第87話 …どうして?
ガロンに案内される桑呀の皆が、私たちに追いつくのは想像以上に早かった。
城内に押し入ることになるかもしれないとは、前もって予想して相談していたけれども。
ガロンからこちらのことを、ロザリーさん経由で聞いた桑呀の皆さんの臨機応変力が素晴らしい過ぎたのがある。さすが傭兵部族。
彼らはガロンの案内に――そう、私のいる方角を、最短ルートで。
壁や塀をぶち抜いて。
傭兵部族でもあるけど、そういえば猪の獣人さんたちの一族が、まずありました。猪突猛進、これ極まり。精鋭の皆さんは全員体格も素晴らしく。タックルや正拳連打でぶち抜きまくったとか……。
あとからそうして最短ルートを作ってきたと聞いて、ポカーンとした私、仕方ないと思うのですよ。ロザリーさんも止めるどころか、ガロンの「あちらの方に気配が……あ、曲がられました」など、せっせと通訳なさっていたと聞いて、そういやこの人も何かと良い性格で反応早いんだったと。
だから、彼らも最悪を目にした。
もう儀式が始まっているかも……と、最悪も相談していた。それを阻止するが、第一目標で。
それができなかったときのことは――話さなかった。本当は、しておかなきゃならなかったんだけど。
失敗しちゃいけなかったから。
子供の命がかかっていたから。
しかしその子は――祭壇に。
祭壇に、捧げられた。
私たちが通路を通って、その部屋の警護をしていた兵士をランエイさんが素早く昏倒させて。扉を開けたとき。
非ルートを通ってガロンたちが壁をぶち破ったとき。
力なく床にうずくまり涙を流す、私たちが追いかけてきたもうひとりの白い贄。
彼がこちらを、片割れの兄を見てその無事な姿に一瞬目を見開いて喜んだが――すぐに目を伏せ、また哀しみと自分の力及ばなかった悔しさに涙を流した。
私たちが押し入ったとき、終わっていたのだ。
――響くのは、母の悲鳴。
その声に振り返るのはひとりの獣人。
左手にある儀式に使われた短刀は血に濡れ。彼の袖もまた赤く染まっていた。
それが獣王そのひとであると、誰に言われるもなく、私にもわかった。
――美しい。
獣の王となるには強さが、まず第一に。そして美しくあることも必要なのだろう。それは、獣の性として。
青みを帯びた銀色の毛並みの、金色の瞳の狼の獣人。
それが現獣王。
けれども。
私たちは一様に驚いていた。
「……コウラン?」
桑呀の皆と行動していたヒョウカさんが、どうして、とつぶやくように。
それは――。
青銀の長い髪は煌めくように艶があり、流れるような双眸の長い睫毛もまた煌めき。
薄い唇は静かな笑みを浮かべながらも、血色よく紅が塗られているようで。
染みも皺もない肌はまるで――二十歳の生娘のような張りを。
――若い。
獣王はもう年老いていて。
だから交代の時期となっていて。ランエイさんたち若手の候補を立てて、新たな政権交代の、各部族の戦いなのだと聞いている。
現に今こうして城の中で幅を利かせているのは狼の獣人たち。そういえば門番は犬の獣人さんだった。そうしたコネや繋がりもあるのだろうか。まぁ、あの門番さんはちゃんとしていたから違うかもだけど。コネだとしてもちゃんとしてるなら別にいいやな。
しかしその狼の獣人たちも驚いているようだ。
獣王は――若返った。
それを見ず知らずの私も理解した。
獣王コウランは――贄の儀式で、若返りを願ってしまった、と。
……どうして?
ヒョウカさんだけでなく、皆もそう思っていた。
だって獣王は、この国の為に、贄を捧げて……病平癒を願うはずだったのだから。
ふと、私はランエイさんを見た。弟に駆け寄り、守る彼を。
彼は獣王を辞退した。
彼は、家族を、弟を優先してしまうから。
ならば、獣王は――。
「……先生」
コウランも当然、壁の破壊音と飛び込んできた皆に気がついて。母の嘆きに振り返り。
そんな彼の視線は、呆然としている――竜人に。
彼の、かつての師に。
つぶやくように呼ぶその声もまた、若かった。
佳境です…。
 




