第二話 アンジェヴィル市防衛戦
わずかな、ほんのわずかな時が流れた。再編を終えたのか、あるいは気を緩ませ、奇襲するための間にすぎなかったのか。ユーグたちには、たった半日しか楽しい時間は与えられなかった。
当日夕刻、陽が沈み空が星灯りに覆われるころになると、北エルトリアの猛攻が始まった。主戦場となったのは、予想通りアンジェヴィル市。渡河を狙う北エルトリア軍にとって、川沿いの高台にあるかつての城塞都市跡は、どうしても落とさなければならない重要拠点だった。
「くっそ、やりたい放題しやがって!」
戦場へと向かいながら、ユーグたちは前線の映像を見ていた。敵軍が採った戦法は、高高度からの無差別爆撃。
電子機器の使えない有視界戦闘ゆえ、夜間は空での迎撃能力が落ちる。地上からの対空砲火も、電磁波による味方識別は行えず、光学観測のみによるもの。
コンピューターの映像解析頼りでの半自動照準となるが、夜間はどうしても精度が低くなる。電磁投射砲をもってしても、高高度を飛ぶジェット戦闘機には、そうそう当たらない。
「高高度爆撃なんて、意味ないんじゃなかったのー?」
「敵さんにとっちゃあ、意味があるんだよ。街ごと破壊したっていい。河を渡る邪魔さえできなくすれば、それで勝ちだからな」
隊長の言葉を裏付けるように、河を挟んだ見晴らしの良い田園地帯に展開する敵陸軍からも、次々と長距離砲撃が加えられていた。特にこちらの兵器や部隊を狙ったものではない。建物の崩壊に巻き込まれてくれれば、それで充分といったような、無差別砲撃。
民間人の退避が進んだことが幸いと言えた。あれがなければ、相当な死者が出たに違いない。こちらも下に気を取られすぎず、多少は余裕をもって戦うことができる。
「どうするんですか、隊長?」
間もなく、REMPSの影響範囲内に入る。司令部と通信するなら、最後のチャンス。
「当てられないのは敵も一緒か……。よし、お前ら、ミサイルを落としに行くぞ。敵地上部隊の頭の上にな」
「落としにって、当たんないでしょー?」
「当たらなくてもいい。持ってきた分全部ばら撒いて、頭上を警戒する必要性を敵にも感じさせてやれ。それで多少は爆撃の手を緩められる」
隊長らしい思い切りの良さ。奇襲されたのなら、奇襲し返せばいい。条件は同じ。
「了解。一撃離脱ってことでいいですね?」
「もち。高度を稼いだら、下向いて全部無誘導で投射。その後さっさとずらかるぞ!」
REMPSの影響範囲内に入る前に、隊長は急速上昇して可能な限り高度を上げた。下ではあちこちで爆発の光が弾けている。
時折打ち上げられる照明弾が、上空にいくつもの影を生み出した。敵か味方か、戦闘機が多数飛び交っている。それらを完全に無視して、編隊は速度を保ったまま敵地へと向かった。
「全機、曲芸飛行を許可する。真っすぐ飛ぶなよ、軌道を予測される。速度は落とさず、人間様の気まぐれ加減を見せてやれ」
「そういうのは、得意だよー!」
真っ先に離れていくフラン。セリアもバレルロールを行いながら突入していく。ユーグもなるべくランダムな機動を心掛けながら、先程受信した敵地上軍がいる辺りの上空へと侵入した。
フラッシュを焚いたように、地上が一瞬光る。セリア機前方を赤く光る何かが通過した気がした。
「馬鹿野郎、当たったらどうする! だが位置はわかった。全機、お土産置いていってやれ。下向いた瞬間に撃たれるなよ!」
どうやらセリアが意図的に隙を見せ、電磁投射砲を撃たせたらしい。その光った位置を目掛けて、高速にエルロンロールを繰り返しながら、機首を下げる隊長機。ミサイルを次々と放り出すと、すぐさま姿勢を正して離脱していく。
ユーグも遅れじと下を向いて、狙いもほどほどにミサイルを切り離した。行方を見守ることはせず、すぐに回避機動に。また地上が光り、機体に衝撃が走る。当たりはしなかったが、すぐ側を弾頭が通過した衝撃波のようだった。
「やっば。フラン、無理するなよ?」
「あんたが一番遅いよー」
照明弾の光を背景にして、前方に機影が三つ見えた。すぐに動いたつもりなのに、最後になってしまったようだった。エルロンロールしながら地上を確認すると、ミサイルはきちんと起爆してくれたようで、何か所も燃えていた。
うち一か所からは、電気のスパークが飛んでいるように見える。電磁投射砲か、あるいはその給電装置か、大電力を使う何かに命中したようだった。
「お、敵さん戻ってくるぞ。ここじゃ不利だ。ドッグファイトは味方上空でだけやれ」
「了解!」
隊長の指示に従い、四機とも敵機を無視して都市上空へと戻っていった。セリアが敢えて敵に有利な位置で戦闘をしかけないか心配したが、さすがに死にたいわけではないようだった。
しかし、都市上空へと戻ると、セリアの飛び方は相変わらずだった。ふらふらと無防備に敵機に寄っていく。
「そういう飛び方はやめろって言っただろ、セリア!」
敵に絡まれる前にとすぐ背後に付けつつ、ユーグはセリアを叱咤した。返ってきたのは、予想通り以前と何も変わっていないセリアの台詞。
「邪魔。それじゃ敵が釣れない」
「釣れなくていいんだよ! 普通にタイミング見て、連携して仕掛ければいいじゃないか」
「好機が訪れるのを待っていたら、下の味方が大勢死ぬ。さっさと敵航空部隊を追い返さないとならない」
相変わらずせっかちすぎる。この積極性を、もっと別の方面に生かしてくれればいいのにとユーグは思う。
「邪魔だろうとなんだろうと、三番機の後ろを守るのが、四番機の仕事だ!」
そう啖呵を切ったものの、セリアはまるでユーグが敵機であるかのように振り切ろうとしてくる。必死で食らいついていると、すぐ横にもう一機並びかけてきた。
(リベルラ? 勘違いしてるのか?)
