第4話 我がふわふわぼでぃーのすごさ。
「よし、逃げよう!」
それしかない。自分がどうやってここまで運ばれたのか寝ていて知らないというのが情けなくて、そして不安ではあるけれど。
きっと私はドラゴンの名折れなんだろな……いや、ペンギンな時点であれだけど……。
……そうと決まれば脱出だ。
この鉄の柵つきの箱。
見れば私が入れられているのとは別に、他にもあるみたい。私のが一番小さくてすみっこにあるけれど。私のの他はからだ。
他の大きな箱は荷車にのせてあった。むしろちゃんとした檻。私のはあとから乗せるつもりだったのだろう。まあ、予定外の生き餌ですからね。
捕獲したモンスターをこうやって、ギルドとやらに運ぶのだろうか。
檻でもないただの木箱もある。兄姉たちの卵が孵化前で捕獲できていたのだったら、あれに緩衝材を敷き詰めてたのだろうな……。
う、なんかまた怖くなってきた。
だけど逃げ出さないと待っているのは悲惨な未来しかない。
「うん、まずはこの檻……」
決意して、うっすら錆びの浮いている檻の柵を掴んだ。そして観察してみた。柵には打ち掛け式の鍵が付いていた。これは生前、子供のころ犬を飼っていたときに柵に使っていた。今でも親はその犬の孫世代にあたるのを飼っているはずた。
ああ、田舎で最後にもふったのが懐かしい。友人とも魔女の館で犬を飼おうと話していたのは遥かなる夢。ゲームオタクは出不精になりがちだから散歩要員、要犬…。
いや、今はそんな懐かしんでいる時ではなかった。
「これって下からはねあげたら外れそう……」
そう、そうなんだよ。これ、柵の隙間から手を入れて力込めたら外れると思う。
「……よし」
鍵を外そうと、短い羽でアッパーしようと身体を柵に近づけたときだった。
「――ぺ?」
すっぽん――と、私は柵の隙間から外に飛び出していた。
「ペン……? え、なんで?」
大地にペタリと倒れながら私は首をかしげた。目が真ん丸になっている自覚はある。
そして私は柵と、飛び出した自分とをみて――理解した。
「ふ、ふふふ……ふわふわぼでぃーのすごさよ……」
う、うむ。
灰色羽毛ふわふわボディーのこの身体。柵の隙間より、見た目より多少細かったのが私。
生前、飼い犬を洗おうと水をかけたらほっそりしたのを思い出した。
まあ、私はそこまで細くはないけども! でも見た目よりは細かったみたいです! 生前の人間だったら嬉しいところだけどね!
入れた狩人さんたちもこれは予想外だったろう。
さ、さて、柵の箱からの脱出は完了!
ならばもうあとはおさらばするだけである!
狩人さんたちの雑談と食事は続いているらしい。
「でも、ここ、どこだろう……?」
身体を起こしてぺったらぺったらと、とりあえず狩人たちの焚き火の方から少しでも離れる。
今までは上側にあった板で気がつかなかったけれども、首を傾ければ頭上には星空。
「洞窟じゃなかったんだ」
岩壁の隙間で、ほどよく天幕が張れる囲まれながらも開けたところだったらしい。自然のこうした偶然を、冒険者や狩人はうまいこと利用しているのだ。
狩人たちの肉を焼く匂いや煙らないのは、こうした背景にあったのだ。
「……ペン」
少し、ため息がでた。
もしも自分がちゃんとしたドラゴンだったのなら。
空を翼で飛べたなら。
今すぐこの星空に羽ばたくのに。
「……ぺぺぺっ」
もう何度もやっていた。
実は巣で。何度も何度も。
一生懸命、両手を羽ばたかせる。
――けれど身体は浮きもしない。
空を飛び始めた兄姉を追いかけることもできない、この飛べない鳥。
挙げ句の果ては生き餌と思われ、連れ去られ。
――翼をください。
「……はぁ」
ため息は少しばかり荒れた息になった。今のちょっとの羽ばたきでもう疲れた。
やはりペンギンが空を飛ぶのは某水族館だけだ。あれも天井にある水路をペンギンが泳いでいるわけなんだけども。
結局、飛べないを再確認したのだから。それは脱出手段にはできないわけで。
ならば他の方法を考えなきゃ。
「このまま、彼らがいなくなるまで隠れるとか……」
しかし、隠れられるような場所があるだろうか。
岩壁は広いけれども高さもある。そして奥はすぼまって行き止まりとなっているようだ。
隠れられるような場所はなく。ぐるっとこの野営場所を探されたらあって間に見つかってしまうだろう。
出口は狩人たち側と――真上。
飛べない以上、狩人たちの方からしかないんだけど、私、ペンギン。
ぺったらぺったらと、歩いて逃げても己のスピードの遅さは理解済み。いや、ペンギンの歩みはあの氷雪の世界ですごく考えられている効率の良き歩き方なんですけどね!
だがしかし、ここは氷雪ではなく、ただの岩、そして砂や土て……やや乾いているから、乾燥の強い地方なのだろうか。
自分が巣以外の世界を知らなくて改めて箱入りならぬ、巣入り娘であると反省。ほんの少し前まで、リアルに箱入りだったし。
「うーん……」
頭をかかえながら唸ったときだった。
――パサ……。
「ん?」
――パサパサ。
「……何か聞こえる」
小さな羽ばたきが。
それは、荷馬車にある檻からの方だった。