第29話 足元見ながら地下に降りよう。(こっち見んな。
「ん? そなたらは護衛で来たことがあるのだろう?」
キュロスが首をかしげる。私もひっそりと荷物の上でかしげる。
「いえ、我々は神殿の、先ほどの門のところまでしか……」
隊長が言う。神殿の中に入ったことはない。特に彼は亡き王たちの時代からお供をしているが、その頃も神殿の中には入れなかった。
地下神殿だとは知っていたらしいけど。まぁ、建物みたら解るか。
「神殿には王家と、森の守人たちしか入れぬしきたりと……」
神殿だものね。
神様のお社には神主さんだけが入れる場所もありますわな。
エリナさんはそれに微笑みを浮かべて、首を横に。
「いいのです。もう、今回が最後でしょうから、皆さんに最後まで共をしていただきたいわ」
「しかし、最後だからこそ、心置きなくなさりたいのでは……?」
キュロスもそれなりに気をつかっているのか。わざわざ追放地から冒険者を雇って来るほど、大事な思い出なのでは、と……。
けれどそれに再び、エリナさんは首を横に。
「いいえ、だからこそ……それに、ひとりでは、少し怖くて……」
神殿は地下だし、年々手入れされなくて傷んできているし。
そう言われて、隊長たちはなんだか少しほっとしている。
昨今はエリナさんしか入れなくて、外で待つ間は不安だったそうだ。
王族とはいえ、女の子ひとりでこのような地下に潜らせるのは、警護としてもあるけど、人間の良心が不安だったろうな。
そういうことなら皆で行こうとなった。
でも三人ほど、何かあった時のためにお外に残るよう指示した隊長。私もその方が良いと思う。口には出さないけど。
地震大国の日本育ちな感覚残っているからね。地下に何かあったときに外に連絡できるってかなり大きい。
そんなこんなで、地下に降りた。
階段が明るいおかげでそれほど怖くなくてほっとしつつ。
実はホラーゲームとかは苦手なんだよね。
エリナさんが先導し、ロザリーさんがその後ろに続く。そのまた後ろを兵士たちとキュロスが進む。
うん、やっぱりたまーに「何だろう? あれ……」な視線を感じる。
私に。
荷物の上にいるから、ロザリーさんが先に行くとどうしても視線に入るもんな。
こっち見なくていいんやで。足元見ろよぅ。
そんなこんなオーラが私から出ていたのか、誰にも尋ねられることなく、階段も終わった。
そんなに長い階段でもなかったのもある。
建物の三階もないくらいかしら。
振り返れば兵士たちの向こうに、明るい出口も見えてほっとする。
「着きました」
たどり着いた階段の下にもまた扉があり、エリナさんが手を触れるとまた指輪が光って、ゆっくりと開いていった。
空気が吸い込まれるような感覚に、一年ぶりの換気なのだと感じた。
「……おお」
誰かが声をだした。
扉の中は広い。
壁にまた巨木の根が張りだしていたけど、むしろ根が壁だ。
根の……。
ふと、日本の物語の、根の国なんて言葉を思い出しちゃう。
いや、色々諸説あって、単純に地下にあるとはいえないし、入り口も海にあるとかなお話もあるし。
……今の状況じゃ連想しない方が良いな。
そう思うのも、地下にあったのは神殿とかにあるような、神様を象ったものが何もなかったから。
奥に祭壇と、床に不思議な紋様が彫られているくらい。
あ、床は石造りだ。なるほど、根っこ防止かな?
石のおかげで紋様がずれることがないようにしてあるのか。
だけど入ったら怖いと感じたのを申し訳なく思った。
一年ぶりに解錠されたとは思えないきれいな空気。淀んだ気配や、埃っぽくもない。
何より、地下だというのに暗くないんた。
壁の灯りも根っこ越しでも不思議と明るい。
代々、大切にされたのも納得。
森の最奥の聖域――てところだろうか。
「ここが神殿ですか?」
私と同じような気持ちなのか、ロザリーさんが聞いてくれた。
「はい。何もなくてびっくりされたでしょう?」
エリナさんの表情は苦笑気味。
キュロスや兵士たちも、何もなかったことに「なぁんだ」て空気を出している。拍子抜けというか、緊張がほぐれたというか。
これが王家が大事にしていた森の神殿だとは、と。
金銀財宝とか、そういうのがあるのかと、ちょっと期待した罰当たり顔しているのもいるね。むしろ何もなくて良かったですな。
「しかし、本当に何もないのですな……」
キュロスもエリナさんの言葉に頷いた。
それにエリナさんはますます苦笑する。
「あら、貴方がそんなことをいうなんて。我が国の成り立ちを学んでいるでしょう」
「は? いえ、我が国は……あ」
キュロスは言われた言葉にハッとした。兵士たちの中にもそんな顔をしたものも。
「この国の始まりは、森」




