第21話 エリナさんの事情。
……追放?
お姫さまが?
「おどろきますわよね?」
このペンギンの目がまん丸なことにエリナさんは苦笑を深くする。
「は、はい……」
何て言ったら良いんだ。言葉が迷子で返事しかできない。
ファンタジーな世界環境とは理解したところだけど、今のところ巣から出て見たのは、檻と岩場と森だけだから。あ、あと、遠くに砂漠。
人間の暮らしや文明は、どこまで進んでいる世界なのかはまだ知らない解らない。
だから、人間の王国とその法がどれほどのものかも解らないけど、追放された――つまり、エリナさんは犯罪を犯したということか?
「安心なさって。王都に立ち入りを禁じられているだけだから」
この辺りは歩いていても良いらしい。
いや、それでもさ。お姫さまが王都に立ち入り禁止て……。
「ええと、追放……て、何か悪いことを……?」
何とか失礼にならないように言葉を探し出したいけど、難しい。
「ええ、悪いことをいたしましたわ」
私のおっかなびっくりな言葉探しにエリナさんは頷く。
「国税を使い込み、義妹となった従姉妹をうらやみ虐げて、しまいには殺害しようとしました。そして義妹を哀れみかばう許嫁にも不義理なるおこないをいたしました」
……。
「……はい?」
時間をかけてゆっくり理解したつもり。でも聞き返しちゃったよ。
「許嫁と義妹は非道なる王女を廃し、不遇を乗り越え真実の愛で結ばれたそうです」
「あー……」
ちょっとまって。
「非道な王女なる私は王都より一人、追放される罰を与えられました」
揺れるロザリーさんの荷物の上、同じように揺れながら頭を抱えた。
「……それ、本当です?」
子ペンギンが頭抱える姿が微笑ましかったのか、エリナさんは柔らかく目を細めた。
「……私には、義妹を虐げた、そんな記憶はないの。不思議よね?」
「冤罪じゃあないですか!?」
「あら、難しい言葉を知っているのね」
びっくりしてる私に、エリナさんも驚いてる。ロザリーさんも偉いなて目で頷かないで!
◇
エリナさんはこの国の、そして唯一の王女さまだった。
――五年前まで。
エリナさんのご両親、国王夫妻は隣国の催事に出掛けたが事故に遭い、亡くなった。その時、当時わずか十二歳だったエリナさんの養父となり、後見人として、お父上の弟――叔父上がエリナさんが成人するまでの王となった。
叔父上にはエリナさんの義妹となった娘が一人いた。
そしてこの国に姫が二人になった。
ところが。
いつの頃からか、エリナさんの周りから忠実だった侍女や護衛が消え、住まいも城の王女の部屋から、屋根裏に近い場所に変わっていったらしい。
与えられる食事も粗末に、衣服も人前に出るときしか上等なものは与えられず。
だというのに、エリナ王女は国の税金を使いわがまま放題。同い年の義妹を虐げているという噂が。
許嫁は後に王配としてエリナさんと結婚するため、幼い頃に選別された公爵家の次男だった。
だが、彼はエリナさんの話より、義妹の話を信じた。
エリナさんより上質なドレスに宝石を身につける彼女を。
いつしか、彼がエスコートするのは義妹となる。エリナさんから守るという名目で。
そうして……――。
「半年ほど前、国王の誕生祭で断罪され、王都を追放されましたの」
王族が、その直轄領である王都に入れない。
即ち、玉座にエリナさんが座ることはもうできない。
それは従姉妹を使った、養父である叔父の王家の乗っ取り――。
追放といっても、一国の王女をそのへんにほっぽり出すわけにもいかなかったのだろう。
この国の端、国境のど田舎に小さな畑付きの小さな家を与えられ、エリナさんは暮らしていたらしい。
「屋根裏部屋より住みやすかったのです」
とのこと。
素敵。たくましい。田舎のスローライフの良さには頷きますとも。
それから半年、エリナさんは案外穏やかに、心健やかに過ごしていた。
住まいの付近の村人にも「わがまま放題王女とは?」と首を傾げられるほど。
だが。
思い出したのだ。
「年に一度、王家が行う祈りをしなくてはならない」
と。
それは国を興した始祖から続く神事。
国の守り神に、国の五穀豊穣や安寧を祈る儀式らしい。
それは王族の直系にのみ伝えられる儀式。
クワドの森にある神殿に儀式の祭壇があり、お祖母さまはその森を守る一族の最後の末裔で、エリナさんのお祖父さまにその縁で嫁いできたと。むしろ森に、儀式に通ううちに、お祖父さまに見初められたと、そんな長いお話も。
それから何度か取ったご飯休憩で、その辺りは微笑ましくお聞きした。お祖父さまのロマンスですわ。
けれども、お祖父さまもお祖母さまも、エリナさんが十を数える頃にお亡くなりになられた。
そうして不幸は続き、ご両親も。
叔父上には儀式は継がれていなかった。
継いだのは当然――直系王女のエリナさん。
天鱗がおちません…




