第32話 クワドの森。1
「ロザリーさまを巻き込んでしまうのは申し訳ないって、ずっと思っていたの……」
エリナさんは本当に哀しそうに目を伏せた。
ずっと思っていた。
それはつまり……。
「はじめから私を……?」
護衛に雇った冒険者を生贄にするつもりであったのか。
ロザリーさんもそれに気が付いたのか、何とも言えなさそうに口を閉じた。
「上手く捧げ物を用意できるかわからなかったので、冒険者を雇い入れればちょうど良いと考えたの……ロザリーさまほどの方が引き受けてくださったことに、本当に感謝しましたわ」
おかげで無事に着くことができたから。
「まさに、神が私をまっているのだと。ロザリーさまのような素晴らしい方ほど捧げ物に相応しいかと」
エリナさんが帰り道の護衛を気にしてなかったのは、そういう理由か。
「……でも、キュロスたちが来てくれて良かったと思ったわ」
「……わ、私達は」
「ええ、関係のないロザリーさまより、国の為にはやはり、ね?」
ね、と言葉を濁されても。
そんな絶望をキュロスたちが顔に浮かべている。
「だからロザリーさまには、逃れてもらおうと思ったのよ?」
こてん、と首をかしげて、その時をエリナさんは思い出している。私達も思い出した。
キュロスたちがきて、護衛は足りたからロザリーさんはお役御免となりそうだった。それをエリナさんを心配したロザリーさんは、引き続き護衛を、契約通りにこなそうとしてくれたんだ。
ああ、ロザリーさんの優しさが……。
「まぁ、冒険者をしていればこんなこともある」
ロザリーさんの達観がすげぇ!
さすが白銀等級てやつなのかしら。や、知らないけど。
ロザリーさんはそんな様子でもキュロスや兵士達はそうはいかない。
「な、何故、こんな……っ」
キュロスだけでなく、隊長さんも、兵士達も、どうしてこんなことをとエリナさんに問いかける。
「今さっき、言ったとおりよ? 私を不要と貴方達がしたのだから、私もそうしたの」
「で、ですが私達は……私は、貴方が辺境で、穏やかに生きていけるようにと……」
キュロスは言う。
彼は知っていた。
エリナさんが決して義妹を虐げてはいなかったことを。
だが、国の行く末の為。穏やかな政権交代を彼らは選んだ。
古いしきたりを大事にし過ぎる為政者より、新たなる試みや富を与えてくれる改革者を。
そして成功したのだ。
無血で、だけどただ一人のちょっとした犠牲で、国は新しくなった。豊かになってきた。
ただ……。
「私がそんなことを頼んだかしら?」
そう、エリナさんの犠牲。
「私がいつ、穏やかに暮らしたいと願ったかしら?」
「そ、それは……」
「私は幼かったから、確かに一時、叔父に国を任せるとはうなずいたわ」
幼かったから、まだまだ学ぶ途中だったから。だから、それまでの間だけ。
「それに、私がいたから、この国に緑があるのに?」
「そ、それは……」
皆がもう気が付いている。
先ほどからの圧。
これは決してまやかしではなく。
一夜にして森ができたというのは本当だったならば。
その実りが王家直系が繋いできたもならば、彼らは自分たちでそれを――引き下ろした。
――自分たちで捨てた。
「森が、森が神によってできたというのは、し、真実だったのですか……」
隊長さんの質問に、エリナさんはにこりと微笑む。
「そうよ。そのあたりは国の皆も知っていると思っていたわ」
「言い伝えだとばかり……」
「ちゃんと、王家から森を大事にするようにと、そう言い伝えていたでしょう?」
思うと、エリナさんはずっと嘘はついてない。すごいことに。この旅の最中、ずっと。
ただ、黙っていただけで。
「この際だから教えてあげるわね。王家の直系に代々引き継がれる役目を」
もう彼らはその秘密を話したとしても、誰にも広めることはできまいと。
そう、彼女は、王家は、直系にしか話せない事以外は黙っていただけで。
「クワドの森」
その始まりは。
「初めに贄になった我らが始祖の名前。それが始祖クワド」




