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1話ー『王都のエリートルーキー』

 眩いほどの閃光が、暗闇の中で交錯する。

 十字架に貼り付けられたように俺の身体の四肢に光が纏わりつく。

 空中で拘束魔法を放って来た巨神兵ホブゴブリンが、勝利を確信してその豚のような顔から、フンスと鼻息を漏らして告げて来た。


「フハハッ!! これで貴様の四肢は封じられたな!!

 手も足も出ない冒険者など、恐るるに足らずッ!!」


 狩りに来た獲物を逆に追い詰める興奮によだれを垂らし、巨神兵ホブゴブリンが俺へと迫る。

 拘束されてぐったりと顔を俯かせていた俺は、万事休すを装いながらニッと口元から笑みを零していた。


「……確かにこれなら、手も足も出せないよな……」


 そう言って俺は、迫りくるホブゴブリンに向かって自慢気に顔を上げる。

 

「だが、そんな時はチンコを飛ばせば全てが解決するのさ!!」


 フッ、と笑みを浮かべた俺はすかさず五指目を動かす。


「ーーチンコミサイル発射ッ!!」


 巨大に膨れ上がったマジカルチンコが、俺の股間から勢いよく離脱して発射させる。

 巨神兵ホブゴブリンの顎を砕き飛ばし、洞窟の天井へと巨体を吹き飛ばしてまるで花火のように弾け飛ぶ


「ばッーーバカ野郎ッ!! それ飛ばしたらいけねえ大事なヤツじゃねえのかよッ!?」


「手も足も出せねえような状況なら、チンコを出せば良いなんて普通に考えて常識だろー?」


「いやッ!! 人の話を聞きやがれェッ!!」


 断末魔をあげながら倒れ伏した巨神兵ホブゴブリン。

 俺は請け負った討伐クエストを完了して、満足気に笑みを零すと帰路へと着く。



「いやー、大量大量!!」


 視線を上げれば上空からパラパラと粉雪が舞い散っている。

 積雪の降り積もった路面を歩けば、みしりと亀裂が走り、氷が軋みの音をあげる。

 この王都マナガルムにも、冬の季節がやって来た。

 伸ばしたマジカルチンコで二足歩行しつつ、俺はセグウェイに乗ったように自動歩行をして旅路を終える。

 魔法でできた巨大なチンコが俺の股間から根を降ろし、その亀頭が真っ二つに裂けてヨチヨチとひよこのように歩いている姿は、なんとも愛くるしい立ち姿だ。

 だが、そんな悪目立ちしてしまう俺の姿を見かけると、周囲の人々からは執拗に嫌悪の視線が突き刺さる。


「うわー!! お母さーん、すごーい!!

 チンコが、冒険者をくっつけて歩いているー!!」


「ダメよ、つとむっ!! あんな人を見ちゃ行けませんっ!!」


 心ない母子の言葉が時折聴こえて来るが、聞かなかったことにして、俺は王都の商店街を歩き続けた。


「これで午前の仕事は、ひとまず終わりだなー」


 外はだいぶ寒くなって来たように感じられる。

 体感温度だけでも北海道ぐらいの寒さはあるだろうか?

