第61話 呪いではなく。
今回の贄にベニユキさんが真っ先に選ばれたのは、彼が獣王国で「白」であると広く知られてしまっていたからだった。
それは皮肉にも、半身であるランエイさんの存在によって。
ランエイさんが不遇に処されている弟の立場を変えようと――獣王という高みを目指したことによって。
彼は強く――そして美しい。
獣にとって、それらは何よりも貴ばれる。
ランエイさんが優秀で次期獣王候補筆頭となると、その分、彼のことを多くのひとが知ることになった。彼がどれほど強く美しく、さらに叡智に富むかとの話しとともに、彼には秘された――忌み子な半身がいる、と。
それは白く――弱く、脆く、哀しく呪われた子。
「ですが、とあるお方により知ることになりましたが、我が身は呪われてもなにもありませんでした」
はい、とあるお方です。
ベニユキさんがちらりとこちらに視線を向けたのに、そっと微かにうなずいて。
「ただの、体質だそうです」
獣王国から外に出られて解ったのだと。それは嘘ではないね。
外に出て、私という――ドラゴンの保証を得た。
呪われていないと。
「その方がおっしゃるには、白くある子らはきっと私と同じく、ただの体質だと」
だから自分たちはそれを伝える為にも戻ってきたのだ。
「だから、白であるから、呪われているから贄になるためというのは……」
そも、この国にいつから生贄の文化があるのか解らない。
白いものが――呪われているからこそ、贄にするのだという風潮が生まれたのかも。
だからこそ、呪われてもなんでもないのならば、白いものが贄になるのは間違っている。
ただ白く産まれただけなのだから。
ただ普通の――おなじ獣人だから。
「私たちは、それを伝えるために戻りました」
マティの実の他にも、これが理由で。
「……では、俺の甥が白いのも呪いではない、と」
「おそらく。呪いではなく体質ならば、ただ、私と同じように陽光に気を付けなけばならぬだけの……」
うん。アルビノの方なら。呪いではないなら、お日様に弱いから気をつけて……。
「陽光に……」
ゲンヤさんは深く溜め息をついた。
「……あの子は日に焼けると、真っ赤に……火傷のようになってしまうんだ」
強くあれと、外にて身体を鍛えさせようとしたらかわいそうなことをしてしまった、と……。
ゲンヤさんはそんな甥っ子さんが哀れで、かわいそうで……なおさらにかわいいそうだ。そんな甥っ子さんが生贄に選ばれたと聞いて、稼ぎ先から急いで帰国したのだとか。
私も彼の気持ちが、わからないでもない。甥っ子と姪っ子が害されそうになっていたら、何をおいても駆けつけていただろう。
しかし、まさに……。
「私と同じです……私はそれがありましたのか、蔵で育てられました」
やはりたぶんベニユキさんたちの一族は、過去にもそういう方がいて、そのために日の当たらないように育てるマニュアルが――時代とともに忌み子の風習でか、閉じ込める意識になってしまったのだろう。
「それが呪いのせいではなかったのか……?」
ああ、だからこそ逆に呪いだと思われていたのか。
獣王は、獣人は、まず身体の強さが、力こそが誉れとなる。
弱肉強食。
獣だからこそ。
それ故に――白いものは弱く、忌避される存在でもあったのだろう。
「あの子は呪われてもいないのか……」
「陽光に気をつけていれば、普通の子です」
それはランエイさんが。己が弟は、呪われていない、普通の獣であると。
双子の姿に、ゲンヤさんは……やがてゆっくりとうなずいた。
そして静かに頭を下げた。
「……ありがたい」
「ゲンヤどの?」
「いや、甥がただ普通の獣人であったなど……呪われてなどいなかったと、これほどうれしいことはない……」
「……ええ」
双子も強くうなずく。
彼らには、ゲンヤさんの気持ちが痛いほど解ると。呪われていると言われ続けていたのが、どれほど辛かったことか。
私はベニユキさんがそう見えたから伝えただけだけど……彼らには本当に大きなことだったんだ。
良かったと思う。
少しだけ、彼らの有り様を私が方向決めてしまったことにだけ、責任感めいた怖さも感じたけど。でも、間違っていたものを間違っているままにしていたら、その後悔の方が怖かったと思う。
ドラゴンであるなら、傲慢になるべきなんだろうけど。
ゲンヤさんは改めて双子さんに、そしてロザリーさんにも頭を下げた。
「……ベニユキを差し出し、甥を助けようとすら考えていた己を恥じる」
そんな彼らは、自分たちが危険となるのに国に、同じように白いものたちのために――甥御さんのために、伝えるために戻ってきてくれたということを。ゲンヤさんはそれをわかってくれたのだ。
「そなたらは、本当なら、もう自由であったのだろう……?」
マティの実のことも、白いもののことも、気にしないで他の国に行くこともできたはす。ランエイさんが獣王になる気がもうないなら、さらに。
ロザリーさんにいたっては人間でまったく関係ないのにここまで付き合ってくださって、と。
「ゲンヤ殿……」
ゲンヤさんはもうそんなことはしないと誓ってくれた。
「……というかな、俺は始めから贄には反対だったんだ」
そも、桑呀の一族はどうして急に、獣王に立候補してきたのか。
「私が国を出るまで、そのような素振りはありましたでしょうか……」
「いや、それは……――」
ゲンヤさんが説明してくれようとしたときだった。
ゲンヤさんが壊した扉が、バタンと倒れた――いや、開いた?
扉「…泣こう。」




