第9章 絶対防御の章 第133話 キサラをどうしよう
「判った、判った、降参じゃ」
師匠がりょうてを挙げて手のひらを空に向ける。
「そうしてもらえると助かります。ヴァルドア様と戦うなんて考えられませんから」
そう言いながら実はダンテは俺と二人なら勝てると思ってはいる様子だ。まあ、俺も二人なら負ける気はしないが。問題は『赤い太陽の雫』か。
「それで儂はどうなるかの?」
「ヴァルドア様の件は今ここに居る私とコータローしか知りません。このままこちらに協力していただく、という訳には行きませんか?」
流石にダンテ一人で決断していいのか、とも思ったが、まあそれもアリか。
「師匠、俺が居た世界になら俺が案内してあげますよ」
「なんだ、お前も送還できるのか?」
「いえ、ただこの戦いが終ればゼノンに送還させますよ。もし断ったら」
「断ったら?」
「ゼノンたちとは別の召喚魔法が使える一族を探します」
「そんな者たちが居るというのか?」
「まあ、本で読んだだけで情報はカイムですけれどね。居ることだけは確かだと思います」
「であればゼノンが死んでも問題ないな」
「師匠、ゼノンを殺したら駄目ですよ。元々首謀者は生きて捕まえる様に言われていたでしょう」
「まあ、それはそうなんじゃが。判った、とりあえずゼノンを捕まえて儂をお前の居た世界に送ってもらうとしよう。ちゃんと案内するのじゃぞ」
師匠は納得してくれたがゼノンが言う事を聞いてくれるかどうかは五分だと思うな。
「判りました。とりあえず俺は向こうに帰りたいし、エル・ドアンを無効化さえできれば問題ありませんから」
「エル・ドアンか、あ奴も何を考えておるのかよく判らないやつじゃな」
「何かありましたか?」
「いや、儂の前ではほぼ何も喋らなかったので何も判らなかっただけじゃ。もしかしたらルキアの支配下にあったのかも知れん」
あのエル・ドアンがルキアの支配下に?もしかして魔法使いとしてはルキアの方が上ということか?
「師匠から見てルキアはそれほどの魔法士でしたか?」
「いや、それも判らん。ただあの娘の眼を見てはいけないと儂の直感が言うので、それだけは気を付けておった」
師匠が目を見れない、目を見たら精神支配されてしまうほどの魔法士ってことか。可愛い顔してとんでもないな。
「とりあえず、そこに隠れている男を今日だけでも拘束しておきましょうか」
ダンテの提案でさっきの男を一旦拘束することにした。ここで解放した後に、金を貰っているからと言って真面目にケルン側の作戦を完遂されても困るのだ。
「では一旦本営に戻ることにしましょう」
遠征軍はルスカナから少しケルンに向かったところにある平原のルスカナ側に本営を置いていた。ルスカナとケルンのちょうど中央付近だ。
「戻りました。水攻めの件はちゃんと阻止しておきました」
遠征隊隊長ロメス・ドムに報告だけするとすぐに自分たちに割り当てられた天幕に戻った。そこにはキサラだけが待っていた。
「どうでしたか?」
本当の事を話すかどうか迷ったがダンテに任せることにした。
「ああ、水攻めは阻止したよ、くわしくはダンテに聞いてくれ」
ダンテは捕まえた男を預けに行くのと主人であるマシューに報告に行っている筈だ。
「そうでしたか、よかったですね」
キサラは水攻めが阻止出来た事だけで満足しているようだ。エル・ドアンのことは気にならないのだろうか?
「それよりキサラ、今はなんともないか?」
キサラもルキアの精神支配下にある可能性は捨てきれない。
「えっ?身体は何ともありませんが」
身体では無くて青心なんだが、それを言っても本人には自覚がないから無理か。
「そうか、よかった」
俺はそれだけ言って誤魔化した。いずれにしてもこれ以上キサラに負担を掛けたくはない。
ただ問題はまだキサラがルキアの支配下で戦闘中の重要な場面で何か決定的な役割を与えられているかも知れない、ということだ。
「でもここに居ても危険なだけだ。ルスカナに戻っていて欲しい」
そもそもなんでキサラを戦場へ連れて来たんだ?まあ、またルスカナで人質に取られてしまう危険があるから、ということか。斎藤正信あたりに見つかったら大変だ。
「それか、この天幕からは絶対に出ないことだ」
師匠に頼んで結界でも張って貰おうか、とも思ったが結界魔法は入れるけど出られないパターンと出られるけど入れないパターンの二種類しかない。この場合どちらが有効なのか。
また誰かに攫われないように入れないパターンを掛ければキサラの意志で簡単に出られてしまう。
キサラが外に出られないようにすると誰かが自由に入ってきてしまう。
「やっぱりルスカナに戻った方がいいかもな」
戦闘が始まってたてからも人員を割いてルスカナで何かの工作をしている可能性は割と低い気がする。あとは誰がキサラをルスカナに連れて行くかだ。信用・信頼できる者がいればいいんだが。