 マジカルチンコ歩行から見下ろせる王都マナガルムの城下町には、一面真っ白に染まる雪景色が映っている。

 三つの区画に分けられた、煉瓦造の城下町。

 その街に立っている無数の煙突からは、今やふわふわとかまどの煙が吐き出されつつ、降りしきる雪と大気に溶け込んでいるように思える。


「見ていて心が洗われる光景だよな」


 どっちかって言ったら、俺は夏よりも冬のほうが好きだ。

 景色は綺麗だし、空気が澄んでいて、なんだか日頃の疲れに心が染み渡るように思うのだ。

 邪悪な歩行手段を取っている俺が言うのもなんだが、こうしているだけでも、街並みの見晴らしはかなり良い。

 伸ばしたチンコ歩行の視点はかなり高く、まるで自分だけが、この王都の街並みを一望できているように感じられる。


「こんな日はあったけえシチューでもかきこみながら、ゆっくりと寝てえよなぁー」


「げっ!! あのチンコ、冒険者を丸出しにして歩いてるぞッ!?」


「キショっ!? なんなんだよ、あの魔法はッ!?」


 見知らぬ冒険者パーティーの戦士や僧侶が俺を見ると、決まってそう言った暴言を吐き捨てながら通り過ぎる。


「通り過ぎ様に失礼なヤツらだなー。

 これはチンコであっても、チンコでないと言うのに……」


 マジカルと名のつく通り、この歩行方法に用いているチンコは、なにも本物と言う訳では決してない。

 偽りのチンコを用いた画期的な歩行方法であって、俺が開発した第三のチンコ歩行と言っても差し支えはないだろう。


「第一、丸出しなのは、冒険者じゃなくてチンコの方だろ?」


 それだと俺がまるでチンコの添え物みたいに聞こえるが、チンコが本体な訳がない。

 誰に言うでもなく、俺は内心で独りごちる。


「しっかし最近の王都じゃあ、あったけえシチューなんてもんは、かなりの贅沢品になりつつある……」


 話題を元へと戻して、自分を楽しい気分にするか。

 一般庶民の暮らすこの第三内地ヨルと言う区画では、平時は食えてふかし芋と豆のスープってのが、今時ではベターな食事になりつつあった。


「あ~。俺もいつかシチューをたらふく食べてえなぁ~」


 ついでに好きな女とガッツリと寝てえ。

 暖かい家庭に囲まれるんだ。

 そうして俺は、いつか婚約者のアーシャと思いっきり子育てに励もうと思っている。


「その為には、俺がもっと頑張らないとな……」


 雪道を歩いて見慣れた一軒家の前に立つ。

 俺はマジカルチンコをしまい地面に「よっ」と着地した。

 眼の前にそびえる木造2階建て家屋の扉をゆっくりと開く。

 すると頭上では、カラカラとドアベルの音が鳴り響く。

 今日の仕事は、思い起こせば楽な部類だった。

 なにせ片手に担いだ麻袋の中には、今日仕留めたばかりのホブゴブリンの右腕が入っている。

 コイツを売ったらぼちぼちの金になる。


「よぉアラン。討伐で受けた仕事は終わったぜ」


 上がり框の先に見える受付カウンター。

 そこに佇むのは、この3ヶ月で見慣れたオッサンだ。

 デニム生地のエプロンを上から羽織り、その下に白いYシャツを身に付けて腕まくりをしているオヤジ。

 筋骨隆々としたその逞しい二の腕には、毛深いギャランドゥがまるで雑草のように生え揃っている。

 切れ長の瞳には、琥珀色の三白眼。

 身長は、190センチとかなり大柄だ。

 鼻の下に伸びる逆三日月型のちょび髭。

 それと瞳の上に並ぶ太い眉が、俺の姿に気がついた瞬間にピクリと同時に揺れ動く。


「なんだよニシジマ。もう終わったのか?

 さすがは、日本が誇るエリートルーキーの冒険者だな」


 事務作業の為に走らせていたペンを止めると、ギルドの受付係をしていたアラン・モルドはそう言ってコチラを眺める。


「まぁ俺ぐらいの冒険者になれば、このぐらいの依頼なら余裕でこなせますよッ!!

 また依頼したい仕事があったら、遠慮なく言ってくださいッ!!

