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Revenir ~不死身の撃墜王~  作者: 月夜野桜
第一章 翼の生えた人形姫
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第一話 コブラ

 多種多様な機械式アナログメーターが埋め尽くすフロントパネル。そこに覆い被せるように設置された透過性のあるタッチスクリーンには、地図や位置関係も含む詳細なデジタル表示がされている。


 航空博物館から持ってきたクラシック機と、最新鋭電子制御機を混ぜ合わせたような特異なコックピットは、確かに新旧機体をハイブリッド化した戦闘機のものだった。


「各機、電子航空制御アビオニクスを切れ。いきなり失速ストールするなよ?」


 ヘルメット内蔵のヘッドフォンから、クリアな音質で小隊長フライト・リーダークロヴィス・アルドワン大尉の声が流れた。ユーグは右手で操縦桿を握りなおしてから返答する。


了解ラジャー


 タッチスクリーン上で電子航空制御アビオニクスを無効化する操作をすると、これまで安定していた機体の動きが急にぶれだした。慌ててスロットルレバーに左手を添え、ジェットエンジンの出力を微調整しつつ、操縦桿を傾け機首の向きを直す。


 右斜め前方を飛ぶ、灰色の塗装の隊長機との位置関係を維持するのは、さほど苦ではなかった。同じ機械式の手動操縦モードでも、これまで乗っていた旧時代の戦闘機を復刻しただけのレプリカとは、まったく安定性が異なっている。


「いいぞ、二人とも。フォーポイントロール。合わせてみろ」


 隊長が左に機体を傾ける。遅れじとユーグも操縦桿を左に倒した。ピタリピタリと、九十度ずつ回転しては静止させながら水平に直る隊長機に対して、ユーグの機体は回りすぎては戻す形で、四回に分けて一回転を行う。


「ルフェーヴル少尉、なんだその飛び方は?」


「思ったより反応が良すぎて。すぐに慣れます」


 単なる言い訳ではなく、実際に操縦桿が軽く、ロールの感度も高い。逆回転を始めた隊長機の補助翼エルロンの動きをよく観察しながら、慣性を殺して停止させるため、逆側に操縦桿を倒すタイミングと強さを真似してみた。


 先程よりはマシなフォーポイントロールとなったものの、隊長の評価は辛い。


「高度が落ちてるぞ。ラダーもしっかり使って補正しろ。ブランシェ少尉を見習え」


 ユーグの右、隊長機から見て右斜め後ろを飛ぶ三番機エレメント・リーダーのセリア・ブランシェの方へと視線を遣る。隊長ほどではないが、きびきびとした動きでフォーポイントロールを決めていた。


 セリアはユーグより二学年下、十六歳の少女。海軍兵学校一年生だと言っていた。飛行訓練は半年も受けていないだろう。その彼女にできて、三年生のユーグにやれないわけがない。


「少し自由に飛ばせてください。こういうの得意じゃないんで」


 隊長の返事も待たず、地面が頭上に見えるほど大きく左に機体を傾けると、操縦桿を大胆に引いて機首を上げた。高度を落として速度を増しつつ、機体は急旋回していく。


 正反対を向いたユーグは、機体の角度を水平に戻すと、操縦桿は引いたままエンジンの出力を大きく上げる。垂直上昇からそのまま背面飛行に。そして百八十度のエルロンロールをして、再び機体を水平に戻した。


「出力も反応も、この間までの機体とは段違いですね」


 以前の機体なら、上昇時に失速ストールしかねない速度からのインメルマンターン。エンジン出力には、まだ充分な余裕がある。もっと色々な機動マニューバを試してみたい。そうユーグは思った。これならば、敵機を撃墜できなかったとしても、何かしら周囲の役に立てるかもしれない。


