第51話 双子の理由。
「ランエイ殿とベニユキ殿か。私はロザリーと申す」
丁寧に挨拶を返したロザリーさんから嫌悪的な気配がないことに、双子はほっとしたようす。
「ちょうどと言っては何なのだが、実は我ら……んん、私は故あって獣王国を目指しておりましてな」
「そうでしたか……」
我らと言いかけ、今は一人旅にしか見えないロザリーさん。気がついて言い直してる。
うん、ぬいぐるみ付、一人旅。
それからお薬飲んでもらったり、スープを作ったり。野菜と兎さんの残りを細かく刻んで煮込んでいる間に、弟さんと一緒にお兄さんを休ませるためのテントを組み立てたり。
テキパキテキパキ。
ロザリーさんの野営スキル高いのは私は既に知っている。ぬいぐるみ中だからお手伝いもできないのが……普段からできてないだろうて? ひ、火の番くらいはできますもんね!
テントは私の空間の中にもあったけど、今日はこの野営地にあった共用のやつ。古くなったやつとか、引退する冒険者とかがこうして寄付している野営地がたまにあったりする。薪とかも余ったらそのまま置いて行く人も。
食べ物は野生動物や魔物を引き寄せる原因になるから、置き忘れご注意。キャンプ場も気をつけてね!
野営地は冒険者ギルドが冒険者を使って時折確認しているのは、いつぞやロザリーさんに説明してもらってたね。
「獣王国へは、こちらの方角でよろしかっただろうか?」
一通り片が付いての会話の内容は、ロザリーさんが獣王国への道行きを確認するものだった。
以前近くまで行ったことがあるとしても、確認は大事。
それに正規な街道から、実はそれている。それはやはり正式にテイムした魔物連れではないこととか……私の存在とか。
街道はやはり、人が多いから。
だからこうした、やや道から逸れた野営地とかをありがたく。
獣人の双子は、まずロザリーさんがその獣王国への正しい道から逸れていることを心配してくれた。
だけども、ワケありだからこの野営地を使っているのはお互い様だと、やがて判明した。
双子もまた、ワケありだったから。
「獣王国へは何用でしょうか?」
スープをゆっくりと食べ始めたランエイさんは、少し空気が柔らかくなった気がする。
それはやはり原因が分からなかった故の不調が解けて、ほっとしたのもあるだろう。
「……うむ、あまり詳しくは話せないのだが、竜人を探している」
「竜人を?」
「ご存じだろうか? 獣王国にいると聞いているのだが……」
ランエイさんは少し悩んだあと、頷いた。
冒険者の依頼内容ならば詳しくは話せないだろうと、理解してくれていたらしい。本当は依頼じゃないけど詮索されないのはありがたい。
「知り合いにおります」
「おお、では……」
小さくロザリーさんがこちらに目配せ。私もひっそりと頷くように。
けれどもランエイさんは視線を落としてしまう。耳をも少し伏せ気味に。
「本来なら、このご恩に案内や、紹介状なり書かせていただきたいのだが……」
「あ、いやいや、恩を着せる気は無いゆえ、お気になさらず」
うん、ロザリーさんは本当に貸しとも思ってないなぁ。
「いえ、今は私の紹介状などを持っていたら、逆にご迷惑をかけるやもしれません」
「兄さん……」
双子がそろってしょんもりしている。いや、弟さんの方がひどい?
「……何か、ありましたかな?」
ロザリーさんの穏やかな問いかけに、二人は黙っている方が失礼だと思ったのだろう。
冒険者として歴戦というか、善属性に海千山千のロザリーさんには、そうした空気がある。その分、苦労もしたりもしている彼女だけど。つい半年前も、ね。
「……私のせいなのです」
「ベニユキ!」
「いいえ、兄さん! 私など放って置いてくれたら……兄さんは、次の獣王にもなれたのに!」
二人の話は、思っていたより重たい内容だった。
「私はこの異様でございます。呪われし身です。ですが、兄は私をずっと守ってくれました」
「弟は生まれた日より暗い蔵の中でしか過ごしておりません。忌み子はそう育てるしきたりだと……」
ベニユキさんの真っ白な姿。
反対のランエイさんは深い黒だ。
彼らの種族は、ランエイさんのように黒い色が主だという。
「ご存じかもしれませんが、獣王国はあまり豊かではなく……」
「あ、ああ。聞いたことは、ある」
ロザリーさんの知り合いだという獣人の冒険者は、いわゆる出稼ぎ中でもあったらしい。
「私の知り合いは兎と熊の獣人であったが」
「そうでしたか。実は私も、国を離れては冒険者となろうと考えていたところです」
その前に病気になってどうしようか本当に困っていたらしい。
「兄さん……」
ランエイさんの決意に、弟さんは曇り顔。
「……兄は、次期獣王の選別にあげられるほどでした」
「それは素晴らしいな」
「はい。ですが、私をかばって――」
「ベニユキ!」
「――私が生贄にされるのを」
――生贄。
「獣王国は近年、特に貧しいです。その上、原因不明の奇病も流行りはじめました」
奇病。
「それはもしや青斑病か?」
「はい。おかげさまで原因が、わかりましたが……」
「まさかマティの実が原因だったとは……」
マティの実はその小ささに見合わない高い栄養価があると、獣王国が砂漠の国と交渉して輸入しはじめたところだとか。獣人たちの栄養不足を補うために。
獣王国にも海があり、そちら経由で。
まさかそれが逆に病を引き起こすとは。
「ですが……あまりのこの状況に、獣王さまも倒れられ、退位を決意なされました」
それ故に、新たに獣王を決めることとなった。ランエイさんは以前から次期獣王候補でもあったらしい。
それほど将来有望と見込まれた御仁か。
「ですが、奇病を鎮めるために、生贄を捧げると……そういう声が出始めてしまい……」
忌み子はそういうときに捧げられる存在でもあった。
「仕方がありません……蔵のなかで生きるしかできない、役立たずの呪われた身です……」
忌み子がその呪いで色を失っているのは、穢れを引き受けるためだという因襲がいつしか獣人たちのなかに生まれていたという。
「だけど、俺は嫌だ……」
「……兄さん」
「ただ一人の弟を、呪われているなどと、生贄などと――」
だから。
「だから、我らは獣王国を捨てて来たのです」
その次期獣王という地位も価値も立場も。
ただ弟一人のために。
逃げてきた、ではなく。捨ててきたというのが、彼らが国を今どう思っているか伝わる。
「……そのような理由がおありでしたか」
その話を聞いて……私とロザリーさんはそっと視線を交わしてした。
――互いに思う。
……また生贄かぁ。
そうそう。ロザリーさんのお言葉が古風なのは、今はお国言葉的な、とでもお思いください。