 俺たち“暁の旅団の三人”は、これから王都でますます出世して有名になるつもりで居ますからッ!!」


 ニカッと明るく笑ってサムズアップを送った俺に、アランは「ふん」と納得して鼻息を漏らす。

 俺ことニシジマ・ノボルは、この王都にやって来たばかりの、いわゆる新米の冒険者になる。

 現在のクラス階級は、Cクラス級の冒険者。

 そしてここは、王都の一角に位置している老舗の冒険者ギルド。

 名をーー「ルナイトキャット」と言う。


「元気があって何よりだ。

 まぁ、換金業務のことなら俺に任せておけよ」


 アランにそう言われた俺は、ギルドの受付カウンターまで歩み寄ると、肩がけしていた麻袋をそのままテーブルの上へと乗せる。

 袋の中から取り出したのは、ホブゴブリンの右腕だ。


「ふーん。中々に悪くない代物だな。

 個体の強さランクにして、ざっと推定でDランクぐらいってところか……ふむ……」


 慣れた手付きで鑑定用のモノクルを取り出したアランは、じっくりとその琥珀色の瞳を凝らして右腕を観察していた。


「ホブゴブリンにしては、かなりの高額なのは間違いない。

 平均討伐ランクEランクに数えられるホブゴブリンだが、見たところこの個体はDランクぐらいはありそうだ。

 かなり大物を倒して来たな?

 やるじゃないかニシジマッ!! 予想以上の大手柄だよッ!!」


「そりゃどうもッ!! 頼んで良かったろ?」


「あぁッ!! また宜しく頼むよエリートルーキーッ!!

 これなら街の人たちも、少しは安全に暮らせる筈さッ!!

 お前のおかげでな?」


「よせよ恥ずかしい。俺のおかげだなんて」


 俺はーー俺に出来ることをしたまでだ。


(それにこれしきの敵が楽々倒せないようでは、これから先の道が思いやられるからな……)


 なんと言っても俺たち暁の旅団が目指しているのは、国家王国騎士に「成り上がる」為の険しい道のりなのだ。

 そこに至るまでの道のりは、長く険しく。

 これしきの敵が倒せないようでは、話にもならない。

 ゆっくりと引き戸から黒曜石と革袋を取り出すアランを眺めて、俺は頭の中で金勘定のことを考える。


(ざっと銀貨にして8枚は硬い筈だな……)


 銀貨1枚で1,000円だから、これで大体8,000円ぐらいの収入か。

 冒険者はモンスターを倒すと、すぐに金になるのが利点で良い。

 取引品の片腕にDと言う数字を刻むと、アランはそのまま梱包作業へと入る。

 倒した魔物のランクは、鑑定スキル持ちの冒険者でなくては、正確なランクが測れない。

 その為、珍しい鑑定スキルを有した冒険者は、それだけでこの王都では重宝される存在でもある。

 アランは、既に国家王国騎士として、この王都マナガルムでお役所仕事に着いている国家権力者の一人でもある。


(確か身分は、男爵だって言ってた気がする)


 ここ3ヶ月で俺とアランは、気さくに話し合うまでの仲になった。


「それで、結局いくらぐらいになりそうだ?」


「たくっ。お前ってヤツは忙しないなぁ」


「それを言うなら、落ち着きがないとも言いますね」


「自分で自分のことが分かってるなら。

 もうすこし大人しくは待てねえのか?」


「いやー。だってこの時間が至福な訳じゃん?

 やっぱり俺って給料はATMとかで貰うより、実際に手渡しで貰いたい派なんだよな。

 その方が貰った時の嬉しさが段違いって言うかさ」


「そのATMって言うのが、コッチで現地人してきてる俺には、よく分かんねえよ。

 それって日本って言ったか? お前の元居た世界の記憶で。

 どんな国なのかは、俺には全く想像も付かねえが、きっと凄い国だったんだろうなぁ。

 なんせそのおかげで、この異世界で魔導戦機なんてデカブツが発明された訳だからなぁ」


 そう言ってアランは、背後の壁に立て掛けれた絵画をまじまじと眺める。

 そこには魔導戦機に乗って移動する、黒髪の冒険者の姿がある。


「世界で初めて魔導戦機に乗った男、英雄ラルフ・グスタフか。

 俺も乗ってみてえなぁー。魔導戦機。

 アランは、もう魔導戦機には乗れるんだよな?」


「あぁ、まぁ一応な。

 国家王国騎士になれば、誰でも乗れるようになる。

 この国で成り上がりてえなら、まずはしっかりと稼いで功績を残すことから始めねえとな?」


「分かってるって。

 この国じゃ国家王国騎士になって出世する為には、先に冒険者としてそれなりの結果を出さなくちゃなれないんだろ?