「間に合わせで単純複製したものと一緒にするなよ……ありゃ何十年も前の機体と同じだぞ」


 呆れた様子で答える隊長に、ユーグはなおも感心した声で返す。


「それはそうですけど、コンピューター制御なしでも、こんなに違うわけで。単なる機械技術の部分でも、相当に進化してるんだなって」


 今は電子航空制御アビオニクスを切って飛んでいる。各種補助翼やエンジン出力を、飛行が安定するようコンピューターが自動調整してはくれない。操縦の条件自体は一緒。電子制御が発達し、無人機の時代が到来しても、人が操縦するための技術はきちんと進歩していたことが嬉しい。


緊急警報レッド・アラート。サンドリヨン小隊、直ちに電磁防御態勢へ移行せよ。十時方向、未確認機アンノウン複数が接近中」


 突然の警告音と共に、基地のオペレーターからの通信が入った。ユーグは即座に指示に従い、コックピット隅のレバーを強く引く。背後の機体内で、機械の動作音が響いた。電源が切れたタッチスクリーンを取り外すと、左手のケージの蓋を開き、中へと格納する。


 それから、腰に取り付けてある大型の無線機の電源を入れた。ザリザリとしたノイズが載った感じの音が、ヘッドフォンから流れ出す。


「電磁防御態勢移行完了。……これも訓練の一環ですよね?」


 隊長からの指示ではなく、基地からの暗号回線による通信だったことが気になった。ユーグたちの所属するサン=タヴァロン空軍基地は、前線からは遠い。間にある電磁防衛網もまだ有効に機能しており、敵機がそう簡単にやってこられる場所ではない。


「軽い気持ちで臨んで死んじまったら元も子もない。はっきり言おう。――実戦だ」


 ならば、中立を保っている西のプリムヴェーラ共和国領空を通ってきたということになる。


「相手は北帝なんですか? なんだってこんな辺境まで?」


「俺にわかるわけがない。知りたきゃ、ベイルアウトさせ――」


 ヘッドフォンが壊れるのではないかと心配するほどのバリバリとしたノイズが、隊長の言葉を途中でかき消した。原始的なトランジスタ式のアナログ無線機でなければ、故障していた。


 ノイズ源は、EMB(電磁パルス爆弾)の炸裂。高エネルギーの電磁波は、導電体にサージ電流を発生させる。高密度電子回路などは、過剰電流によって焼き切れて破損する。少なくとも動作異常を起こす。


 電磁防御態勢への移行指示が遅ければ、機体の電子航空制御アビオニクスも故障して、総取り換えが必要になっていた。そしてこの防御態勢は、まだ解除できない。


「敵対行為を確認。北帝のハイブリッド機リベルラだ。腕の見せ所だぞ!」


 通信機から聞こえる音声には、また強いノイズが載った。REMPS(反復式電磁パルス装置)が投入されたということ。この新兵器の影響で、戦争のやり方は大きく転換した。


 ランダムな間隔で繰り返し発生するEMP(電磁パルス)の影響範囲内では、コンピューター制御の無人機はもちろん、電子化された近代戦闘機も使用できない。ごく原始的なアナログ電子回路と、油圧やケーブルなど、純機械的接続による操縦系だけで構成された兵器のみが使用可能。


(落ち着け。あの時とは違う。下に人はいない。混戦でもない)


 ユーグは瞼を閉じて深く息を吐いた。脳裏に蘇る首都防衛戦で見た惨状。犯してしまった失態。それらを追い払うために、強く頭を振ってから答える。


「二番機了解」


 前世紀に戻ったかのようなこの戦いを始めたのは、北エルトリア王国。通称・北帝。旧世代の兵器を現代技術と組み合わせたハイブリッド機をいち早く開発、それを使いこなす兵士を育成した北帝は、電撃戦によってこのローザニア連邦へと軍事侵攻を開始した。


