第91話 色の分。
リョウガがその橙色の目を開けたと同じくして。
ロザリーさんと文字通りの火花散るほどの攻防を繰り広げていた獣王は。
獣王と選ばれる条件の一つが単純に個の強さもあるように、人間のなかでも強者な白銀等級にある冒険者と互角以上の強さであった。
ロザリーさんが後から「防戦一方だった」と、ご自分もまだまだと言ったくらいに。ロザリーさんが圧倒できたのは獣王がその若い身体に慣れるまで。若返った身体に慣れてきた獣王は、まさに「王」に相応しい強さであったと。
身体の強さしなやかさ、そして速さ。
その獲物が短刀ではなく、彼が本来若い頃に愛用していたものであったらどうなっていたであろうか。
そんなことを言うロザリーさんも、やっぱりとんでもないひとだと、私は思うんだけどね。
けれども、獣王とロザリーさんの勝負は「横槍」が入った。
私だ。
「――!?」
――ギィンッ!
最後の一撃になるはずの、その勝敗は。
一際大きな火花を散らして――短刀が飛んだ。
その火花。短刀は特殊な金属でも使われていたのかと――私を抱くゼノンの足元に滑るように転がって来たのを見て。二人がやり合っている間にそれは血も飛ばしたのか、きれいになっていた。
ただ、柄が鈍い黄金造りの古い短刀だ。
どうしようかと思ったけど、また拾われて振り回されても厄介だと、私は一瞬悩んで――自分の空間に閉まっておいた。いつかの指輪のように。あとで誰かに返せば良いよね。
その時はそう思って。
そう、私の横槍で。
「……あ」
獣王は手から弾け飛ばされた短刀に、信じられぬと目を見開いた。
そして、彼は己の手を見る。先ほど、若さを確認したように。
今は、その逆。
彼はロザリーさんに短刀を飛ばされた理由を。
その手が、腕が――身体が。
力がなくなったことを。
また、元の年老いた身体に戻ったことを。
「あ……あ……」
声もまた年老いて、いや、戻っていく。
髪も美しい蒼銀から、色の抜けただけの白い髪に。それは白い子たちとは意味の違う白さ。
肌も艶がなく、皺も刻まれていく。
老いた狼の獣人……老いても、それでも歳を重ねた故の美がある狼の。
それが獣王コウランの本来の――現在の姿。
私の横槍。私が戻せと言ったことで。
あれはリョウガから奪った若さをコウランに移していたのだろうか。だからリョウガが戻ったことによりコウランも、また。
そう考えると一番まとまる気がする。
そして色をつけて、あれは戻してくれた。
その色の分は?
コウランの本来まだあったはずの命を――代わりに。本来の残りの寿命を。
「コウラン!」
ロザリーさんは剣を収めた。
獣王が愕然と手を見た後に、もう立つこともできずに倒れてしまったからだ。
そんな彼に駆け寄ったのは――駆け寄れたのは、ヒョウカさんだけだった。
その場にいたコウランの配下や犬科の獣人たちすらも、何が起きたのかわからなくて言葉なく動けないままだった。
シュンレイさんたち桑呀の皆さんも同じく。ロザリーさんとの攻防中もかたまっていたけど、ハッとしてシュンレイさんとゲンヤさんは祭壇のリョウガくんを見て――二人は目を潤ませて彼に駆け寄っていた。さすがに二人は身体が動けるようになったみたい。母は強し。おじさんも。
駆け寄り、二人はリョウガくんの瞳にびっくりしている。
私たちは……私を抱っこしたゼノンは今度は獣王の方に。
ロザリーさんが気がついて一つ小さく頷いてくれた。彼女には、私がやったと解ったみたい。
ロザリーさんはあの森の当事者で、あの時はある意味リョウガくんの位置にいましたものね。
私としては、生贄あれこれがあの森とおんなじようなとは、思って――いや、薄っすらとは思ってはいた。
世界の神話や伝承、お伽噺や言い伝えて、どこか似通ったところもあるし。
エジプト神話と日本神話も似てるし、そうそうピラミッドの謎とか。
だから、もしかしたら、と。
あの森の国と遠く離れた獣王国も。
でも本当に生贄に捧げられてる子どもを見た時は……。
ドラゴンに傾いていたから、なんとかなった。
日本人のままだったら、無理だった。
子どもに酷いことは、しちゃいけないよ。
でもあの森と獣王国のあれこれ。
同じなのはどうしてだろう。
呼び出されていたのは、私からの命令が終わったらもう消えていた。
リョウガくんを戻して――獣王の願いを無かったことにしたから。
そういうものだったのかな?
森の時もそんな感じだったし。
エリナさん自身を贄として、あの森は今はどうなったのかしら。
そんなことをふと思ったけど、今は目の前の問題が。
獣王が、先だ。
獣王コウランは残りの命を奪われた。因果応報、募穴を自ら――と、言いたくはない。
だって、それをしたのは私になる。まさか獣王からとは私も考えていなかった。
でも状況を見たらそれしかなくて。
「……コウラン」
言いたくはない理由はもう一つ。彼はヒョウカさんの大切な教え子。
大切な。
そんな存在にこれ以上酷いことは言いたくはない。申し訳ないけどシュンレイさんやゲンヤさんたちの方にも言わせたくない。
「せ、んせい……?」
ヒョウカさんに抱きしめられて、コウランは小さく笑った。
それは皺のある老人だけど、先ほどの若く美しいものより、さらに幼い少年のような、笑みだった。
こちらに、救いは…無く。
コウランがまだ若く獣王に選ばれた頃の時代はまだこれほど獣人たちが仲は良くなく。種族や部族での争いが多々ありました。
ヒョウカさんの教え子であり、世界をみてきたコウランだから。彼が王だったから、獣人同士の垣根も低くなりました。
自分の後継者たちを時に共に学ばせたり、切磋琢磨させたのもそのため。新しい獣王候補たちを、これからの獣人たちの未来のために。
良い、王様でした。




