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生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~  作者: イチイ アキラ


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第64話 昔話1 冒険者試験



「赤首熊が出たぞ!」

 冒険者ギルドの扉を蹴破るように駆け込んで来たのは、このギルド専属の冒険者だった。

 彼は採取と狩りを専門にしていて、地元や近隣の業者にずいぶんと頼りにされていた。きのこと山菜が足りないときは彼に指名が入るほど。弓も巧みで、毛皮業者などもシーズンにはこのギルドにわざわざ注文をいれる。

 この山間にあるギルドは都から少しばかり離れていたが、そうした山の恵みが町を豊かにしてくれていた。


 ――だが。


 山は恵みばかり与えてくれるわけではない。


 この町生まれで、専属にもなっている冒険者はその魔物の恐ろしさを知っていた。


 赤首熊。

 その名の通り、頭頂部からぐるっと首にかけて血のような赤い毛が生えている熊型魔物だ。


 恐ろしく獰猛で、恐ろしく力強く、さらに狡猾な個体は罠さえ見抜くと、恐ろしさしかない存在だ。

 その反面、毛皮は最上位にあり、一頭で金貨二十はあるだろう。傷の少なさによってはさらに。その冬どころか夏まで気楽に過ごせることだろう。


 だが、やはり金貨よりも命が大事だ。

 過去、討伐によって何人が命を落としたことか……金貨は、遺族に当てられる哀しい金になるのだ。

 赤首熊はここよりももっと山の奥深く、遥かに実り豊かなところに生息しているはずで、人間の地域に降りてくる理由がわからない。おそらくははぐれか、もっと強いものに縄張りを追われたか……。そうしたものたちだからこそ、より討伐が大変なことになるのだろう。

 しかし無視をするわけにはいかない。山に入れねばこの地方は生活が成り立たないし、町に降りてこられては、さらに。


「……志願者はいるか?」

 報告を聞いて、ギルドマスターは静かに問いかけた。

 討伐に。

 もしも志願者がいなければギルドマスター権限で指名をしなければならない。

 それは命がけの高難易度に、命を捨てて挑んでくれというようなもの……。

 幸い――とは言えないが、志願者はいた。

「ベンさんとロシアンさん、それに“青き熔岩”というチームが」

「ベンさんとロシアンか……」

 ベンは高齢でそろそろ引退しようとしていたベテラン冒険者だ。彼もこの山を熟知している。最後に恩返し代わりに参加してくれると聞いて、マスターは心底から手をあわせた。

 ロシアンは赤首熊と遭遇した冒険者だ。道案内を兼ねて志願してくれた。

「こちらから頼むべきを……」

 マスターはやはり感謝しかない。

 ロシアンにしてみても、今後の自分の糧にも大事だ。

「青とは……」

 マスターの問いに、職員はたまたま訪れていた駆け出しの冒険者たちだと。

「駆け出し……」

「まだ青銅になったばかりですが、いないよりましかと」

「いや、参加してくれるだけありがたい」

 足を引っ張ることがなければいいが、それはベテランのベンとロシアンに任せるしかない。いや、自分も引退したとはいえ冒険者だ。不安ならば参加しよう。

 これからロシアンから詳しく見かけた位置を聞き、討伐作戦を練らねば。

 罠が利く個体だとありがたい。

 一応設置して――。


 ギルドマスターと職員たちが山の地図を開き相談し始めたときだった。

 受付嬢が真っ青な顔でノックもなしに駆け込んできた。


「す、すみません! 今日、冒険者試験を受けている子がいるんです! 山に行っています!」

「な、何だって!?」

 聞けばこの辺りの子供ではなく、数日前から見習いとしてちょっとした依頼をこなしていた子だ。わけありか親も共にいずひとりだったが、それはさほどめずらしさことでもない。

 礼儀正しく、見習いの依頼はきちんとこしていたから、マスターも覚えていた。このギルドは山菜採りなどで子供も戦力なので、生まれ育ちにわけありでも良い子ならば大歓迎だったのだ。

「今日は天気も良いみたいだし、試験を受けてみようかと……そう言って……」

 受付嬢は青ざめ、震えながら、それでもギルド職員としてしっかりとマスターに報告した。

 子供はよりによって剣士としての試験を受けていた。剣士の試験は討伐も含む――。

「おい、今の時期の試験は何だ!?」

 話を聞いたとロシアンが駆け込んできた。

「毒消し草の採取と、あ、歩ききのこの――」

「歩ききのこだと!?」

 歩ききのこは子供の背丈くらいの歩行型のきのこ型魔物だ。胞子と粘液が厄介だが、初級の試験にはほどほどの魔物。

 この魔物はこの地方なら珍しくはないが、問題がある……そう、熊もきのこが好物だ。

 だからこそ、試験は熊など危険生物を避けることも含まれているが……。

「……その子はこの辺の子供ではないのか」

 ならば山の恐ろしさを知らないかもしれない。

 冒険者になるならばひとつの地域に拘るべきではない。だから、誰がどこで試験受けようが問題ではない。悪くもない。


 だけれど。よりによってこんな時に、と。



「皆! 緊急事態だ! ギルドマスター権限で召集させてもらう!」

 マスターは一階の広間で依頼を選んでいる冒険者たちの顔ぶれを見た。

 皆、もう既に話は知っていた。

 先の志願者に乗らなかったものたちも、子供が危機に遭っているとあれば話は違うと、すでに各々、得物を手にして身構えていた。

「ロシアン、おおよその範囲はわかるか?」

「ええ、俺が見かけたのは山の中腹から降る……」



 ギルドはこれ以上なく、張り詰めていた。

 その糸が切れないうちに出撃しなければ。


 ベテラン冒険者のベンはこうした場面に触れた経験が何度もあった。そうして戦い抜いて戻ってきた。

 近くには先に志願していた若い冒険者チームがいるが、彼らより何倍も経験を積んでいる先達たちの様子に、自分たちが相手にしようとしていた存在が思っていたより大変なものだったのだと、ようやく理解したようだ。