 その戦闘機編隊が、何らかの方法で後方のこの地域へと侵入してきた。ユーグの目にも敵の機影が映る。数は四。こちらより一機多い。


「お前ら二機で分隊エレメントを組め。俺は一人で充分だ。リーダーはブランシェ少尉。――って、おい、お前どこへ行く!?」


 珍しく慌てた様子の隊長の声に、セリアが駆る三番機の方を見た。先程までの訓練生らしからぬ動きはどこへやら。気流に流されつつ、ふらふらとしながら編隊を離れていく。


「油圧系に異常発生」


 短く答えると、セリアは完全に進路を逸れていった。数で有利な敵は、二機が直進してユーグたちの方へ。残りの二機は旋回し、一人逸れたセリアの方を狙う動きを見せた。


「早く行け! ケツは守ってやるから、あれどうにかしてこい!」


「言われなくても!」


 操縦桿を倒しつつスロットルレバーを思い切り押して、機体を急加速させた。シートにグンと身体が押し付けられ、強いGを感じる。遠心力で脳の血圧が下がり、視界が一瞬暗くなった。


電子航空制御アビオニクスを使いたいのか……?)


 油圧系の異常ということは、手動操縦が困難と予想される。電子制御を復活させるために、REMPS(反復式電磁パルス装置)の影響範囲外に出ようとしているのかもしれない。


 セリアは高度を稼ぎつつ、急加速して離れていく。しかし敵機も加速して後を追う。一機の背面部から白煙が上がった。REMPS(反復式電磁パルス装置)の追加投入。逃がすつもりはないらしい。


 ユーグはスロットルレバーに取り付けられたセーフティを解除した。小さなパラシュートが開き、REMPS(反復式電磁パルス装置)がゆっくりと降下し始めるのを確認すると、機首を向けてトリガーを引く。


(当たってくれよ!)


 コックピット左斜め後ろに内蔵された機関砲が、怒涛の如く火を噴いた。抜けるような青い空に、銃弾が次々と吸い込まれていく。とてもREMPS(反復式電磁パルス装置)には命中しそうもない。


 元々機首の向きで狙いをつけるしかない兵器。射出の煙を見ていなければ気付かないような小さな的に、そうそう当たるわけがない。


「馬鹿野郎、どこ狙ってやがる! 敵機を撃て!」


 こちらを見ている余裕があったのか、隊長の怒声がヘッドフォンに響く。今のは悪手だったとユーグも後悔した。当たらなかったからではない。命中していたら、逆にセリアが危機に陥っていたかもしれない。


 REMPS(反復式電磁パルス装置)の影響を受けているのは、敵機も同様。ゆえにミサイルが使えない。繰り広げられるのは、ジェット戦闘機などない時代に行われていたような、機銃によるドッグファイト。REMPS(反復式電磁パルス装置)を撃ち落としてしまったら、敵はミサイルを使うかもしれない。


 ユーグが余計なことをしたからだろうか。セリアの機体からも白煙が上がり、自分でREMPS(反復式電磁パルス装置)を補充したようだった。


 とにかく追うしかない。後ろに張り付けば、ユーグへの対応のため、敵機も分散せざるを得ない。なのに追いつかせてはくれず、大きく旋回しつつも、セリアはさらに加速していく。


 トリガーに掛けた親指が震える。この距離ではまず当たらないが、牽制射撃を加えるべき。なのに、コックピットを直撃してしまった、かつての僚機が脳裏にちらついた。ユーグの撃った機銃で赤いものが弾けたその瞬間が、今も目に焼き付いている。


「ブランシェ少尉、もう少し減速してくれ! それじゃ追いつけない!」


 結局引くことなくトリガーから指を離し、代わりにそう声を掛けた。セリアに当たってしまわない保証がないこの状況では、ユーグには撃てない。もうあんな哀しい事故は御免だった。また仲間を殺してしまったら、今度こそ飛べなくなる。


 セリアは機首を下げたが、聞き入れてくれたわけではないようだった。重力を利用してさらに加速していく。敵機と入れ替わる形で降下していき、敵もまた機首を下げて彼女の背後を取りにいく。そしてユーグの目の前で、セリアは信じられない行動に出た。


