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第8章 戦乱の兆しの章 第117話 戦乱の兆しⅡ⑨

 俺とノート、サシャはルスカナの普通の宿に滞在している。豪奢ではないがボロ宿でもない。飯もまあまあだった。


「コータロー様、お客様がお見えになっていますがどうされますか?」


 宿屋のメイドが部屋に来てそう告げた。


「お客様?誰だ?」


「それが商人のキー・ロンと仰る方なのですが」


「キー・ロン?」


 俺はその名前を前に聞いた気がしたがイマイチ思い出せなかった。まあいい、とりあえずあってみるか。


「判った、今降りて行くから待たせておいてくれ」


「コータロー、誰が来たの?」


「判らない。商人らしいんだが、まああって確認してみるさ」


「大丈夫?僕も一緒に行こうか?」


「大丈夫だ、ノートはここで待っていてくれ」


 俺は同室のノートを置いて階下へと降りる。確かに受付の前にあるテーブルに初老の商人っぽい男がこちらに背を向けて座っている。


「おい、あんた、俺だコーターローだが誰だ?」


 男は振り向いて笑顔を向けたが一瞬で消えた。懐かしい友に会ったら別人だった、みたいな感じだ。


「えっ、お前さんがコータローさんだと?」


「そうだが、そういうあんたは誰なんだ?」


「そんな筈がない、コータローさんは少なくとも私よりは年上だったはずだ」


 ああ、そうか、最近はこの姿に慣れていて忘れてしまっていたが元の俺を知っている者には別人にしか見えない。となると若返る前の知り合いか。


「俺は魔法で若返ったんだ。コータローに間違いない。それでもう一度聞くがあんたは誰なんだ?」


「若返り?そうか、そんな魔法があるんだな。ではお前さんはサワタリ・コータローで間違いないんだな」


「だからそう言っているだろう。ちょっと待て、なんか思い出してきた。あんたあの時の店主か?」


「そうだよ、お前さんに手紙を書いてもらってケルンに逃げられたんだ。あの時は助かった。それで今はちゃんとルスカナとケルンの両方で商売をやらせてもらっているんだ」


「そうか、久しぶりだな。確か一回俺を殺そうとしたよな、色々と思い出したよ」


「待ってくれよ、そのことは謝ったじゃないか。お前さんには感謝しているんだ」


「まあ、無事で商売ができているのならよかったさ。それで今頃俺になんの用なんだ?」


 キー・ロンは前にルスカナに来た時手下を使って俺を殺そうとした、というか一回殺した主犯だった。そのことが有って俺は本来の寿命でしか死なないことが体現できたのた。


「いや、あの時の恩を返そうと思って待っていたんだ。お前さんの噂は商人仲間の情報である程度は判っていたから今回の遠征隊に居ることも事前に聞いていたのさ」


「なるほど。それで遠征隊がルスカナに着いたたから俺を探していたのか」


「てっきりウォーレン伯爵邸に居る者だと思ったから探すのに苦労したよ」


「判った、判った。それで結局俺を待っていたのはどんな用事があったんだ?」


「ここではちょっと。うちの店に来てくれるかい?」


「いいよ、今から行こう」


 俺は快諾した。まあ騙されてもいい、くらいの気持ちだから何も気にしない。


 キー・ロンの店は街の割と中心街にあった。今はラーザ・シキと名乗って店はシキ商会と言うらしい。ちゃんとした店だ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 番頭らしき男が出迎える。


「バラン、お客様と少し話をする、私の部屋には誰も入れないように」


「判りました」


「店のことは前お前に任せるから、くれぐれも邪魔をしないように」


「はい、判っております」


 少しは聞かされていたのかバランという番頭は怪訝そうな表情すら浮かべなかった。


「どうぞ、こちらへ」


「立派な店じゃないか。あの時の店とは比べ物にならないな」


「はい、お陰様で順調に商売をさせていただいております。何もかもあの時紹介状を書いてくださったコータロー様のお陰です」


 ロンは、今はシキか、シキはケルンでゼノンの手配で小さな雑貨店を開かせてもらったらしい。そこからは死ぬ気で頑張ったのだと言う。まあ50代のシキは身体には無理は聞かないだろうから色々と知恵は絞ったのだろう。


 商売は順調に広げられてケルンの店も大きくなりルスカナに支店も出せたのだという。俺のお陰と言うよりはゼノンの援助が大きかったのだろう。やはりそんなに悪い奴じゃないんじゃないか、ゼノンもシキも。


「では話を聞こうか」


 シキの部屋のソファーに腰掛けて俺は口火を切った。

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