 で、結局どのぐらいになりそう?」


「まぁ、そう急かすなよ。

 しばらくはそこの鏡でも見て大人しくしてろ」


「へいへい。分かったよ。

 まっ、俺の予想では銀貨8枚ぐらいの筈だけどね?」


 そう言ってそっぽを向いた俺は、ひとまずアランに言われた通りに脇に置かれた姿見に目をやった。

 冒険者ギルドの受付カウンターの隅に置かれたその姿見は、『少しは身なりに気を遣え』と言う計らいの元に建てられているギルドから送られた調度品だ。

 この職業は、その仕事柄からか『汚れ仕事』の部類になる。

 その為、誰よりも肉体労働者をこなさなくてはならない反面、華に欠けて衣類はすぐに汚れてしまう傾向が強い。

 そんな姿見に今や映っているのは、筋骨隆々とした肉体の、青目黒髪の男である。

 身長は、180センチとかなり大柄で鋼のような胸板が特徴的。

 切れ長の瞳は、どこが覇気がなくて暗く沈んでいるように見える。

 

「きっと疲れだよなぁー」


 まぁ、歳も歳だから仕方がないか。

 日本人としての前世の記憶を取り戻してから早数十年。

 長いことこの世界で暮らして来た俺は、気が付けばもう20代後半の年齢に突入していた。

 魔法の勉強をして武術を学び。

 時には、剣技を磨いたり何かもして来てはいる。

 そんな生活を繰り返していた内、気が付けば俺もあっという間にアラサーと言う訳だ。

 働いてばかり来たせいで、この目元には元気が少ない。

 そう言えば前世も、過労死だったか?

 俺って働いてばっかだな。

 そんなことを思い起こしながら、俺は視線をアランへと移す。


「まぁ、アランよりはマシだけどな……」


「うるせえ!! 聞こえてるぞニシジマッ!!

 ーーいいか?

 俺は確かに今年で40を超えてるアラフィフなオッサンだッ!! ハッキリ言って超ダンディだッ!!

 だが、お前はまだ20代後半のアラサーだろうがッ!!

 見た目年齢が違うのは当然だし。

 いずれお前も俺みたいにクソ老ける時が来るんだっつうの。

 つうかお前の場合、年の割にちょっと老け顔過ぎんだよ。

 そしてお前は、歳を取ってからこう実感するのさ!!

 ーーあれ? 俺ってあの頃のアランより老けてね?

 ーーってなぁ!!

 お前の方が、俺よりも絶対に老け顔になるぞーッ!!」


「うん、それは間違いなくそんな気がするよ。

 お互い歳は取りたくないもんだね?」


 そう言って俺は、アランとの話を一旦区切る。


「にしても俺は、いつになったらこの世界で金持ちになれるのかなぁ~」


 国家王国騎士になる手前。

 王都では、エリートルーキーの冒険者なんて呼ばれたりはして来ている。

 けど、実際のところその実感は、今の俺にはあまりないのが現状だ。

 何故なら俺は貧乏だ。

 端的に言って金はない。

 着ている作業着にしたってかなりボロいし、靴は使い潰して泥まみれ。

 オレンジ色だった筈の道着は薄汚れ、肩口なんかはビリビリに破けて裂けている。

 先のトンガリしていた青い靴は塗装が剥げ落ち、腰に巻いていた青い帯も今ではその色がくすんで見える。

 月1程度で通っている床屋で散髪した黒髪。

 サッパリとした短髪で、一見すれば不快感はない。

 だけど、お世辞にも綺麗とは呼べない。

 見目秀麗さなど、どこにもない。

 本当に口先だけのエリートルーキーだ。

 これだけ魔物を倒して。

 これだけ毎日、仕事をこなして。

 汗水を垂らして働いている筈なのに、俺はちっとも裕福な生活を実感できない。

 一体、俺の何が悪い?

