第38話 ――呼ぶ。
「……そうだ、ドラゴンに加護をもらえばいいじゃないか」
……。
「……はあ?」
いや、そんなこと言われても。
脳みそのショートが癒えてきたのか、彼らは顔色を白から興奮で血色を回復させている。
「……そんなのしりませんよ」
私がポツリとつぶやけば、ざわっと空気がまた変わった。
「どうしてだ? お前、ドラゴンなんだろう?」
「この国を助けてくれ!」
「何とかしてくれ! 助けてくれ!」
何とかしてくれ。
なんだそれ。
ああ、これ……エリナさんのご先祖様もこういう未来は予想してはいなかろうな……。
あるのが当たり前なものを奪われると知った人間。
与えられるのに慣れたらこんな醜悪としか言い様のない思考になるのね。
「……愚かな」
ロザリーさんもつぶやいてる。
それが聞こえたのだろう、兵士たちが少しばかり恥を知ったのかひるんだけど、またすぐに迫って来ようとした。
「そなたらリルファンの怒りを知らぬのか!?」
そこにロザリーさんの一喝が轟いた。
リルファン、確か名前は聞いていた。児童文学のようにもあり、広く知られた――ドラゴンの怒りに触れて滅んだとある……。
「あ……」
思い出したのか、キュロスがひとり、よろめいた。
気がつけば彼が一番ゾンビ度(っていっていいかな?)が大きな感じだった。
兵士たちより鍛えてないっぽいのもあるけれど、精神的に一番限界来ているのかもしれないな……。
まぁ、心配してやる義理はないか。
「ロザリーさん……」
キュロスより自分だ。
こんなのに巻き込まれたくない。いや、すでに巻き込まれていたけど、これ以上。
「うむ、何とか切り抜けたいが……こやつらは何とかできようが……」
圧に耐えていた分、ロザリーさんの身体はまだ本調子ではないようだ。実のところ、エリナさんをどうにかと思って体勢を起こしていた分、兵士たちよりダメージあるみたい。
でも、剣の柄に手を添えてもまだロザリーさんは抜いていない。
「上には無傷が三人残してあるからな……」
ああ、そうだった。
この十人弱な相手をしても、上に念のため残してきた、まだ無傷の三人がいた。
こんなことになるだなんて……。
あの時は良かれと思っていたから、何とも言えない。
「さぁ、ドラゴンを寄こせ!」
「まずは王のところに連れていこう!」
「ああ。このままでは帰れない……」
兵士たちがじりじりと私たちに詰め寄りはじめた。
「いや、私は本当にそんなことできませんから!」
本当にね。嘘じゃない。
よく考えたら、さっきの黒いのだって、かってに帰ったんだし。
「嘘をつくな! ドラゴンならなにか出来るんだろ!」
だから嘘じゃないってば!
私が叫び返そうとしたとき。
「そうだ彼女を……いや、ドラゴンを生贄にすればさっきのを呼べるんじゃないか?」
――は?
「そうだ、もう一度さっきのを呼び出そう!」
「エリナ王女はどうやってたんだ!?」
「キュロスさま! あんたは婚約者だったんだろう? 何か知らないのか?」
話がとんでもない方向に向いて行く。
恐慌状態になっている。そういう人間はろくな事考えやしない。
この世界、魔物も怖いが人間だって同じように怖い存在じゃないか。いや、人間怖いのはどんな世界も問わずかしら……。
「いや、私は……」
キュロスも戸惑い、その視線が私に向いた。
「あ……」
一瞬、彼がとてつもないほど迷ったのが――だけど。
「あ……だめだ。皆、リルファンの怒りを思い出してくれ……」
キュロスは選んだ。
神に触れない道を――怒りを避けた。
でも、哀しくも彼では兵士たちを止められない。
「……なぁ、そのドラゴンを渡してくださらないか?」
「断る」
それは隊長だった。
彼はゆっくりとロザリーさんに近づく。
彼は隊長格であるよう、手練れであったか。
だが、ロザリーさんも――強い。
手練れ同士、にらみ合う――が、数の差がある。
「……っ!」
横合いから槍が飛んできたのをロザリーさんが避ければ、その先を追うように兵士たちも剣を抜いて切り込んでくる。
とうとうロザリーさんも剣を抜いた。
彼女の剣と、兵士の剣が交錯する。
「ああ……っ」
私はロザリーさんにしがみつくしかできない。
情けない。
ああ、もしも私がちゃんとしたドラゴンだったら。いや、こんなもふもふなだけでなければ……せめて生前の人間の姿であればと願ってしまう。
それであれば、何かわずかでも手助けできただろうか。せめて足手まといにはならなかったろうか。
何か――助けになれたら……!
――呼びなさい。
それは、どこからともなく聞こえた。
誰のか……どこか、懐かしく……。
――呼びなさい。
何を?
どうして?
どうやって?
――だけど、私は呼んだ。
呼べると、何故かわかったから。
そして地下神殿に響く、咆哮。
恐慌状態のあれこれ、昔読んだデビ○マンのがひっそりトラウマです…




