵機は内海の上空を西南西に飛んで、サレイユ市へと向かっている模様。海上で撃ち墜とせなければ、港湾施設が大打撃を受けるに違いない。
「あんなの……どうすればいいの?」
珍しく弱気なフランの声。ユーグも強く同意したい。とても避けられるとは思えない。光った後わずかな時間で、偵察機は墜とされていたように見えた。遠くからのミサイル攻撃も意味をなさないだろう。あのフィールドの外は、当然REMPSの影響下にあるのだろうから。
「距離と角速度。地上の電磁投射砲と同じ。砲身の稼働速度には限界がある」
よく見ている。クールなイメージの外見通り、あのような異様な兵器に対しても、セリアは冷静に観察していたようだ。
「その通りだ。狙いが合っていなければ、どんな高速弾頭でも命中しない。そして、コンピューター様がいくら賢くても、機械的な部分が必ず足を引っ張る」
隊長の意見も同じ。照準精度がいかに高かろうと、瞬時にどの角度にでも撃てるわけではない。そして距離があれば、電磁投射砲といえど着弾まで時間がかかる。
ドッグファイトと併用される短距離空対空ミサイルの最大射程は、およそ三十七キロメートル。仮にその距離で電磁投射砲を撃った場合、五秒弱の着弾遅延が発生する。進行方向正面から撃ち込まない限り、偏差射撃をしてもまず命中はしない。五秒も先の位置は予測できない。
「でも、こっちも攻撃できませんよ?」
機銃の射程距離は一キロメートルほどしかない。しかも正面にしか撃てない。その距離だと、着弾までわずか〇・一四秒。機首を返す前に撃ち抜かれる。ミサイルならもっと遠くから届くが、REMPSやHPM兵器で無効化される。
「実物を拝んでみないと何とも言えん。そんな無敵の兵器があるのなら、もっと早く投入していたはずだ。きっと弱点はある」
「そうだよ、ユーグ。敵はぜったい苦し紛れに使いはじめただけ。あのミサイルと一緒だよ」
隊長とフランの意見には一理ある。だが実在していて宣伝通りの機能を発揮するのに、今まで使わなかった理由は、もう一つ思いつく。しかもそれは充分に考えうるもので、ユーグには可能性を否定できなかった。
開戦時には未完成だった。実戦投入するにはまだ何かしらの技術的課題があって、使っていなかった。それがクリアできたから、運用を始めた。何しろ開戦から三か月も経っている。フォーレス共和国も、このセントールを急遽完成させて送ってきた。ならば、ありえなくはない。
「セリア、先に言っておく」
「必要ない。叩かれるのは嫌い」
フランとの喧嘩にはきちんと意味があったようだ。止めなかった隊長が正解。ユーグに言われるまでもなく、あの電磁投射砲の囮になる気はないということだろう。
「総司令部より伝達。サンドリヨン小隊、到着はまだか? すでにサレイユ市が攻撃を受けている」
「先行部隊は?」
「残念ながら、すでに全滅した。貴官らと、これから到着する二小隊のみが頼りだ」
「くっ……」
何機向かったのかはわからない。だが海上で撃墜されたのでは、救出は難しいかもしれない。あの電磁投射砲をまともに喰らったら、そもそもベイルアウトすらできない可能性がある。
「ルフェーヴル少尉、気持ちを切り替えろ。――司令部、そろそろ電磁防御態勢に入る。もう一度話ができることを願ってくれ」
「了解した。健闘を祈る」
「つーわけで、行くぞ、お前ら!」
隊長の掛け声とともに、コックピット隅のレバーを強く引くと、電磁防御態勢へと移行した。電源が切れたタッチスクリーンを取り外して、ケージへと格納する。アナログ通信にフランの不安そうな声が流れてきた。
「ユーグ、生きることだけを考えて。あたしもそうする。絶対みんなで生きて帰ろうね!」
「言われなくても! ――見えてきたぞ!」
地上が赤々と燃えていた。日の出まではまだ時間があるというのに、空が紅色の灯りで照らされている。原油備蓄施設にも命中したのだろう。港湾部を中心に、夜闇でもそうとわかる真っ黒な煙が大量に上がり、周囲への延焼を繰り返していた。
「敵は? 敵はどこだ?」
いない。サレイユ市上空へは侵入していない。あの巨大な機影なら、この距離からでも見えるはず。もう新たな爆発などは起きておらず、攻撃は中断されているように思える。
「どうなってやがる……?」
煙を避けて市街地の上空へと回り込みながら、隊長が独り言のように呟いた。それに対してセリアが応じる。
「きっとまだ海上。さっきの映像から計算すると、あの電磁投射砲の対地有効射程は、少なくとも百キロくらいはある」
静止している地上施設相手なら、命中精度は上がる。不安定な空中からの射撃ということを考慮しても、それくらいは届くだろう。艦載型なら、二百キロや三百キロなどというものが存在するのだから。
「上空にいるのは味方機で間違いないか? 呼びかけに答えてくれ!」
割り込むようにして無線に声が届く。地上からのものだろうか。隊長が返答した。
「こちらサン=タヴァロン空軍基地所属、サンドリヨン小隊。サレイユ防衛部隊か?」
「そうだ。追撃はしなくていい。敵はすでに引き返した。それより、消火活動への協力を求む」
「それは司令部からの伝達か?」
「REMPSと火災の影響でまだ連絡がつかない。だが状況を見ればわかるだろう。信じてくれ。消火剤の空中散布が必要だ。一機でも多く参加してほしい。近くのサレイユ海軍基地に向かってくれ。そこで消火剤を用意している」
確かに一刻を争うと思えるほど激しく、港湾部が燃えていた。あれを鎮火するには、消防車や消防艇だけでは間に合わないだろう。そもそも、REMPS影響下で活動できるものが、一体どれだけ用意されているか。
迷っているのか、しばし答えを保留したのち、隊長が決断を下した。
「よし、お前ら。海軍基地に向かう。追撃はどちらにしろ無謀だ。ルフェーヴル少尉、お前が先導しろ。俺は一旦REMPSの範囲外に出て、総司令部にも協力を要請してくる」
「了解!」
隊長機が上昇しつつ、内陸の方へと向かっていく。ユーグが北へと進路を取ると、セリアとフランが斜め後ろについた。
「ユーグ、急ごう! あの中にはきっとたくさんの人が……。街も燃えちゃうよ!」
「わかってる……わかってるよ……」
何もできなかった。間に合いすらしなかった。司令部の命令があってから、最速のタイミングで離陸し、最大速度で飛んできた。だから決してユーグたちのせいではない。
それでも、この大惨事を防げなかったことが、敵のあの巨大な空中要塞のようなものを撃退できなかったことが、歯痒くてならない。業火の中に消えたであろう、何千人もの人々の生命を考えると、悔やんでも悔やみきれない。
消火活動は夜が明けても続いた。しかしユーグたちは、機体の燃料切れで、志半ばにして役目を解かれることになった。
海軍基地の戦闘機用燃料の備蓄は、底を付きかけていた。今から運ばせる余裕はない。戦線への復帰が遅れることも懸念され、サン=タヴァロン空軍基地への帰還命令が発行された。