 怖さを知るのは大事だと、ベンは頷いた。早いうちに知った方がいい。


 ――その方が長生きできる。


 ベンはそろそろ自分の番が来たかと、覚悟を決めていた。

「儂のかわりに、新しい冒険者が生まれるかもしれんな……」

 手にした長年の相棒は鉈だ。

 冒険者の必需品だ。

 これは彼が若い頃に世話になった先輩冒険者から譲り受けたものだ。先輩冒険者もまた、誰かから。

 本来は短槍を使っていたベンだったが、それとは別に何かと活躍してくれた。今回も頼りにしている。


「では山の沢側をベンさんが率いてくれ」

「……承った」

「行くぞ! 冒険者ギルドの力を見せ――」


 ――ズン。


「地震?」

 よりによってこんな時に。

 そう冒険者たちの気持ちがそろった。


 ――ズシン。


 それが連続する。

「皆様、まずは……」

 熊より先に地震に避難を、と受付嬢が仕事をしようとしたときだった。


 ――ズドン。


 一際大きな地響きひとつ。

 いや、それは地震ではなかった。何か大きなものを引きずり、落としたような……――。


「――おや?」

 カラン、とギルドの扉に付けてあったベルが鳴った。

 そこにはリュックを背負った子供の姿。

「きゃあああ!?」

「だ、大丈夫か!?」

 それは今から助けに行こうとしていた子供だった。

 駆け寄る職員に、子供はますます目を丸くしている。

「どうされましたか? あ、試験結果だろうか! こちらにちゃんと……」

 毒消し草の株が入っているとリュックと、討伐証明の歩ききのこの右足の入った袋は腰に。

「ちょっと問題起きて、潰れてしまったかもしれませぬが……」

 訛りか、少しばかり古風な言い回しの言葉を使うその子は、間違いなくこの数日前からギルドに顔を出していた子だと、皆がほっとした。

「いや、いい。無事で良かった……」

 ギルドマスターにも出迎えられて、子供は何事かとびっくりしている。

「まずは休め。よくぞ無事で……」

「え? はぁ……」

 幸いが起きた。子供は赤首熊に、遭わなかったようだ。

「よし、皆ありがとう! これから予定を変えて赤首熊に挑む!」

 当初の予定よりこの勢いで数に任せて討伐しよう。

 ギルドマスターのかけ声に冒険者たちが雄叫びをあげる。

 受付嬢に抱きしめられるように保護された子は、何事かとまた目を丸くした。

「あの、赤首熊とは?」

 皆が気にしている赤首熊とはなんだと、受付嬢に尋ねていた。

「ああ、このもっと山奥にいるはずの熊型魔物が現れたの」

 やはりこの地方の魔物に詳しくなかったのねと、彼女は子供の無事を心底から喜んだ。

「とても危険な魔物だから、これから山狩りして皆で討伐することになったのよ」

 そんな危険な状態の山に行かせてごめんなさいと謝る受付嬢に、子は大丈夫だったと首を横に振って微笑んだ。


「ああ、そんな危険な魔物がいるならば、私もお手伝いいたしましょう」

「いえ、あなたはここで休んで……」


「今もちょうど、その魔物を倒してきましたから」


 ――え?


 雄叫びが、ざわめきが、止まった。


「連戦……は、確かにちょっと疲れておりますが、いや町の皆様のため、頑張りましょう!」


 冒険者ですから、と、成り立ての子は――赤毛の少女は微笑んだ。


「ま、マスター……表に、赤首熊があるんだけど……」

 地震を確認しにいった職員が、青ざめて報告しにきた。

「なん……だと……」

 ギルドマスターが目を丸くする番だった。いや、マスターだけでなく。

 あの地震は、地響きは、少女が赤首熊を担いで降りてきた音だと、今さらながらに皆は気が付いた。

 一際大きな地響きは、熊を下ろした音――赤首熊は普通の熊より一回り近く大きいのだ。

 少女はのたまった。

「熊型の討伐証明がどの部位なのか聞いておりませんでしたゆえ」

 なので、担いで降りてきた、と……。



 その日、とある山間の冒険者ギルドにて数年ぶりにギルドマスター権限で「色無」をとばして「青銅」に就いた冒険者が現れた。


「すげぇ……首を一かき、いや、心臓が先か……」

「血抜き済み……」

「おい、このレベルだと、毛皮いくらだ?」

「いやまて、内臓も卸してもらうぞ! 薬師ギルドマスター呼んでこい!」


「はて? 山狩りは、いつ?」

「……新しい冒険者、か」


 少女はベテラン冒険者にしばらく付いたのち、とある鉈を受け継いだ。




 そんな彼女も十数年後――空から落ちてきた魔物の子には驚いたのだった。


「しゃべったぁ!?」

 


ロザリーさんの冒険者試験結果でした。わけありつわものロザリーさん。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロザリーさんヤベェ奴だった!! こんな人生贄にしようとしたら、たとえペンギンさんいなくても過多だったんじゃなかろうか……
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