第81話 やだ…うちのお供、優秀すぎっ。
「……儀式は、いつ始まるんだ?」
ゲンヤさんの問いかけ先はシュンレイさん。彼女は首を横に。
「それはまた城から告げる、と……」
まさかシュンレイさんを儀式から外さまいとは思いたいけど……。
「いや、ランエイが逃げた前例がある。そして先生の留守に、こんな急に……もしかしたら……」
ヒョウカさんは獣王の師でもある。そんなお宅に押し入るなんて。
「……母御やお身内には、報せないかもしれぬな」
ロザリーさんはシュンレイさんとゲンヤさんを見ながら。この二人がどれほど……忘れ形見であるリョウガくんを大切にしているか、この短時間で私たちにもわかるというもの。
ヒョウカさんが留守だというのは、庵にかけた術を強行突破されていることから、相手も解ってのことだろう。
獣王の師でもあるところだから、と――ゲンヤさんがランエイさんたちを匿う場所にしたのは、それが理由だったと私たちも先ほど解って。ゲンヤさんがきちんと考えていたことに。猪突猛進だけではなかった、ゴメン。
師の住まいに、そこに居るものに、まかりなりにもそんな無礼はしないだろうと。
……だけども、彼らはそれをした。
「……まさか」
そして、リョウガくんも。
直前になってシュンレイさんがランエイさんのように心変わりすると危惧された故に、先に城にと呼ばれたならば。
彼女に報せず儀式を行うかもしれない。
「あ……ああ……」
シュンレイさんは、もうお子さんを贄にするつもりはない、のだ。
私たちの話を聞いて、その気を変えた。
図らずも城のものたちが危惧したように。
「こんな、ことに……」
崩れおちるシュンレイさんにかける言葉に悩む。
「儀式の場が、白いものたちがどこに連れられたかわかれば……」
ゲンヤさんも甥御さんと、そしてすっかり知り合いになったベニユキさんを案じる。
そうだ、どこに連れ去られたか解らないことには……っ……。
お供のふたりも私たちの様子で、嘆くシュンレイさんが、彼女がベニユキさんと同じ白い子の母であると察したようだ。ゲンヤさんの話を昨夜彼らも聞いていたから、そこから彼女が獣王になるために――ある意味、我が子のために王になろうとしたひとであるとも。
哀しい、しかし凄絶な母の愛。
でも今ではやはり我が子を失いたくないと、考え直してくれた。
その様子に。
――ならば。
この場で話しても良いだろうとガロンは判断し、ゼノンの背中を肉球で優しく押して促してくれた。
「双子のおふたりの掠われた場所ならば、解りまする」
――と。
「ぺ?」
「何と?」
私とロザリーさんがくるりとお供に振り返ったことに、部屋にいた皆さまは驚く。でも説明はあとまわし。私たちもまだこれからなんで!
「ゼノン? それはどういう……」
「はい、私の糸を、とっさにふたりに縫いつけることができました」
「糸?」
それはゼノンの、一角猩々の技。
彼らは魔力によって紡いだ細い細い糸を操る。
「私の糸は、私の魔力が続く限り、切れません」
それはよほどの妨害がなければ魔力が続く限り。彼が自ら切らない限り。
「おふたりが掠われたときに、助けに向かうならば居場所を把握しておかねば、と……」
やだ、うちの子、優秀すぎ!?
「ゼノン、偉い!」
まさに蜘蛛の糸!
いや、猩々だから蜘蛛の糸と違ってどちらかというと紡ぎ糸みたいな感じらしいけども!
ギリシャ神話のアリアドネ?
同じ魔力の繋がりだけども、私に繋がっている糸電話のとは似ているけど違うらしい。まあ、ほとんど一緒な説明になるらしいんだけど。
そう、まさに今、彼らは私との糸を手繰ってこの場に現れていたわけで。
ガロンは私とゼノンしか糸は繋がってないけども、ゼノンは今、ランエイさんとベニユキさんに繋がっている――という。
それがゼノンの能力だ。
ドラゴンの僕として進化し、目覚めた能力だ。
「猩々種の糸紡ぎに、そのような……いや」
ロザリーさんが気が付いて慌てて口を閉じた。
うん、たぶんこれ……ゼノンが進化したからですね。
並の魔物じゃ、並の猩々種じゃないうちの子です。
「つ、つまりその子の魔力の糸をたどれば……?」
説明を皆さんに。
「猩々種にそのような力が……」
「いや、一角猩々も珍しいが……」
一見獣人の子どもに見えるゼノン。シュンレイさんとゲンヤさんがまじまじと彼を見てる。だよね、気持ちは解ります。
ゼノンはそんな大柄な二人の視線にビクビクしてるけど、頑張って姿勢を正している。ドラゴンのお供として情けなくはできないと。それに今は自分がしっかりしなくてはと……本当に良い子。
「いえ、彼の特有の力のようで、他の猩々種にできるかどうか……」
さて、どうやって説明しようか。私にはこの世界の魔物の知識が少ないからロザリーさんが説明してくれようとしたんだけども。
「さすが竜、ドラゴンの僕、いえお供ですね! 素晴らしい! なればこその、いや、並の魔物であるはずがございませんね! それはドラゴンのお供に失礼というもの! ひいてはドラゴンに失礼というもの! 本当に素晴らしい! ベニユキくんの居場所がわかれば、リョウガくんの居場所もわかるかもしれません。素晴らしいですよ、えーと……ゼノンくん!」
熱量!
あ、いや。ヒョウカさん、ある意味グッジョブ。説明終わった。
彼は、ゼノンが私のお供として進化したことをきちんと理解してくれていると、察し。分厚い眼鏡の向こう、どんな表情をしていなさるかしら?
「いや、ドラゴン崇め奉っておるだけでは?」
……と、ロザリーさん、ツッコミ小声で優しい。
呆気にとられているのは桑呀のお二人も。
いやでも二人は改めてはっとした。
「そうだ、ベニユキの近くにリョウガもおるかもしれぬ」
同じ生贄だから。
「……なれば」
魔物の驚異は後回し。師の言うように、ドラゴンのお供ならば、それくらいあり得ると。
ゲンヤさんとシュンレイさんは顔を見合わせて、頷いた。
「むしろ、光明が見えたと感謝いたします」
改めて。
うちの子、優秀! それで良し!
図らずも成長期にいろいろなことになってしまったゼノンくんという…。




