第7章 王立図書館の章 第87話 王城の娘
「大臣、それは無理と言うものですぞ」
ワンナー・ツースールは三十年前の四十四歳の時に伝説級魔法士と呼ばれるようになった。
二十五歳の時から当時五歳だった現国王の家庭教師を拝命し十年間通常の勉強と併せて基本的な魔法も教えていた。
国王は勉強はある程度できたが魔法の方は全くだった。マナの量は普通だったが要領が悪く詠唱も覚えるのが苦手だった。無詠唱など夢の夢だ。
魔法が全く上達しない若き日の現国王ラムダに対してワンナーは容赦がなかった。将来の国王、などということは関係が無かったのだ。
五歳から十五歳にかけて厳しく教えられたラムダはワンナーに対して国王になった後でも全く頭が上がらなかった。苦手意識は大きくなることはあっても宇くれることが無かった。
「判っています館長。だが国王陛下のご意向なのです。私では逆らうことが出来ないのもお判りいただけますでしょう」
「それは確かにそうでしょうが。法を破れと言うのです、それならば国王陛下自ら私にご下命いただくのが筋でしょう」
それはカールーズも思ったのだが、国王は直接話したくないから自分に回ってきているのだ。その責任の一端は若い頃に国王を厳しく教え過ぎた館長にあるのではないかと考えていた。
「判っております。それを判った上で私に館長への伝言を託されたのです。お察しくださいませんか」
「うむ、ボンはあいかわらずじゃな」
普段はちゃんと『我が国王』と呼ぶのだがワンナーは時たま国王を『ボン』という。本人曰く誰かが言っていたのを真似ている、と言うのだが、それが誰だかは判らない。
「申し訳ありません。ではよろしくお願いします」
カールーズは正式に受諾した言質を取る前に館長室を退去した。既成事実を作った、ということで役目は果たしたと判断した。あとは館長の判断次第だ。
「どしたものかのぉ」
ワンナーは誰も居ない所に向かって話しかける。
「国王の許可が出たのだ、いいじゃないか。昔の誼《
よしみ》もあるだろう」
そこにはサーリール・ランドの姿があった。カールーズには気が付かれなかったようだ。
「昔の誼のう。まあよいが儂が年相応になっておるのに、どうしてお前はそんな成りをしておるのだ。最初はお前とは判らなかったぞ」
「若返りの魔法の話を以前しただろう」
「やったのか」
「割と前にな。今あの魔法を使えるのは私くらいのものさ」
「本当にあったのか、あの魔法は」
「なんだ、興味かあるのか?」
「ない。儂は儂の人生をありのままに全うするのだ。若返ってやり直したりはしたくないな」
「人それぞれの考え方があるのだ、それがお前の行く方であれば何も言うまい。あの魔法を使うのであればそれ相応のマナが必要だがお前なら十分だとは思うが」
「儂は要らん。お前が若返ったことはお前の勝手だ。それで、儂は何をすればよいのだ?」
「最深部に入れてくれればそれでいい」
「あそこか。最深部に入って何をするのだ」
「あんなところに入ったら本を探すしかないだろう」
「それはそうじゃな。で、何と言う本を探しておるのだ」
「本の名前は判らない」
「それでは探し様がないではないか」
「だからこそ、時間を掛けて探すしかないのだよ」
「どんな本を探しておるのだ?」
「異世界関連の本だ。多分最深部にしか無い筈なのだ。実は以前ここで見たことがあるのだよ」
「異世界など本気で言っておるのか?」
ワンナーは確かに以前サーリールから異世界についての話を多少は聞いたことが有ったが、全く信用していなかった。
最深部にはワンナーも滅多に入ることがなかったので中にどんな本が所蔵されているのかはそれほど判っていない。その中に異世界のことを書いた本があるかどうかは知らなかった。
「では明日にでも連れて行ってやろう」
「いや、魔法大臣の手配を待つとするよ。一応は国王に頼んだ手前ね」
「最初から儂のところに来ればよかったのではないか」
「館長の独断で、と言う訳にもいかないだろう。国王からの依頼で、という建前は必要ではないか?」
「それはそうなのだがな。判った、では正式に手続きを踏んでもらうとしよう」
その日はサーリールはそのまま王立図書館を出た。多分数日で許可が出て再訪することになるだろう。その時のことも考えておかなければならない。
サーリールが探している希覯書とサワタリ・コータローが探している希覯書。それは実は全く同じものだった。ただその本を探している目的がサーリールとコータローでは違ったのだ。
コータローの部屋に戻る前にサーリールは王城に立ち寄ることにした。国王に礼を言う為だ。
隠形魔法で完璧に姿を隠して王の居室へと向かう。壁抜けを併用しているので直ぐに部屋には着くはずだった。
あと少しで王の部屋、というところでサーリールは声を掛けられた。
「あなた、そこで何していらっしゃるの?」
サーリールは驚いた。生半可の魔法使いに見破られるような隠形魔法ではないのだ。普通の特級魔法士では無理だっただろう。
「私が見えるのですか?」
驚きと興味で声を掛けてしまった。声を掛けてきた相手は若い女性だった。多分15~6歳だろう。王城に居るのだ、それなりの身分の者か、身の回りの世話をしている召使などだろうが、服装からすると身分が高そうだった。
ただこの時間に一人で、というのが可笑しい。
「えっ?」
その少女は問われたことが不思議そうにしている。見えるのか?という問いの意味が判らなかったのだ。