ローザニアの機体ではない。暗さもあり、セリアを追うユーグを味方と誤認識したのか。北エルトリア機が、協力して追い詰めるべく連携してきた。
(いける!)
迷わず急減速をした。今なら簡単に背後を取れる。
「駄目、ユーグ!」
セリアの声が響いた瞬間、ユーグは反射的に操縦桿を大きく傾け、落下するようにして進路を変えた。銃弾が機体を掠める嫌な音が、振動と共に響く。
回転する瞬間に目に飛び込んだのは、射撃によるマズルフラッシュを携えた二機。別の分隊か、斜め下方にも敵がいた。セリアの警告がなければ、確実に落とされていたと思える。
「撃って、ユーグ」
怪我の功名とでもいうべきか。ユーグの回避機動は、結果的に敵機の背後を取っていた。照準を合わせるのもほどほどに、セリアの言葉を信用してトリガーを引く。
コックピット左斜め後ろの機関砲が、夜空に火線を生み出した。状況が逆転したことに気付き、慌てて回避を試みた敵一機の胴体に銃弾が直撃する。
(やれた……次は?)
シミュレーターでやり合った後のセリアのアドバイスを思い出した。撃てなかった方の機体は、回避機動からそのままユーグの背後を取るべく回り込もうとしている。
その一機に囚われず、左右に背後はもちろん、戦場を広く見渡した。セリア機が反転してきて、ユーグの裏に回ろうとする一機の背後を取りに動いている。その更に後ろに、先程ユーグに並びかけていた敵機の姿を見つけると、先の展開を頭の中に思い描いた。
機首を下げて死角に入り込んでから、ユーグはインメルマンターンを決める。敵は正面わずかに下。セリアがバレルロールで射線を避けた瞬間、再びトリガーを引いた。
「ユーグ、好き」
「褒めるときは、好きとか嫌いじゃなくて、別の言葉使って欲しいな」
「なら……よくやった」
また勘違いさせられるところだった。今のユーグの機動が気に入ったということだったのだろう。煙を上げて墜落していく敵機を見ながら、今のは普通に自分の力での撃墜とカウントして良いだろうと考えた。
(俺にもやれる……見ようとすれば、見える)
一気に視野が広がった気がした。セリアのアドバイスが効いたのか、それとも彼女を守りたいという気持ちが為させた業か。自分でもよくわからない。掛け違えていたボタンが正しく直されたかのように、戦場がこれまでとはまったく違って見える。
「飛び方変える。ただ距離はもう少し空けて」
「了解」
敵が無防備に並びかけてくるなど、単なるアクシデントにすぎない。後ろも確認せず減速したのも、ユーグのミスでしかない。だがセリアはセリアなりに責任を感じたのだろう。
そこからは、これまでの僚機たちとやってきたのと同じような、互いの背後を庇い合う飛び方に変わった。セリアの回避機動が巧すぎるのか、敵機はすぐに追うのを諦め、なかなか隙を見せてくれない。それでももう一機追加で落とすことができた。
分隊での戦果はそれ以上だった。距離を空けてセリアを追うユーグも、自然と敵機に狙われる場面が多くなる。すぐに気付いたセリアが、意外な位置関係から撃ち抜いていった。絶対数の多い戦場とはいえ、二人合わせて七機の撃墜は、間違いなく大手柄。
地上軍の警護に回った敵機がいたこともあり、戦況は徐々に味方有利に落ち着いていった。
「ユーグ、さっき撃たれてなかったー? 大丈夫ー?」
しばらくして、フランの声が無線に流れ、セントールが一機並びかけてきた。見るとコックピットからこちらに手を振っている。
「手放すな。お前こそ撃たれるぞ」
「後ろは俺が見てるよ、色男さん」
楽しそうな隊長の声。先程の無線、聞かれていたのかもしれない。周波数が同じなのだから、もしかしたら味方全軍に。話の流れからして、恋愛的な意味の好きではないと理解できるはずだが、あとで散々いじられそうな気がする。
「ねえ、そこ大分損傷してるけど、燃料漏れたりしないかな? 隊長、これ応急処置だけでもしてもらった方がいいんじゃない?」
機体をすぐ側まで寄せてこちらを見ながらフランが言う。確かに先程嫌な音がしていた。
「なら、一度補給に戻ろう。敵機の数も減ったようだ。燃料に余裕がある場合、フィエンヌを使えと指示を受けている。――いいか、フラン?」
「別に気にしなくていいよ、隊長! むしろ彼氏連れて帰ってきたって、みんな喜ぶかもー」
「ちょいと歳が離れすぎとか言われそうだな」
「なんで隊長が彼氏なのさー!」
戦闘中にもかかわらず、ユーグは声に出して笑ってしまった。セリアはどんな顔で今の漫才を聞いていたのだろうと想像してしまう。相変わらずの無表情。それでも、どういうリアクションをすべきなのか困って、また視線を彷徨わせていそうな気がした。




