第95話 空!
小狡い。
だけれども、何て嫌らしくも恐ろしい。
国に何かとんでもない災いがあれば、王は仕来りに従い儀式を行うかもしれない。
生贄を、白い子を使う儀式を。
そうなれば高確率でベニユキさんが使われる。
皮肉にも兄が有名なおかげで、ベニユキさんが白くあるのも有名だったから。
そうなればランエイさんはどうなるか。
最愛の片割れを失い、力を無くすか。
それとも、片割れを国に捧げて獣王の座に着くか。
タキさんは、親友でもあり好敵手と――ランエイさんが言ったとおりに、彼のことを良く理解していた。
ランエイさんは逃げる――捨てた。
国を。
その獣王候補の筆頭であった地位さえ捨てた。
すべてを天秤に載せて、弟の方を選んだ。
それはタキさんの予定通りに。計画通りに。災い――奇病も上手く起きた。
そうしてランエイさんの一族は力を無くし、かわりに己の一族が有力候補に挙がる。
時期を見て、絶妙なタイミングで己が奇病の謎を解明する。
そこでタキさんはミスをした。
そのタイミングを計っていたら、早まった奴等が新しい生贄をと急かし――リョウガを見つけてきた。計り間違えたのだ。
そうした声が高まったせいで。
国政にあまり興味なかった桑呀の一族が、まさか。
そこにリョウガをもってきた。
ベニユキさんと同じく、以前から「白」として名前が挙がっていた子を。
もしもリョウガのことが無ければすでに病の理由を発表して、彼が獣王の座に就いていてしまったかもしれない。母の愛は、その時点ですでに国を救っていたというわけだ。
母の凄絶なる愛を理解できなかったタキさんは焦ったが、まだまだ彼の予定のうちだった。
桑呀の一族が王座に興味がある様子がなかったからだ。
シュンレイさんの目的はリョウガくんの名前を残すこと。そして白いものたちの存在の改善だ。
タキさんはそれを取り引きに使う計画に変更していたのだ。
計り間違えたその答えすらもまたランエイさんが知って、帰国までしてきた。
だがランエイさんたちが帰国してきたのは、逆に彼の長年鬱積した望みを叶えることにもなる。
長年、次席につかされたその恨み――憧れ。
ベニユキさんを今度は枷にして、ランエイさんが逃亡した罪は消えないからだ。その罪があるうちはランエイさんが候補に戻ることはない。
自分が獣王になったら何かしら恩赦を出して、ランエイを王の配下として扱うことは何という楽しい想像だったろうか。
他国に傭兵として顔の利く桑呀の一族にも、今後はリョウガを英雄視して語ることで貸しを作れる。
なんて小狡い計画。
だからリョウガくんが先に贄になったときに、彼はベニユキさんを護るように止めたのか。
内心で嗤いながら。
リョウガくんで病平癒の願いを獣王が叶えるなら、それはそれで。
先にベニユキさんを贄にして病平癒を祈っていたら現状はまた違うことになっていただろう。
もしかしたら私たちは間に合わなくて、獣王コウランもまだ、生きていたかもしれない。
その時は、間違いなくランエイさんだけは――だけでも、折れた。
それはそれで、また違う満足をタキさんだけが得られた。弟の死を優しく慰め、労ってやることもまた優越感を味わえたはずだ。
しかしタキさんの予定や計画は、ここで止まった。
リョウガくんもベニユキさんも無事。
獣王がまさかの願望を、最後の最後で優先してしまったからだ。
獣王もまさか、自分の若返りたいという願いが。タキさんの計画を邪魔したとは思いもしなかっただろう。
そして残ったのは、仕組まれた病であることを身をもって明らかにするランエイさんと、ロザリーさんからも聞いていたのにそれを握り潰していた――そもそもが、それを広めたのは自分であったと明らかにされたこと。
彼はもう獣王候補ではない――罪人だ。
「お前が、お前たちが来なければあ!」
「ひとに責任転嫁ぁ、するんじゃないわぁ!」
そして一番の予定外は。
私の存在。
「っ、クソが……っ!」
若武者のようだったメッキが剥がれてきているぞ。
そんなのだから失敗したのだ。
ざまぁみやがれ。
だからメッキ剥がれた彼には、もうそれしかなかったと私たちも、直ぐに。
――逃亡だ。
彼は素早く駆け出した。
この半地下な儀式の間には、何ということか逃亡するルートが幾つも。
一つは私たちが抜けてきた地下牢からの道だけども。
それよりも確実な、簡単に外に出られる――穴が。
「あ」
桑呀の誰かがそんな間の抜けた、そしてしまったていうような。そんな「あ」て声を。
壁を、彼らがぶち抜いて来ちゃったから。
そして彼らは長であるシュンレイさんと一緒にリョウガくんの方に来ちゃってたから。
穴、誰も、いなかった。
「くくはははっ、間抜け共め!」
タキさんのその言葉、本当にね!