 ふと、自分自身の在り方について考える。


(これがエリートルーキーと呼ばれる男の在り方で良いのか?)


 そう問われたら、俺は迷わず首を振るに違いない。

 ハッキリとNOと答えること間違いなしだ。

 けど、そんな俺でもこの国ではYESの部類に入る。

 王都で冒険者稼業に精を出し始めてから、まだたったの3ヶ月ぐらい。

 気が付けばそう呼ばれるようになっていた。


「なんで俺がエリートルーキーなのかなぁ~」


 どちらかと言えば、エリートなのはアランの方だと思うけど。

 少なくとも俺は国家王国騎士ではないし、未だに冒険者をしているのだから普通なら(・・・・)それが正しい。


(大体、俺はもっと成り上がりたい一心で。

 ひたすら稼ぐのに集中して、この王都で無心に腕を磨き続けて来ただけだ……)


 それなのにいつまでも変わらない俺の現状。

 変わったと感じられるのは、「エリートルーキー」と言う名の肩書きだけ。


「俺が欲しいのは、肩書きじゃない」


 もっと他に欲しい物がある。

 それは貪欲なまでの探究心だ。

 純粋に自分に対するイノベーションが欲しい。

 ーーずばり俺が求めていたのは、変化だった。

 それも人生を大きく揺るがす程の「一発逆転の大変化」。

 そんな大変化をもたらすことのできる、何かデカい仕事にあり付きたいと考えている。


「男と産まれたからには、目指すべきは世界最強の冒険者だ」


 飽くなき欲望と、果てなき夢。

 そんな理想が俺のロードに希望を見出す。


「こんな小さな仕事を、いつまでもチマチマこなして死ぬぐらいなら……。

 俺はもっと、自分の夢に向かってドカンと大きな仕事に取り組みたい。

 そう願うのは、男として何も間違っていない筈だ……」


 何故ならそれが、男としての挑戦心と(サガ)だからだッ!!

 だから俺は、今日も迷わずアランにこう訪ねるのだ。


「それよりさ。他に何か良い仕事ってないかな?」


 実入りの良い仕事であれば、何でも良い。

 もっと大きなプロジェクトに取り組みたい。

 そして現状の苦学生のような生活から、一気に解放されてアーシャと幸せな家庭を築き上げる。

 俺は今より、遥かに自由に生きられる生活を求めていた。


「うーん。まぁ、あるにはあるんだがなぁ~」


 そう言ってアランは、顎髭をかくと思案げにその瞳を斜めに彷徨わせる。


「ほらよ。今回の駄賃だ」


「おい、投げて寄越すなって」


 すかさず革袋を大事にキャッチした俺は、手元の感触からその大体の量を勘定する。


「サンキュー。予想よりも多かったよ」


「少し色を付けておいたからな」


 渋味の混ざったアランの低い声に、「そりゃどうも」と返事を返して俺は道着の内側に駄賃袋をしまう。

 その様子を見計らった頃、ちょうどアランの視線がふいに降りる。

 迷いのあった視線が少しだけ吹っ切れている。


「さっきも言ったが、あるにはあるぜ?

 だが、今のお前らには、ちょっとばっか厳しい仕事になるかも知れん」


 アランの口から「厳しい」と言う言葉が出てくるとは思ってもみなかった俺は、眉根を潜めてアランに問う。


「厳しいって言うと、大体どのぐらい?」


「まぁ、相手が手強いからなぁ。

 その分、報酬は破格だよ」


「相手が手強いってことは、討伐クエストだよな……?

