第67話 この世界。1
「かつてこの大地は……」
ヒョウカさんは話しかけて、はっとして口を閉じた。
その視線、分厚い眼鏡越しでわからないんだけども、向きはわかり……私の方、ではなくその上に。
ロザリーさんに。
ちなみに今、私とロザリーさん。その少し後ろ寄りにゼノンとガロン。その反対、囲炉裏を挟んでゲンヤさんとヒョウカさん。そして私たちの間、こちら寄りにランエイさんたち双子といった位置に。
囲炉裏があることに懐かしくなっちゃうけど、いや、実はさすがに私の前世の家にもなかった。私の産まれる少し前くらいにお家建て直したらしいので。老朽化で。
何だろう、昔話……いや、日本人の魂に触れるものがあるのでしょうな。
ああでも爺様と婆様は長火鉢とかはまだまだ使ってたから懐かしい。ヒョウカさん家にもあるみたい。
良いよね、囲炉裏。それに火鉢。
ところでお餅焦げそう。
ヒョウカさんはロザリーさんに視線を当てると、少し申し訳なさそうに前置きした。
「人間の方にはお気に召さない話しかもしれませんが……」
ロザリーさんは驚くでもなく、頷いた。私の方が驚いてる。
「承知。いや、だいたい解っている、と言うべきだろうか……」
ロザリーさんはきょとんとしている私に苦笑した。
「もし私がいることで話辛いならば、席を外しておりましょうか?」
「え……」
それほどなのかと私がさらに驚いたからだろうか、ヒョウカさんは慌てて首を横に。
「では、お話しさせていただきます」
それはこの大地の遥か遥か昔のお話。
この大地――大陸は、魔物のものだった。
大いなる竜の庇護のもと。
そこには魔物たちが生きる平和な世界があった。
やがて竜に仕えた魔物たちのうち、何代かして少し姿を変えたものが。
それが獣人。
その中からとりわけ竜の近くに侍ったものを竜人と。
だが、やがてどこからか獣人に似た姿のものたちが大陸に増えてきた。
はじめは獣人から獣の性が抜けた弱きものたちだと思われたそれらは、あっという間に増えた。そして恐れ多くも魔物を――竜の領域を侵し始めた。
我が物顔で大地を、自分のものだと言いながら。
やがて、世界から竜は消えた。
愚かしきものたちを許しがたく。
その獣のでもない愚かしいものたちを――人間という。
「竜は愚かしいものたちに呆れ、世界を見限ったと……」
竜は……。
「そしてこの大地は緩やかに死に向かいはじめました」
……え?
「竜がいるからこそ、大地は巡ると申します」
「巡る……」
「息吹が、といいますか……魔素を含め様々なものが」
「魔素?」
私、初めて聞きます。
「ああ、ジュネはしらなかったか?」
「はい、魔素? ということは魔法とか魔力的な……?」
現代オタクでしたからね。魔法やファンタジー用語はどんと来いです。理解は早いぞう。
「うむ、魔法を使ったりするときの源とされている。それはこの世界を形づくるものの一つだが……」
当たり前すぎる存在だから今まで説明もしてなかったと謝られてしまう。いやいや、知らないの私ですから。
合っているかとヒョウカさんに問いかければ、彼は頷いた。
「おおよそ、我ら獣人もそのようにとらえています」
ただ、とまた前置き。
「我ら獣人、そして魔物と人間の魔素の使い方――いえ、受け入れ方は違います」
「……ふむ?」
「我ら獣人は周囲にある魔素を取り込み、魔法などを使います」
魔物もそうですとガロンから。
「ですが人間は、生まれもった身の内にある魔素の力――魔力にて魔法を使うと。回復には自らの食事や薬、睡眠など……」
その通り、とロザリーさんも頷く。
まぁ、獣人も同じように食事や睡眠で回復するらしいが、厳密には違うとか。それは生きるために必要なことでもあるもんな。
「人間は大地から魔素の補給はできない。それがこの大地は人間のものではない、という証です」
獣人、魔物は、魔力を外より取り込み。人間の魔力は内にある己自身の力を。
「もっとも、獣人も受け取れる器に限界があります。それが個人差や種族の差でしょうか」
「人間も同じような感じで個人差があるな。強大な魔力を持つ者もいれば、魔力を持たないものもいる」
あと、もともと人間は魔力をもっていないものの方が多いらしい。
ロザリーさんの追加説明にヒョウカさんは頷いた。彼は逆に人間側のことを知りたかったようだ。
そして、今話したことが、何故人間が大陸に増えたかになる。
この大陸を支配できたかになる。
「大地は緩やかに死に向かい、実は我ら獣人たちも同じく緩やかに滅びに向かっています」
ロザリーさんには、と……彼が前置きしたのはそういうことか。
人間の侵略によって、この大陸はいまや人間が多くをしめる。
数の差でもあるが……魔素が減ってきたからだ。
獣人は、魔物たちは、緩やかに弱くなっていたのだ。
竜とはすなわち、世界の要。
ああ、乾いていると、感じたのは、これだったんだ。




