第8章 戦乱の兆しの章 第114話 戦乱の兆しⅡ⑥
「それで首尾は?」
俺はさっきノート達に話した内容をボワール伯爵と師匠に説明した。『赤い太陽の雫』の件を省いて。ノートとサシャは少し怪訝な表情を浮かべたが特に何も言わなかった。よくできた子供たちだ。
「判った。細かいことはお前に任せる」
師匠に任されても本来はどうしようもない。今回の遠征隊に付いてはシータ王女が王族として全体の総指揮を執るのだが遠征隊の隊長は王都守護隊のロメス・ドム将軍だ。
そして俺たちが所属する魔法士部隊の部隊長はトリムネル・アンレス特級魔法士が務めている。この二人の許可を得ないと何もできないのだ。
シータ王女の身柄は親衛隊のサンドラ・ブルームに任せるとして俺や師匠が自由に動ける保証は今のところない。
「それで例の件は?」
俺は師匠に頼んでおいた件について確認した。
「ああ、まあ大丈夫じゃ。ちゃんと内容はワリスからベルドア公に伝えて貰っておる。シータ嬢が着いたらロメスとかいう将軍に話を付けてくれるはずじゃ」
「その点は私からちゃんと公にお伝えしましたから大丈夫ですよ、心配成されないでください」
俺が本来ボワール伯爵に頼みたかったことは俺や師匠が遊撃隊として自由に動けるようにしてもらう事だった。オメガの件は伯爵が気を利かせて公への頼みごとに加えてくれていたのだ。
「本当に助かります。キサラの件では俺が任させていたのに今危険な場所に行ってもらってしまって申し訳ありません」
「いいのですよ、あの子も君のお役に立てて喜んでいる筈です。強い子ですからきっと役目を果たして無事戻って来てくれることでしょう」
ボワール伯爵には何から何までお世話になってしまって感謝の言葉しかない。師匠の古木からの友人という事だけでは説明が付かない程の力添えを貰っている。
「そうですね。でも伯爵はどうしてそこまで俺たちに助力をしてくれるのですか?」
「それはあなた達がこの国の為に動いてくれているから、でしょうか。私は商人ですから国が繁栄すれば私どもも儲ける機会が増える、ということですよ」
ただそれだけでは無い様にも思うがあまり突っ込まないでおこう。
シータ王女を代表としたケルン遠征隊がシルザールに付いたのは翌々日だった。
遠征隊は総勢五千人。ほとんどが王都守護隊の剣士たちで魔法士部隊は20人に満たない。但しいざ戦闘となると魔法士部隊の力は圧倒的になる筈だ。
「遠いところお疲れ様でした」
俺はとりあえずシータ王女をで迎えた。ダンテとマシューも一緒だ。
「マシュー様、ダンテ様もお出迎えご苦労様です。少しの間お世話になります」
一通りの挨拶を終えダンテがシータ嬢をベルドア公の元へと案内する。俺は同行を求められたが当然丁重にお断りした。
「コータロー様でいらっしゃいますか?」
俺が城を出ようとした時、突然声を掛けられた。セリスの姉シンシアだった。
「お久しぶりです、本当にお姿が変わっておられるのですね」
「ああ、シンシアじゃないか。よく俺だと判ったな」
「少しダンテ様から聞いていましたから。それにダンテさまと一緒にシータ王女様とお話をされていたので多分そうじゃないかと」
「ああ、そうか。うん間違いない、俺はサワタリ・コータローだよ、久しぶりだな」
「はい。それで」
シンシアが俺に声を掛けて来たのだ、用件は一つしかない。
「セリアのことだよな。大丈夫、彼女はちゃんとジョシュアがある安全な場所で守っているよ。二人で暮らしているんだ、幸せだと思う。連絡もしないで心配かけてしまったな」
「いいんです。私に連絡をすることがあの子たちに迷惑を狩れてしまうかも知れませんので。それに居場所も言わないでおいてくれてありがとうございます。それを私が知ってしまったら、またそれが何かの火種になりかねないということですね」
「まあ、そこまで考えていた訳じゃないんだが。でも確かに羅リスの居場所を知らない方がいいんじゃないかな。何かあったら向こうからシンシアに連絡が来ると思うから、何もなければ無事に暮らしていると思って居ればいいんじゃないかな」
「そうですね、判りました、ありがとうございます。またよければお話ししてもいいですか?」
「居ればこの城に居る時ならね。で、ここでの暮らしはどうなんだ?」
「公爵様にはよくしていただいております、ただ」
「ただ?」
「いえ、何もございません。忘れてください。ではまた」
シンシアはそそくさと去ってしまった。何かを言いかけて止めたのは間違いないが、聞いてはいけないことだったのだろうか。
遠征隊一行はシルザールで一旦休息し補給をしたうえでシルザール守護隊の一部約100人とマシューたちを連れて出発する予定だ。
シルザール守護隊はマシューの護衛の側面もあるようだ。ベルドア・シルザール公爵が大切にしている配下の特級魔法士を派遣するのだ、護衛が居ても可笑しくはない。
ボワール家に戻ると早速ノートが話しかけて来る。
「シータ様、無事御着きになられたのですね」
「そうだな、元気にしておられたよ」
「僕と一つしか違わないのに、ご立派です」
そうか、ノートとシータ嬢はほぼ同じ歳なんだ。ということはこの遠征でお近づきになったらもしかしたら。
「今度正式に紹介してやるよ」
「えっ、そんな恐れ多い」
ノートは満更でもない様子だ。サシャが居ないのを確認しているので、少しは意識しているのかも知れない。




