第68話 この世界。2
この世界は緩やかに死にかけていた。
旅をしながらふと時折、乾いていると感じたのは間違いでもなく、真実。
そのままのとおり、世界が、干からびかけていたからだ。
竜は、そういう存在だから……――。
「ロザリーさん……」
話しは思っていたものより、なんだか人間側に……。
「いや、察していた」
ロザリーさんは苦笑なさった。
彼女が言うには、歴史を学べば人間はいつの間にかこの大陸に現れていて、獣人たちを――先住民たちを……。
うん、あまり言いたくはないが、侵略に迫害の歴史だ。コロンブスやそういった歴史を私は思いつつ。
「宗教のいくつかは人間がもっとも尊きものとか、むしろこの大地は人間の為にあるとか、ものにしている系の話しもあるな……」
むしろ人間は獣人を下に見ていると言うべきところを、獣人さんたちの前だから言葉を選んでくださっていた。
ロザリーさんはいろんな国を旅してきたから、いろんな宗教もみてきたと。
「むしろ人間である私に、逆に気を使っていただいて……」
彼女が偏見をもたずここにいてくれているのが、どれほど得難いことなのか、私は改めてこの拾い主に感謝した。魔物だって拾ってくれるほどのお人。
……どういう生き方をしてきたのか、いつかお話し聞きたいな。許してくれるなら。
だけど、ロザリーさんも獣人国は初めて。
「竜によって世界が保っていたという話しは初めて聞いた」
「そうでしょうね……」
ヒョウカさんはしかたがないと哀しそうに微笑んだ。口許しかわからないけれども。
「獣人たちにも、この話しは異端だと思われています。世界が死にかけているだなんて不吉なことを、と……」
……あら。もしかしたら……。
「ランエイさんが竜人さんを変わりも――ンン、後から会わせる、との、は……」
だから後から、落ち着いてから紹介してくださる当初の予定でしたのね。
「……はい」
本人を目の前にして変わり者扱いされていると言うのははばかられる。言いかけた私も慌てて言葉を飲み込んだんだけど、場の空気にランエイさんは頷いた。
世界が死にかけてるなんて言うひと、確かにちょっと付き合いたくはない……か。
「はは、若者たちにはやはりそう思われていましたか」
ヒョウカさんは気にするなと、若者のランエイさんを――ん?
「あの、失礼ながら、ヒョウカさんはおいくつで?」
見た目、ランエイさんとそんなに変わりませんが……――。
「はっ、今年で三百と二十ほどになります」
私(竜)からの問いかけだから気負ったお返事でしたが、このひと……はい、そりゃ、ランエイさんを若人扱いしますわなー……。
「竜人とはご長命なのだな……」
ロザリーさんもびっくり。
ランエイさんたちも彼がそこまで年上だとは思ってなかったみたいでびっくり。唯一びっくりしていないのは知っていたらしいゲンヤさんだけ。
あ、だから「先生」なのかな?
まぁでも、私に対しての奇行は変人に入る部類だと思うから、早く慣れて欲しいね。
そして私は、彼が変人扱いされるのが可哀想だというわけではないけれども、時々、乾いていると感じていたのだと、打ち明けた。
旅をしながらそう感じていたことを。
「そういえば、時折気にしていたな……」
真面目に聞いてやらずにすまないとお人好し代表さんに謝られたけど、私もよくわからなかったんだから気になさらず、と。
話しを聞いてランエイさんたち、そしてゲンヤさんも「本当だったのか」て驚いてる。
うん、当の竜からのお話しですからね。
おなじ獣人さんからの偏見がなくなるといいですね。
「……っていうか、ゲンヤくんも驚かないでくださいよ」
「や、悪い悪い。まったく信じていなかったわけじゃなかったんだがな」
ヒョウカさんがちょっと拗ねた。
でも、本当に緩やかに乾いていっているから、この話しを信じるひとは少なくなったのだとか。竜人は長命だから、話しを聞いて信じてくれたひとも先にいなくなり。
やがて竜人は恐ろしいことを言うと倦厭されて。
終末を唱えるなんて気狂い扱いされても仕方ないのか。
それ、宗教にもなりかねないな……と、ちょっとぞわぞわしつつ。
「だからこそ、私は長い間、竜を探していました」
「……なるほど」
なるほどです。世界が死にかけている理由は竜の不在。
ならばその存在があれば――。
……と、言われても。
「あの、ごめんなさい。私は何もわからないです」
世界が死にかけているから助けて欲しいと言われても。
何せ、自分の巣すらわからない迷子さんですから。
「は、はい。そうですよね……」
隠そうとしてくれているけど、落胆されてるよね。
でもヒョウカさんはへこたれていなかった。
「いや、しかし希望はできました」
「はい?」
「今まで、いえ、今では私の話しを信じてくれるものは少なくなっていたのですが、こうして竜の方から乾いていると証言していただけました」
「えー……と、それは、はい……」
そうだね。それはヒョウカさんには本当に欲しかったことかも。
ヒョウカさんは長いこと――長い長い間、待っていたんだ。探していたんだ。
「竜は、本当に存在していらっしゃった……!」
それ、存在すらも今や伝説のなか。そんな竜が。
「始祖がおつかえしていた竜とは、物語の作り物ではなかったのだから……!」
竜人としての、アイデンティティが彼自身も不安になってきていたそう。
だから、私という存在が今ここにいることが、彼にとってどれほどの救いとなったか。
「それは良かった……です……」
でも……。
ぺ、ぺぇ~……。
……重い。




