第92話 ごめんなさい。
「……先生」
すごく穏やかな、呼びかけだった。
「……お会い……したかった、です……」
彼自身、自分にもう、残り時間がないと理解しているのだろう。
これは彼自身に返ってきたことだ。もしも儀式をしなかったら、若返りたいだなんて、思っていたことに――手を出さなかったら。
叶ってしまう方法が、彼には、獣王というものにはあってしまったことが……。
なんて愚かな……とは、鞭打つようなことを言いたくはない。
彼はもう、このわずかな時間しかないから。
師との最期の時間だ。
「ああ、コウラン……」
だからヒョウカさんも、もう教え子を叱らない。その目はものを言うように、声音に、教え子を愚かと、馬鹿なことをと、悔やむ色を乗せているが。けれどもそれより大きい哀しみで覆われている。
「また、旅をしたかったです……」
「うん、どこに行きましょうか……」
「海みたいな湖……滝がすごかったの……」
「虹がかかって、すごかったですね」
「ああ、砂漠の、大変だったけれども……夜の星が、すごくきれいで……空が落ちてくるみたいで……」
「すごく寒かったけど、美しかったですね」
「温かいお茶……飲んだら眠れて……」
「……うん」
「……先生となら……」
もう彼は、永遠に眠る。
ヒョウカさんの頬に、彼は最後の力を振り絞って手を伸ばした。
「先生となら……何処へでも……お供、を……したかった……」
ヒョウカさんの眼鏡が落ちる。それは力を無くした獣王の手とともに。
そこには恐ろしいほどの美貌があった。
艷やかな黒髪に、同色の深い睫毛に彩られた影のある金色の瞳。その切れ長の双眸は涙に濡れて、まるで宝石のように。
神が造ったのではないかとも見るものを惹きつける美貌は、造り物ではない証に涙を流して、その頬を伝い形良い顎まで濡らしている。
獣王が――獣人の頂点が惹かれ続けたものが。
獣王に選ばれる基準に強さと賢さと、そして美しさがあった。
それは獣の性質でもある。
毛並みの美しさ、模様の鮮やかさ――そしてその存在そのものを。
竜人は、美しかった。
獣王が、また共にありたいと希うほどに。
「先生と、また竜を探しに……」
「ああ、コウラン……」
竜。
ヒョウカさんの旅の目的。
それは――竜。ドラゴン。
――それは、ここに。
ヒョウカさんの瞳を見て、獣王はふと哀しそうに微笑んだ――けれどもどこか嬉しそうにも。
彼は最期に、自分の傍らに来た人間の冒険者や魔物たち。そして私を見て。
ドラゴンを、見て。
彼は、やはり「王」だった。
彼は私のことに気がついたのだろう。あの呼び出したものさえ従う存在に。
獣王はヒョウカさんが言えない言葉を察したのだ。
彼の旅は――目的は見つかった。
もう、旅に出ることはない。
獣王は「良かった」と、微笑んだ。
「先生、良かったですね……」
彼はあれほど望んだ旅が終わったことに哀しむことなく、師の望みが叶ったことを喜んだ。
ああ、本来の彼は。
本当に良い子で、良い教え子で――良い王だったのだろう。
――何故、狂って、こんな最期を。
コウランは美しさに惹かれただけでなく、ヒョウカさんだから慕って、共にありたいと願い続けたのだろう。
王のような存在が、ただ美しいだけに惹かれるわけがない。
コウランがヒョウカと共に過ごし、旅が、その苦労すらどれほど美しかったか……なのだから。
獣王コウランは最期に。
師の腕の中で。
「ごめんなさい」
小さく謝り――永遠の眠りについた。
コウランは人間換算10~17歳くらいまでヒョウカさんが竜の情報得て旅をする時のお供をしていた設定です。影響受けまくる年代ですね。
まだ薄っすらにおわせしかしてませんが、竜人ヒョウカさんは…強いです。コウランが憧れたままに。
…。
男の方は女の方以上に強いものに惹かれるものなのだと、私のバイブルにもありましてな…。私に影響あたえまくりであり(わかる方は握手)
…さて。ドラゴンモードで冴えているペンドラは、もう一つ気がついてます。




