第31話 闇堕ち系ヒロインじゃあないか!
エリナさんのざまぁ開始。
始め、聞こえてきたのは祝詞のような言葉だった。
始祖に感謝を。
実りに感謝を。
始祖の声を、願いを、気付いてくれた存在に――神に。
願いを受け、与えてくれた神に感謝を。
けれど途中から雲行きが怪しくなった。
「この地に住むものは、もはや感謝を持たぬものたち。与える価値も無し」
何だか物騒な単語が聞こえるなぁと思い始めた。
「この地にもはや、我らの始祖の血肉、魂の恵みは与えることなし」
血肉? 魂?
「盟約にしたがい、新たなる契約を。故にこの者らを贄に。我が願いを聞き届けたまえ」
……贄?
「ろ、ロザリーさん、ロザリーさん!」
荷物の上から、ロザリーさんに小声で話しかけた。ついついとロザリーさんの長い髪も軽く引っ張らせてもらった。
「む? ジュネ?」
どうしたと彼女が振り向く。
「何だかエリナさんが不穏な言葉を……」
「不穏な?」
エリナさんのお祈りは小声だから、ロザリーさんにはやはり聞こえなかったみたい。
「贄とか言ってますよ?」
「贄? 供物的なのがいるのか?」
「え、いやたぶん、それ……」
注文の多いお店的な。
「しまったな、用意していたかな? 私の手持ちの荷で何か代わりにできそうなものはあったかな?」
わーお。
ロザリーさんのお人好しを改めてすごいと、もはや感心したときだった。
――ゴッ……!!
その場に、とてつもない圧がかかった。
「な――!?」
声もなくすべてのものが――ロザリーさんが、キュロスが、兵士たちが立つこともできずに膝をついた。
私はロザリーさんの荷の上から転がり落ちる。
……あれ?
「な、何が起きた!?」
キュロスが何とか起きようと踏ん張りながら状況を確認している。
ロザリーさんも同じように。だが、彼女は雇い主の安否を確認しようとして……ひとり、平然としている彼女に驚いていた。
「……エリナどの?」
そんな彼女は、笑っていた。
何かを振り切った、それはそれは朗らかな笑みで。
「……いらないと言われたんだもの」
エリナさんはこちらに、いや、キュロスや兵士たちへ視線を向ける。
「だから、私も捨ててもよろしいわよね?」
それはそうだろうけども。
私は薄らと理解した。
「契約をもう、止めるわ。森はお終い」
過去に王族は何かしらと契約したんだ。おそらく、この圧力の元と。
だから一夜にして森ができたというのは真実で――王族が代々、その契約を維持してきたのだろう。
維持費はかからなくとも……契約の更新料はかかるのか。
だってほら。
更新料は彼ら。
エリナさんの背後。
祭壇の真上に何かある。
黒く、暗い――闇の塊だ。
そこから圧が出ている。
「お、お終いとは……?」
キュロスが何とか身体を起こして問いかけている。
謎の圧力で、ロザリーさんも苦しそう。片膝付いているが、その体勢を維持できているのがすごいと、他の人間たちを見るとわかる。
「ロザリーさん、大丈夫?」
「む……ジュネ、これはいったい……」
「たぶん、生贄にされかけてます」
「……は?」
私たちの会話が聞こえたのか、キュロスや兵士たちがぎょっとしている。
あと……
「何だその生き物!?」
今さらだけど質問された。
空気読んで無視。それどころやないやん。
「あら、貴方には聞こえていたの?」
エリナさんはびっくりしたと、笑顔のまま目を丸くした。
「それもドラゴンの加護かしら……」
可愛らしく首をかしげられても、何と返して良いかわからない。
それよりも、聞きたいことがある。もう口開いちゃったからいいや。
「エリナさん、いったい何をしてるの?」
「何をって?」
「国を捨てるの?」
「だってほら、捨てられたのは私だもの。だから私も捨てるの」
エリナさんは本当はずっと――怒ってたんだ。
そう、私たちは彼女の笑みに感じ取った。
「私はずっと我慢していたわ。それでも王家の引き継いだ、始祖の思いだから、守ってきたの」
どれだけ冷遇されても。
だけど、国が、民が、エリナさんを捨てた。
「だから、私も捨てるの。もうこんな国、いらないわ。守ってあげない」
うん、部外者の私たちはこの国に何が起きたのかは知らない。
エリナさんがどんな目に遭ったのかも、薄らと聞いただけだ。
いや、気持ちはわかるよ。エリナさん。復讐したいよね。
わかるけどさぁ!
「ロザリーさんを巻き込んでるよ?」
そう。私はそれが気になって。
追放系ヒロインともふもふ枠だと思っていたんだけどさ……。
闇堕ち系ヒロインだったじゃあないか!?
次回は森の成り立ちの秘密へ。




