第12話 脱出――ハーピーさんとお荷物。
ハーピーさんが羽ばたいて、少しずつ岩壁の合間の空に近づく。
その時間稼ぎ兼、自分たちの脱出のためにハウンドウルフさんたちが岩壁の切れ目である出口――狩人たちのいる方に向かう。
ハウンドウルフさんが咆哮した。
名前の通り、すごい声だ。
「うわぁ! な、なんだ!? 狼!?」
こちらに近づいてきていた人間が悲鳴を上げるのが聞こえた。
「なんで檻から出て……!?」
この人、ハーピーさんが傷付くことをかわいそうだって言って様子を見に来たのだったな……。
私が内心で酷いことを仕返したくはないなと思っていたら、ハウンドウルフさんたちが威嚇だけにしたのが見えた。
「どうしたルース!」
「マグナ! 火から離れるな!」
焚き火の方にいた二人もハウンドウルフさんの咆哮に気がついた。いや、気がつかないわけがないか。
ハウンドウルフさんの咆哮でびりびりと大気が震えてる。
私が真っ正面からあんな咆哮受けたら腰抜かしちゃいそう。
その通り、檻に近づいていた人間はへなへなと腰かし――いや、気絶したみたい。
これなら皆で脱出できたかな、何て甘いことを考えたけど、焚き火のところにいた人間たちが武器を構えているのが見えた。彼らはまだ気丈だ。
ハウンドウルフさんと一角猩々さんはそこに向かっていく。
そこまで見て――私とハーピーさんは岩壁を抜けた。
「ふわ……」
星と月、うっすらと空を流れる雲――きれいな夜空。
空を飛んだよ。ハーピーさんの翼で。
――美しい。
はじめに思った。
この世界はきれいだ。
遠くまで自然が広がっている。
いま抜けてきた岩壁のあたりは砂が広がる砂漠地帯との境的な位置にあったようだ。
視界の前方は砂の海。星と月に輝いてきらきらしている。
そして振り返る――ハーピーさんが方向転換した。そちらは徐々に黒い、いや夜だからそう見えた草木しげる地になっている。
もっと高度が上がればさらに広く見えるだろうが、今のハーピーさんにそれは惨いことだろう。
傷をあちこちにおっているというのに、私というお荷物も持っているわけで。
「ハーピーさん、一度どこかに降りますか?」
そんな提案をお荷物はしてみる。
「い、いえ。降りてしまうともう飛び上がれないかも……」
ハーピーさんは少し語尾が弱い……ああ、やはり大変なんだ。
走るのだって助走ついているときの方が調子良いときがあるもの。飛ぶのはきっともっと難しいのかも。
……自力で飛んだことないからわかんないけど……泣いちゃだめだ。
私の切なさとハーピーさんの切なさが重なったのか、彼女はちょっとだけ私を抱える脚に力をいれた。
「風をつかまえられたら安定するのですが……」
「風を?」
つかまえる?
飛ぶことに関して興味津々な私ですよ。
「はい、空には風の流れがございます。それをとらえて翼を乗せるのです。この地に相性の良い力があれば風の方から来てくれたか、風を引き寄せることもできるのですが……」
きっとハーピーさんはわかりやすく説明してくれてる。彼女にとって飛ぶことは人間がたって歩くことと同じだろう。
逆上がりができない人間に逆上がりの方法を教えるような感じなんだろなぁ……。
ハーピーさんは一生懸命、羽ばたいている。お話かけるのが申し訳ないから私は黙る――けど、ハーピーさんの方は話していた方が集中できるのか。
「私は姉たちのように風をつかまえるのが上手くなくて……」
あら、ハーピーさんにはお姉さんがいるんですね。
「ご兄弟がいらっしゃるんですか?」
今の私もいるものな。
「はい、姉がふたりおりまして、私は末でございます」
あ、以前の私とおなじ。
ハーピーさんに親近感がわく。
だけどハーピーさんはますます切なそうに声が弱くなる。
「私は姉たちのように美しくも賢くもなく、飛ぶことも下手くそで……」
あらら。
ハーピーさんはだから自分は人間につかまってしまったのだと嘆く。
「あ、ですが、貴方様をご無事なところまでお運びいたしますから!」
私がなんて声をかけたらと考えていたら、ハーピーさんはご自分で切りかえなさった。えらい。
「まずは狩人の、あの岩場から離れましょう」
うん、とりあえず人間たちから離れよう。
それからはどうしようか……。
悩んでいると、ハーピーさんから提案された。
彼女の姉たちがいるという森――なわばりを目指さないか、と。
絶賛迷子だから、それは助かるお申し出。一角猩々さんに教えてもらった霊峰や獣王国に向かうにも、私はそもそもそれらがどこにあるかもわからない。だったら、一度ハーピーさんとこで落ち着いて状況を考えよう。
うん、何よりハーピーさんも帰りたいだろうし。
ハーピーさんはそうと決まれば自分の森に向かう風をつかまえると言って、やがて黒々としていた森の方角を目指して羽ばたき始めた。
ハーピーさんの帰巣本能かな。何となくそちらだとわかるらしいけど、私は……帰巣本能ないのかな。
……私の家はどちらにあるのだろう。
ハーピーさんにつかまれ運んでもらいながら、何か感じられないか目を閉じても何も感じなくて唸ってしまう。
「うーん……」
だけど違うものを感じてカッと目を開いた。
「ハーピーさん!」
「ピィッ!?」
――ヒュッ……!
森から何かが飛んできた。
それは矢だった。
ペンギンのこの視力でとらえた。
眼下の森からは何やらざわめきが。そして――
「ハーピーさん、逃げ――っ!?」
――……思わず取り落とされのが、私。
「ピィイ!?」
やっと世界に羽ばたいた――んだけどね……。




