第9章 絶対防御の章 第129話 何か重要なことを忘れている気がした
「でも師匠、ゼノンに近づけないのでは?」
「それは、しまった、あのオメガという魔法士を使うつもりじゃった。あ奴目どこに行ってしまったのか」
師匠やダンテも隠蔽魔法は得意だがオメガはその上を行く。多分アステアで一番じゃないか?
「ダンテはもうこの辺りには居ないでしょうね」
「うむ。向こうにも手練れの魔法士が何人も居る。儂やお前の隠蔽魔法が通用するかどうかは掛けになってしまうの」
そもそも俺の命を掛けて勝ちを得ようと言う作戦だろうに。
「いいですよ。俺が行きます。でもさっきから自分に絶対防御魔法を掛けているのですが、相手に掛けるってどうすれば?」
何度も練習はしたが自分に魔法を掛ける練習しかしていない。師匠には掛けられないからだ。
「それは考えてなかったわ」
ええええ、そんな行き当たりばったりなのか。まあ魔法も付け焼刃だから仕方ない。
「直ぐに解除するので師匠で試してもいいですか?」
「わっ、儂に掛けると言うのか」
「ええ。でも多分この魔法は自分の周りにしか絶対防御空間を発生させ事が出来ない様です。ですから魔法を掛ける時に師匠の身体の一部を持ったまま使えば師匠も含めて絶対防御魔法が掛けられるんじゃないかと」
師匠す露骨に厭な顔をしたが、やれやれという表情に変わった。
「まあ試してみないことには判らないわな。仕方ない、一回それでやってみるがよい」
流石は師匠、肝は据わっている。
「では行きますよ」
そういうは俺は師匠のローブの袖を掴んだまま無詠唱で絶対崩御生魔法を自分に掛けた。
「おおお」
師匠が驚きの声を上げる。本来俺の身体の周りに絶対防御の膜の様なものが視覚的にも見える様になるのだが、師匠の袖を持っていることでその膜が師匠を包みかけ
「うわっ」
駄目だった。失敗だ。やはりこの魔法は俺の身体の周りにしか張れないらしい。
師匠の身体を包むかのように一旦伸びた膜のようなものは俺の手の先少しの所で師匠のローブを破ってしまったのだ。
「駄目じゃの。これは脅しでは使えんということか。絶好の切り札じゃと期待したんじゃがの」
ケルン側の首謀者であるゼノンの所まで隠蔽魔法で忍び込んで絶対防御魔法で脅す、というのが師匠とダンテの考えた一番誰も死なない作戦だったらしい。
「絶対防御は絶対防御、一応覚えたんですから、どこかで使いますよ、息が続かなくて苦しいですけれどね」
「そうじゃな。ではとりあえずエル・ドアンとやらを止めに行こうかの」
絶対防御魔法を使った作戦は諦めて普通に戦いを終わらせることにしたのだ。取り急ぎエル・ドアンが関わっている作戦は止めないと遠征軍側に多大な犠牲者がでる。
俺と師匠はキサラから聞いたエル・ドアンの大体の居場所を探した。いずれにしても川の上流だ。水が堰き止められる箇所はそうそう無い。
「このあたりかの。儂にもマナの量を感じ取れる能力があればよかったんじゃが」
やはりマナの量を感じ取れるのはレアらしい。ダンテは本当に凄い奴だと再確認した。
「あ、師匠、あそこです」
俺はエル・ドアンらしき人影を少し上流で見つけたので小声で師匠に伝える。
風は上流から下流に向かって吹いているので気づかれ難い。
「二手に別れましょうか。俺は上流まで回って声を掛けます。師匠は下流から近づいてエル・ドアンを拘束してください」
大雑把すぎる作戦だが急な事なので仕方ない。俺は遠回りして人影の上流へと向かった。
「あれ?」
何かが俺の頭を過ぎった。何か大切なことを忘れていないか?
だめだ、こんなタイミングでは思い出せるわけがない。この戦いが終ってからでも、ゆっくり考えてみよう。
俺は気づかれないで人影の上流へ辿り着いた。声が届く所まで近寄る。
「おい、エル・ドアンじゃないか!」
師匠にも聞こえる様に大声で叫ぶ。
「だ、誰だ?」
え?エル・ドアンじゃない?
師匠が拘束に成功した男はエル・ドアンではなかった。
「なんじゃ、エル・ドアンではないとな?ではこいつは誰なんじゃ」
その回答は俺は持っていない。本人に聞くしかない。
「えっと、突然ごめんな。君はエル・ドアンじゃないよな?」
「エル・ドアン?誰ですか、それ」
年恰好はエル・ドアンに似ているが全くの他人だ。
「悪いな、人違いだったわ。師匠、拘束魔法を解いてください」
「それではお前は誰なんじゃ。ここで何をしておった?」
確かにこんな場所にエル・ドアン以外が居ることに違和感がある。拘束を解いたがその男の正体は聞く必要があった。