第39話 脱出二度目と憧れの騎乗。
地下神殿に、その咆哮はよく響いた。
彼の名のとおり。
私はびっくりして目をまん丸にしている自覚あった。
「は……」
そう、ロザリーさんも硬直しているその腕の中で。
灰色に黒が混じった、その滑らかな毛並み。出会った時にはぼろぼろだったその毛並みが、今は地下神殿の不思議な灯りに煌めくように。
「ハウンドウルフさん!?」
「――はっ!」
返事をした彼がまず目の前のこちらに斬りかかろうとしたまま固まっている隊長を体当たりで吹き飛ばし、その勢いで返してロザリーさんに飛びかかろうとしているのに気がついて――慌てて短い手をふって止める。
「待って! 待って! このひと味方!」
「は!? ……はいっ!」
ロザリーさんの姿勢が私をかばう形なのにハウンドウルフさんも気がついて慌てて急ブレーキ。
「な、何だ!?」
「動けない!?」
兵士たちが硬直したまま、悲鳴をあげている。その動きがぎこちない。まるで縫い付けられたような、何かが絡まっているような……。
「……キッ」
小さい声が自分の、ロザリーさんの傍らから。
「ああ……!」
私はその小さい影にも見覚えがあった。
「一角猩々さん!」
「はっ、御前に!」
一角猩々さんも無事だったんだ!
一角猩々さんの指が複雑に動いている――指先に、細い糸がついていた。それが兵士たちに巻き付いて、動きを止めているんだ。
「猩々の糸紡ぎか……」
ロザリーさんもびっくりしている。
や、私もびっくり。そういえば一角猩々さんは籠編める的なことを言ってた。それかな?
「お二人ともご無事でしたか!?」
「は! 雛の方も……」
返事をしてくれた二人は、言葉を躊躇って止めたよう。
……うん、ピンチの真っただ中だったから、ね。
「いや、それよりどうして二人がここに?」
「ふたり? いや、今、我らの影から飛び出してきたように見えたが……」
私の疑問にロザリーさんが気がついていたと教えてくれた。
「影から……?」
どういうことだろう?
だけど、それよりも今は大事なことがある。
優先させるべきは――
「ロザリーさん、今のうちに!」
「……っ、うむ!」
脱出だ。
兵士たちが急な乱入に驚いている今がチャンスと、ロザリーさんが駆けだした。
でもやはり動きがぎこちない。
それでも私は抱えられるしかない。もしロザリーさんに放り出されたら、ぺったらぺったらと進むしか出来ないスピードなわけで……。
するとロザリーさんにハウンドウルフさんがスピードを落として併走してきた。
「お乗りを」
――!
「ロザリーさん! ハウンドウルフさんが乗れって!」
「な……」
ロザリーさんがぎょっとした。
私は大型犬より大きいハウンドウルフさんならロザリーさんが乗っても大丈夫なのかな、なんてくらいしかその時は思わなくて。
ロザリーさんはオオカミ種の魔物が人間である自分を乗せようとしたことに、とてつもなく驚いていた。
けれども、ロザリーさんとハウンドウルフさん視線が交わって一瞬。
「――頼む!」
「――ガウ!」
ロザリーさんの素晴らしい騎乗姿がハウンドウルフさんの背中に。
憧れの世界的アニメ映画を思い出した私。
大きな犬さんの背中に乗るだなんて夢のまた夢だった。小さな頃はほんとに夢みて、飼い犬に跨がって……無理ですと、ぺしょりと伏せする姿を姉たちに慰められた。犬が。
それがまさか――!
……まぁ、ロザリーさんに抱えられてなわけだが。
そっと振り返ると、兵士たちが――キュロスの、絶望感にまみれた顔があった。
「……。」
かける言葉はもはやない。
彼らが欲をださなければ、平和に別れもあったかもしれない。
エリナさんとも、こんな別れになるとは、この数日、思いもしなかったけど。
そうして私たちは明るい出口目指して、ハウンドウルフさんの駆けるままに跳び出した。
――地上だ。
ンンンーンーンンーンンー♪(鼻歌)あの映画です。解って…解る方いてね…。