反省!
彼は悠々とそこから逃れる。
もちろん私たちは追いかけますともさ。
……私をすかさず拾ってくれたロザリーさんに感謝。もう普段からの慣れですね。
そしてタキさんのその機動力を、私たちは思い知る。さすが獣王候補、その次席。
速い。そして……――。
私たち――追いかけてきたのは私を抱えたロザリーさんとお供のガロンとゼノン。
ゲンヤさんと、シュンレイさんに命じられた桑呀の精鋭の数人。出入り口の穴を護るの忘れてたと反省なさってた。でもみんなリョウガくんが無事だったの嬉しかったんだからしょうがない、しょうがない。
そしてランエイさん。
儀式の場はシュンレイさんにお任せしたら良いだろう。桑呀の長である彼女なら、あの場に残っていた獣王の配下たちにも対応なさるだろう。
そして、ヒョウカさんは。
彼は間接的に教え子の敵であるタキさんを追わねばと顔をあげたけど、すれ違いざまの私の視線にまた眼を伏せていた。無理をするなと、私の言いたいことはそれで伝わったようだ。
ベニユキさんがそっとそれに付き添うのも見えた。彼は優しいから任せて大丈夫だろう。
どれほどの辛さか。またすぐ分厚い眼鏡に隠された目からはわからない。
ここは獣王国の、その王城であると改めて。
タキさんに何を言われたか何人か兵士に妨害された。警護のひとたちにしてみたら私たちが侵入者なのは確か。
先を行くロザリーさんと、ポーションで完全復活したランエイさんの敵じゃなかったけれど。
二人がすれ違いざまに当身を加えるのが凄すぎて。二人は何も知らない兵士だから手加減しなさっているからさらに凄すぎ。
「……仕事がない」
後ろでちっちゃくつまらなさそうにつぶやくおじさんの声をペンギンイヤーは拾ったけど。ガロンとゼノンは、ここはおとなしくね。魔物の二人がはぐれたら大変だし。
うん、ペンギンも仕事ありません。
桑呀の皆さまがぶち抜いた壁は、すぐに外に繋がって。
タキさんが鷹の獣人であることを私たちは忘れていたわけではなかった。
だから、それは予想はしていた。その前に捕まえたかった。
彼の逃亡ルートは――空。
「タキぃッ!」
ランエイさんがその手を、爪を伸ばした――が。
「くは……はははは……っ!」
タキさんが大地を蹴り飛びあがる。
広がるその背の翼。
翼は爪を寸前で逃れた。数枚の羽だけがその場に舞っただけ。
嗤い声を上げながら彼は逃れていく。
他にも鳥の獣人がいないこともなかったが、その場にいるのは城の兵士たち。彼らは先ほど壁をぶち抜いて侵入していった桑呀の傭兵たちがまたそこから出てきたと、むしろこちらを警戒している。
「逃げるなぁ!」
私のドラゴンの圧に彼は耐えた。死に物狂いに逃げるものに、まだ覚悟を決めたばかりの半端なドラゴンの圧では届かなかったのだ。
クソぅ! 空!
私がどれほどその翼が羨ましいか!!
「覚えていろ! 俺はまた戻ってくるぞ! 俺こそが獣王に――」
「……む?」
ロザリーさんはその間に私をゼノンに預けて、近くにいた兵士から槍を奪いとっていた。彼女は判断早い。速攻で投擲に攻撃を切り替えなさっていた。
「ぺ?」
だけれども彼女が槍投げのように構えた――のを降ろしたことに、私が「?」てした時だった。
哄笑をあげながら空に飛びあがっていたタキさんが悲鳴をあげた。
そして落ちてきた。
――ピィイイアアアアア!!!
そのさらに上空から襲撃してきた、三つの影とともに。
おまたせ!
(今回のは後日白状させたお話も含みます)




