第30話 豊み=交換
「この国の始まりは、森」
ああ、そうだった。エリナさんにお聞きしていた。
一夜にして森ができたのだったか。
一夜城ならぬ一夜森?
確か神頼みして、森ができたんだっけ。
その森が、ここ。
「だから、森の最奥にあたるここが最も尊き場所なの。森こそが財宝。地下なのも理由があるのよ」
なるほどね。
森の豊かさと恵みこそが宝ってことかぁ。
「この国は、数百年前まで荒れ地だった……」
キュロスがつぶやく。兵士たちの何人かも、それにうなずいている。そういう歴史を学んでいるんだろうな。
エリナさんも彼らが思い出したことに、微笑ましい眼差しでうなずいた。
良く思い出せましたと、教師の目線かしら。
「そう、この国は本来は荒れ地で水も少なく、木々もなく、果物の実りもなかった」
すぐと言えるほどの位置の隣国が、岩場と砂漠の国だから解るだろうとエリナさんは続ける。
過去、この国はその隣国よりも貧しい土地だった。
「この国に豊かな緑があるのは、このクワドの森のおかげなの」
だから王家は森を大事にして、年々の奉ってきたとの、エリナさんの話だった。
「この森があるから……私たちの暮らしは豊かになりました」
キュロスもうなずく。少し、申し訳なさそうに。
「現王が隣国はじめ、諸外国に材木や果実の輸出を許可してくださったから。この国は、この数年で、やっと他の国に並べるようになったのです」
過去の王たちは、森の伐採を許さなかった。民に、生活に必要な分は許可されたが、豊かなその緑を金に、取り引きに使うことは許されなかった。
それを不満に思う人間が増えてきて――そうして、その思いを一番強く抱いたのが、王座に手が届いてしまった現王だった。
現王は兄や親たちが禁止していた森の伐採を許可した。
そうして木々を売ることで、豊かになってきたところなのだ。
民たちの生活も。蓄えも。
この国は変わりはじめたばかり。
ああ、そうか。
キュロスがエリナさんから乗り換え……んん、現王側になったのは、そういうこともあったのか。
私達が歩いてきた森の反対側。キュロスたちが入ってきた方角は、だいぶ伐採の計画が入っていて、道も作られているとか。
「だいたい、言い伝えではないですか……一夜にして森ができたなど」
キュロスは伐採終わった箇所には、新たに居住区となる場所もあるが、ちゃんと植林もしているとか。
「豊かな森を目の前にして、手を出さぬ今までがおかしかったのだ」
それを聞くと……日本人だった私は、何だかなぁという気持ち。
生前の田舎でも、あったよ。大きな田んぼや畑を、手放され建売住宅や商業施設にしちゃうとか。
田舎帰る度に切なくなったねぇ……。
それに、伐採によって木々を輸出して豊かになったのは……それ、私が過ごしてきた世界では「自然破壊」て言われていることですね……。
やり過ぎたあげくの世界に住んでいたからさぁ。年々の気温の上昇とか、生物の絶滅とか、大陸の氷が溶けてるとか……そういうの怖いよぉ?
まぁ、この国ははじまったばかりのようだし、そんな悲惨な結果にならないといいがね。
「……そう。貴方の言葉は、もう国の皆の言葉なのでしょうね」
エリナさんはどんなお気持ちだろうかと心配になってそっとうかがうと、やはり何とも言えなさそうな切ないお顔をされていた。
森を大切になさっていた王家の最後として、複雑でしょうな。
森を守っていた。だが、国民には良きと思われていなかったのだから。
決して王家も国民を大切にしていなかったわけではないのだろうね。エリナさんはそんな思いがあるから余計に哀しそう。
「……祈ります」
エリナさんは祭壇に向かった。その前に振り返り、皆に指示をした。
「皆さんは守人のかわりに、その円の中に立っていてください」
円?
あ、この石床の模様のことかな。
私だけじゃなくロザリーさんや兵士の皆さんも理解して、そろそろと模様の中に移動。ロザリーさんに引っ付いている私は自動的に。
「私達は何もしなくてよろしいのかな?」
何ならお手伝いしますがと問いかけたロザリーさんに、エリナさんはもう一度振り返り、申し訳なさそうにうなずいた。
「……いいえ、どうぞそちらにて休んでいてくださいませ」
あとは祈りだけなので。
そう言われて、ロザリーさんはキュロスと、主に隊長たちと少し視線を交わした。
まぁ、休戦で、休憩だね。
ほっと一息ついている皆さん。私は……まぁ、置物のふりしているから、引き続き変わらないんですけど。
祭壇前に跪いたエリナさんが、祈りを捧げはじめている。
これのために来たのだよね。
遠く、追放された辺境から。
祖先たちへの想いをのせて。
これが最後の奉り。
エリナさんの想いは如何ばかりか。
それを我らも思い、静かにそれを待った。
――ただ、ペンギンイヤーは地獄耳。
「……故にこの者らを贄に。我が願いを聞き届けたまえ」
……ぺわ?
わーお。