 国家王国騎士のアランが言うほどってことか?」


 アランの冒険者レベルは知らないが、少なくとも国家王国騎士と言うことだから、実際には俺よりもレベルは高い筈だ。

 そんなアランが「厳しい」と言う。

 恐る恐る、俺は尋ねる。


「ちなみにその報酬は、ざっとどんなもん?」


「一発こなせば30億だ。

 まぁ今回の敵は、手強すぎるからな」


「30億? 一発でか?」


 聞いたこともない金額だった。

 その辺のモンスターを倒したところで、二束三文にしかならないと言うのに。

 けど、それなら間違いなく俺の目的まで、一発で届く金額だ。

 指3本を指し示したアランに、俺は食い入るようにカウンターへと手を置く。

 バンッ、とテーブルを叩いて瞳をキラキラと輝かせる。


「是非やらせてくれ!!」


 討伐クエストって言うからには、多分パーティー用のクエストだ。

 それも一人で狩れる報酬よりも破格の金額。

 恐らくは、レイドボスで間違いない。


「一体、何を倒せば良い!?」


 前のめりになって考える。

 ワイバーンか、ドラゴンか。

 あるいは、それを超えるぐらいの大型のモンスターか。

 どちらにせよ、俺も腕には覚えがある。

 何だってぶっ殺してやる覚悟だ。


「浮かれているところ悪いが、あまりオススメできるような仕事ではない」


 そう言ってアランは、口をへの字に曲げて水を差す。


「頼む!! そこを何とかッ!! この通り!!」


 俺は、必至でアランに頭を下げ続けた。


(このバカデカい仕事をこなせば、旅団の3人で自由に暮らすことだって夢じゃない)


