第74話 竜人さんと獣王の今昔。
今、さらりと獣王て聞こえた気がするけど……気のせいかしら?
くりんと首を回してロザリーさんを見上げれば、ロザリーさんも「あれ?」て、私と同じような。
「失礼。今、獣王と申されましたか?」
私と目で会話したロザリーさん。確認のために彼女が問いかけてくれた。
竜人さんは「はい」とあっさりうなずいた。
「獣王もかつて私の教え子でした」
と。
獣王は五十年ほど昔に、ヒョウカさんの生徒だった。その頃も手習いとか教えていた。しかも彼の竜探しの旅に同行するほど、彼を慕っていたのだそう。
「あの子ともいろいろな処に出向きました」
「その頃、俺の親父殿とも一緒に旅していたんだっけ?」
つまりゲンヤさんには親世代。獣王さまはそれくらいのお年なのか。
「そうでしたねぇ」
懐かしさが彼の声に乗っている。
だけど私とロザリーさんはまた顔をみあわせちゃう。
「そ、それならヒョウカさんの方からこんな生贄なんてことを止めるように――」
教え子だったのなら。
伝手ができたと一瞬、そう思ったんだけど。ヒョウカさんの何とも言えない寂しそうな空気を感じた。
「……ここ二十年ほどは」
……あんまり関わりないそうな。
「昔は獣王になっても、息抜きだと、何かと近況報告を兼ねて会いに来てくれていたのですが」
ゲンヤさんのように。
だけどふつりと、二十年ほど前くらいから訪れがなくなったそう。
「でも今も、季節の挨拶など、便りはくれておりますよ」
字を見れば、教え子が、忙しい最中に文面をわざわざ考えて自ら書いてくれているとわかり。
「でも、会うのは無理だと……」
何度か、ヒョウカさんから元気だろうかと心配になり会いに行ったそうだ。こうしてゲンヤさんの一族に向かったりするくらいだから、ヒョウカさんは決して情がないひとではないのだと私たちもわかった。
でも、獣王からは配下の方により、丁重なお詫びで会えず終いだとか。
だからいつしか、ヒョウカさんも会うことはあきらめた。
便りをくれるだけでもいい。
獣王として忙しくなった教え子は、昔馴染みだからとしても、師だとしても、いつまでも「個人」に関わってはいられなくなったのだろう、と……。
それがきっと、王というものだ。
獣王国の民のうち、誰かを贔屓めいたことをしないよう――。
だから、家族を優先してしまうと自覚なさったランエイさんが、今はもう辞退しているのは。
そういうことなんだ。
「ええ、王として忙しいのは存じ上げておりますゆえに」
都にて、獣王の話を聞いて元気ならば良いとヒョウカさんは思っていた。
寂しいと思うのは、もう慣れた。
竜人は、長生きだから。
ゲンヤさんの訪問を許してたの、そういうことか。知り合いがこうして減っていくの寂しいよな……。
「まぁ、ただの民がそうそう会えるわけないし」
ゲンヤさんに慰められて、ヒョウカさんもうなずいた。
「俺も長の代理とかじゃなかったらお目通り出来ないし」
獣王国の一族の長クラスじゃないと、やはり王城にあがるのも、王さまに会うのも難しく。
ヒョウカさんは確かに元教師だけども、竜人は獣王国でも複雑な立場にあるとかで。何せ、数が少ない。
そうだよな、一国の王さまにそう簡単に会える方がおかしいや。アポイントメントとったり、いろいろありそう。
「ええ、むしろ教え子が獣王になったのだから、誇らしいです」
……そっか。
そういうことなら野暮な伝手にするのは悪いなぁ。
でも、私とロザリーさんはちょっと申し訳ないが、と。私たちは新しい情報を持っていたから。
「……獣王どのはお具合悪いと聞いていたが」
そう。タキさんから。
「何ですと……?」
するとヒョウカさんはそれは初耳だったとびっくりした。私たちも昨夜、ヒョウカさんの帰宅前にしていた話だったっけ。ヒョウカさんが獣王とお知り合いだと知っていたら、もう少し詳しい説明したんだけど。
「だから生贄なんてする声を止められなかったのでしょうか……」
そういう強硬派を獣王が抑えていられないのならば。いや、気弱になってしまったから、獣王も生贄推進してしまっているのだったか。これはヒョウカさんに話すのは酷かな。
私たちが悩んでいたら、ヒョウカさんは目に見えて落ち込んでいた。
「……コウラン……あの子が……」
「あ……」
……ああ。
そうか、彼には……また、知り合いが先立つかもなんだ……。
……そもそも獣王がお年だから、新たなる獣王としてランエイさんたち候補が選出されていた、のだ。
覚悟はしていたのだと、ヒョウカさんは静かに空を仰いだ。
そういうことならば後ほど王城に参ろうと、ヒョウカさん。逢えるか逢えないかわからないが。でも、お見舞いくらいは、と……。
「ですが、まずはシュンレイさんに」
うん、先にゲンヤさんの義姉さんと甥っ子さんに会おう。そちらも心配だもの。
話を聞くうちにわかってきたよね。ヒョウカさんにとって、ゲンヤさんの甥っ子さんはひ孫な位置にいるのだと。
大事な教え子の忘れ形見。
そりゃあこっちも気になるよ。放っておけないよ。
そうして私たちは桑呀の一族の領域に。
お邪魔しますッ!
ドラゴンが視に来ましたよッ!(片目隠した中二ポーズ、キリッ!)