「コブ……ラ?」


 突如としてセリアは機首を大幅に上げた。進行方向に対して、ほぼ垂直に機体を立たせる。それはコブラと呼ばれる機動マニューバ。最も機体面積が大きくなる姿勢を取り、空気抵抗で急減速を行うもの。


 オーバーシュート、つまりは敵機に追い越させて背後を取ることを狙うための、曲芸飛行的機動マニューバ。しかし、距離が離れすぎていた上に、機首を戻すのに手間取っている。


 本来は電子航空制御アビオニクス対失速アンチストール機能を当てにしたもの。墜落しないだけマシといえる。空中に静止しているようなセリアに対して、敵機は絶好の機会とばかりに大きく減速して食らいつく。


「セリアー!!」


 躊躇いもなくトリガーを引いていた。減速した敵機は、まるで当ててくれとでもいうかのように、ユーグの前方で腹を見せている。射線上にセリアはいない。再び機関砲が火を噴き、数多の銃弾が敵機をまとめて薙ぎ払うようにして飛んでいく。


 しかし、その敵機からもすでに機銃は発射されていた。両機で爆発が起こり、煙が立ち上るのを横目に、セリアの機体に意識を集中する。


 何かが落ちていっている。コックピットのキャノピー。そして、濃緑の耐Gスーツを着た小柄な身体。ばっとパラシュートが開いて、彼女が無事であることを示した。


(良かった……。しかし、なんだ、今のは? 当てさせてもらった……?)


 速度が遅く狙いやすかっただけではない。敵は二機とも、こちらに腹を見せて直進していた。死角になっていたから、ユーグが絶好の位置から狙えることに気づかず、急減速したのだろう。


 最初からそのために飛んでいた。そうとしか考えられない。一度大きく上昇して下降することで、その位置関係を生み出した。コブラなどという危険な機動マニューバを行い、敵をも固定した。


 すべては、ユーグが労せずして当てられる状況を作るため。そして恐らく、かつての誤射によるトラウマを抱えたままでも撃てる配置にするため。


 自分は撃墜される前提だったのだろう。落下距離からすると、敵弾命中前にベイルアウトしていたように思える。


「セリア、すぐに戻る。それまで敵に捕まるなよ!」


 敵も二機ともベイルアウトしたことと、敵地上部隊らしきものはいないことを確認してから、ユーグは機首を返した。距離が離れてしまっていた隊長の元へと急ぐ。


 すでに一機は墜としたようで、残る一機と後背を取り合っている。互いに機体を回転させ、ねじれるようにして二重螺旋を描きつつ飛んでいた。まるで生物のDNAにも見えるその機動マニューバは、ローリング・シザーズとも呼ばれる。


「隊長! 加勢します!」


「もう遅えよ」


 確かにその通りだったようで、敵機の真後ろを通過する瞬間に、隊長機のコックピット付近から火が噴いた。直後、敵エンジン付近で爆発が起きる。キャノピーが吹き飛んで、ベイルアウトしていくのが見えた。


「お前、ここちょっと見張ってろ。俺は基地に連絡を取って、回収部隊をエスコートしてくる。今度はしっかりと守ってやれよ」


「はい……」


 離れていく隊長機を見送りながら、高度を下げてセリアの姿を探した。眼下に広がる小麦畑はやや黄色味を帯びてきていて、収穫時期がそう遠くないことを示している。


 その中にポツンと目立つ紅白の布地。セリアのパラシュートだろう。よく目を凝らすと、近くの小麦畑に半ば埋もれるようにして、濃緑の耐Gスーツの姿があった。


 プラチナに輝く髪を風に靡かせ、あの氷青色アイスブルーの瞳でこちらを見上げているのだろう。いつもの通り、にこりともせず。そこまでは、さすがに見えない。パイロットの視力をもってしても。


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