 一発30億の報酬があれば、一生遊んで暮らすことだって可能だ。

 思い起こしていたのは、二人の幼馴染の喜ぶ笑顔。

 きっと喜んでくれるに違いない。


「分かったから顔を上げろ、みっともない。

 俺が土下座させてるみたいで気分が悪いだろ」


「じゃあ……」


「あぁ。だが、ひとまずは話をするだけだ。

 よく聞け、それで良いか?」


「あぁ、それで良い。

 それで一体、俺たちは何を倒せば良いんだ?」


「倒すのは、ブラックゴブリンだ」


「ブラックゴブリン? って言やぁ……。

 最近この王都で噂になってる、あの色違いのブラックゴブリンか?」


「ーーあぁ……まぁそうだな。その色違いのブラックゴブリンだ」


 ーーブラックゴブリン。

 確か最近、この王都で噂になっている怪談の一つだ。

 曰く、それは最強種に分類される魔物の一匹。

 ここより遥か遠く北西に位置するゴルド山脈。

 その氷山地帯の上腹に出現すると言われる、超危険指定のレアモンスター。

 通常のゴブリンが、緑色の色素を含んだ皮膚であるのに対し。

 そのブラックゴブリンは、どうやら黒い色素を含んだ色違いの個体であるそうだ。


「生態系不明の、幻の亜種系モンスターの一匹かぁ……」


 確かにこれは、30億と言うのも納得ができる数字だ。

 アランが口を酸っぱくする理由も理解できた。

 別に色違いの魔物だから、特別危険視されている訳ではない。

 そんな個体は、今時の王都では、探せば山のように出てくるだろう。

 問題なのは、その強さ。

 ここで重要になるのが、そのブラックゴブリンにまつわる黒い噂についての話になる。


「ブラックゴブリンのクエストに出向いたヤツらって、確か全員死んでるよな?」


「あぁ、全員死んでるな。一人の例外もない」


 予想されている討伐ランクは、今のところは全くの不明。

 情報が謎に包まれ過ぎている。

 分かっているのは、そのクエストに出掛けた冒険者の全てが、もっぱら還らぬ人になっていると言う噂のみ。


「死亡者リスト……。見ても良いんだよな?」


「ーーあぁ、好きにしろ」


 そう言われて俺は、カウンターの隅に置かれたバインダーファイル入れに手をかける。

 そこから取り出した一つのファイルのページをパラパラとめくる。


「7月26日、C級冒険者リディル・コーネリアス。

 クエスト攻略中の事故により、死亡………」


 そこに書かれているのは、すべての冒険者の出航、及び死亡記録だ。

 どんなクエストに向かい、どこで死んだか。

 それらの記録のすべてが、帳簿として国営の冒険者ギルドに一括で管理・保管されている。

 見つけ出したページの中から、俺はブラックゴブリンの項目を指でなぞる。

 開いたページにズラリと書き込まれていたのは、およそ500名以上にも登る冒険者たちの個人名義だ。


「このファイルに書かれている記録は、本当なのか?」


 どれも見知った名前ばかりが記録されている。

 C級冒険者ーーリディル・コーネリアス。

 A級冒険者ーークラウド・カーネル・サンダース。

 そしてS級冒険者ーーウリュウ・アマミヤ・セツナ。

 書かれていた名前を見ただけでも、思わず口を開きそうになる程のビッグネームばかりが並んでいる。


「あぁ、当然だろ?

 そのファイルに嘘偽りなんてアリはしない。

 俺たち冒険者ギルドの信用問題にも関わるからな。

 一切の虚偽の記述は、そこには一つも書いてない」


「錚々たるメンバーだ……。

 特にこの、S級冒険者ウリュウ・アマミヤ・セツナと言えば、国家王国騎士入りを確実とまで言われた超新星級の冒険者の筈だ……」


 剣聖の末裔との噂が名高い「雨剣のウリュウ」と言えば、知る人ぞ知る大剣豪だ。

 そんな冒険者が、ソロで向かって死んでいる?

 眼を背けたくなる程の現実が、そこにはあった。


「ウリュウは、ソロで向かったのか?」


「あぁ、そいつはソロで向かった。

 この国じゃSランク以上の冒険者にもなれば、数はかなり絞られてくる。

 一人で行っても勝てると睨んだようだが、結果はこのざま。

 ひょっとしたら、あの歌姫も負けるのかも知れない。

 そんな相手だ。

 ーーそれで? お前は、その上でどうするんだ?」


 問われたアランの言葉に喉が詰まる。

 無意味な沈黙が流れる中、コクリと俺の喉が鳴る。

 脳裏に浮かんだ「死」と言うワード。

 その恐怖心で、怖気づきそうになったのだ。

 クラクラと酩酊する意識の最中、思い描いていたのはバンジージャンプの光景だ。

 度胸試しと称して行われてきた催し物。

 飛べる者と、飛べない者とが現れる。

 その大部分を占める「差」は、一重に恐怖が根源だ。


(一度、恐怖心に足元を掬われた人間は、どれほど望んでも決断と実行ができなくなるからな)


 純粋なまでの恐怖心は、人間であるならば誰にでもある。

 いかに冒険者として長年の歳月を過ごそうが、こればかりは決して慣れる物ではない。

 死ねばそれで終わりだし、負けたらそこでジ・エンドだ。

 やる以上は、必ず殺して勝つ気でやらなくてはならない。

 その覚悟が、俺の中にはある。


「引き受けさせてくれ」


 決心を込めて俺は告げた。


「やっぱお前って、イカれてるよな」


 そんな褒め言葉にもならない言葉をアランから受け取る。

 この決断一つに、俺の仲間の命が掛かっている。


(だけど、そこまで躊躇していられる余裕はない)


 どの道、こんな生活をいつまでも続けていたところで、先なんかないのだ。


「自分の道は、自分で切り拓く主義なんだ」


「良いだろう。お前のALL BETは、受け取った」


 そう言ってアランが取り出したのは、王印付きのクエスト用紙だ。

 申し込み書類に記されたその王印は、第二内地ヒル直属の仕事であることを証明する押印が施されている。

 受け渡されたクエスト用紙に、俺はペンを走らせる。

 名前と所属を記入して、それからーー。


「なぁ? お前ホントに俺とアーシャとの結婚披露宴には来ないつもりなのか?」


 正式にクエスト受諾の処理を済ませてから、俺はふいにアランにそう問いかけた。


「あぁ、俺はその結婚披露宴には出席しねえ」


「何でだよ?」


「さぁな。ただまぁ、一つだけ言えることがあるとすれば、神聖なるチャペルの披露宴に“待った”は付き物だってことだろうな」


「何だそれ?」


 俺がアランのその言葉の意味を知ったのは、それから数時間後のことになる。

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