第65話 昔話2 少年たちよ、真白き未来へ。
「はぁっ!」
「たああっ!」
鋭い気合いが交差する。カンカンッ、と堅い木がぶつかり合う音もまた鋭く。
金茶の羽ばたきが空に舞い上がると、次の瞬間、大地に残る漆黒の影に急降下した。が、影はゆらりと躱すと――強襲してきた相手の方がその勢いを使われ地に叩き落とされていた。
「そこまでっ!」
監督していた熊族の男が試合の終了を告げた。
「ランエイの勝ちだ!」
見ていた少年たちは、わっと歓声をあげる。
金茶色の翼と髪をした少年が、黒髪の少年に棍をつかって抑え込まれていた。少年の服の裾からは髪と同じく黒い尾が揺れている。
「……大丈夫か?」
「ああ、棍もランエイに負けてしまった……ははっ」
自信があったんだが、と翼のある少年は苦笑しながら、差し出された友の手をかり起ち上がる。
今日は月に何度かある、他種族との交流鍛錬の日だ。
獣王国はあまたの獣種の混合国だ。
基本的に己たちや近しい種族でかたまるが、何世代か前より、他種のものたちとも手を取り合う暮らしになってきた。
それは、この大陸に獣人だけでなく――人間、というものたちが増えてきてより。
こうした交流は武道だけではなく他にもある。そうして昨今では種族を越えて友になったり、婚姻なども起きるようになった。
「タキは最後に優位に立ったと気を抜きましたな」
「うむ、ランエイはその隙を逃しませなんだ」
「しかし、空中の強味は得難い」
少年たちの戦いを監督していた大人たちもあれこれと評価する。
何故ならば、彼らは後々、獣王となる――その候補者なのだ。
猫族のランエイ。
鷹族のタキ。
この鍛錬場ではこの二人が抜きん出ていた。
これは鍛錬の一環だから、勝者を讃え、敗者を下げずむことはない。
だが、どこにでも僻むものはいる。
そういう手合いは、己より優れたものを羨む――妬む。
「……なぁ、しってるか? ランエイのヤツ、弟がいるんだって。しかも双子の」
場の端で、あまり良い目をしていない子供がいた。
「弟? それなのに一度も連れこないな?」
狐の少年はくすくす嗤いながら話しかけた羊の少年に教えてあげると、ささやいた。
「白、なんだって」
一瞬、その場に集まっていた少年たちの空気がかたまる。
それは嫌悪や恐怖、そういった方面の。
顔を少しばかり強ばらせたが、羊の少年は「それでか」と、うなずいた。
彼はその年にしては出来た子だったろう。
それでランエイの弟はこうした交流の場に来ない――いや、来れないのだと察したのだ。
話はそれで終わりだ。
思っていた反応ではないと、狐の少年はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「あーあ、呪われたのが片割れにいるなんて、ぞっとするね。そんなのが獣王候補者なんてさ」
狐の少年の声は幸いに大きくなく、ランエイには聞こえていないと羊の少年はほっとする。狐もそこまでの勇気はないのだ……逆に姑息と言えよう。
「そんなのが王様になったら、国も呪われちゃうんじゃないのぉ」
「おい、君。そんなことは――」
言ってはいけない。
羊が止める前に、大きな影が彼らに落ちた。
「そうだな。言わん方が良いなぁ」
ゆっくりとした声音はどっしりとした重みがあった。貫禄という名の。
「げ、ゲンヤさま!?」
ややがっしりとした顎をさすりながら、ゲンヤは彼らを冷たく見下ろしていた。
時折彼らの修練を見てくれる先達に聞かれていたのだと、少年たちは尻尾の先まで毛を逆立てた。
彼は武でしられる桑呀の一族で、獣人の多く所属している傭兵団の中でも、他の種族の里までその剛健が鳴り響く男だった。
彼は仕事がないときはこうして鍛錬場に顔を出し、種族関わらず鍛えてくれる。実戦を積んでいる彼との手合わせでは、その際に様々なアドバイスをしてもらえると皆が頼りにしていた。
そんな彼に陰口が聞かれていたのだと、狐の少年はぶるぶると震えていた。
そんな子どもに、ゲンヤはにっこりと笑う。先ほどの冷たい視線を、柔らかく細めて。
「お前はもしも自分の弟や妹が白く生まれたらどうする?」
「え?」
「もしや母御が孕んでおるかもだぞ? もしも弟妹が白く生まれたら、どうする?」
狐の子どもは、ぞわっと改めて毛を震わせた。
自分の兄弟が白く……。
そうだ。弟妹が生まれることもあろうし、ほしいと親にねだったこともある。
弟が生まれたら一緒にたくさん遊びたい。妹が生まれたら可愛がって……。
「もしも、遠い未来に自分の我が子が白く生まれたら、どうする?」
もしもそんな未来がきたらなんて、考えたこともなかった。
「そのとき、お前も呪われていると人々に言われたらどうする?」
そんな、そんなのは……。
「誰にもどんな色をもって生まれるなんて、わからんもんだぞぉ?」
「ご、ごめんなさい……」
「うむ」
もう言いませんと、狐の子どもは尻尾を下げた。
羊の少年も、静かに頭を下げた。
「いやいや、俺に謝らんでもよい。ただ、考えなさい。誰にも、未来はわからんものだと。その時、どうするかを」
「はい」
怒鳴りつけられ怒られるより、こうした叱られ方のほうが染みるものだ。
ちらりと、自分が巻き込んでしまった羊の少年を見上げた狐の少年は、小さくごめんなさいと、また謝った。
羊の少年は良いのだと、許すかわりに広場に彼を誘った。
「うん、よく鍛えよ!」
善哉とゲンヤはうなずいた。
そうしてランエイが、自分に小さく目礼したのを微笑みかえした。
聞こえていたのだ。
獣人は耳が良い。
ゲンヤの言葉も、ひっそりと皆が聞いていた。
そして皆が考えていた。
己の兄弟が、身内が。いつか子が。
もしも白く生まれたらどうする……?
その時は、己は……。
「私は弟を大切に思います。大事な半身として……」
その日から、ランエイが弟のことを尚更に語るようになった。友たちに、弟がいるから己は強くなりたいのだと。
大事な存在だと。
いつか、蔵から出してやりたい。
――自由に。
「未来は誰にもわからんもんだ」
ゲンヤは少年たちの未来が幸いあれと笑う。
「それに白とは悪いもんでもないだろう」
そう、白とは――
「未来とは真っ白でどうなるかわからんものだと考えたら、わくわくするだろう?」
獣人さん達の昔話。
この数年後に甥っ子が白くてびっくりゲンヤさん。
次回からは本編に戻ります。
閑話とはすなわち伏線…




