第13話:ラーメンのトッピングと言えば?
「今日からお世話になる晴波です。よろしくお願いします」
「ああ……よく来たね。これから頼むよ」
コンビニのバイトを辞めて、俺が次に選んだのはラーメン屋のアルバイト。
ここはアパートや晴波家から少し離れているから、アイツらが来る可能性も低いと考えて決めたのだ。
「見ての通り、私は……気が弱くてね。ラーメンの味には自信があるんだけど、接客はアルバイトの子に全て任せているんだ」
そしてそのラーメン屋の店長さんなんだが、この人がとても個性的で。
スキンヘッドに髭面の強面顔なのだが、声が小さく、ボソボソと喋る……なんというか、覇気のない感じの人だ。
「基本的な仕事内容は、先輩の彼女から聞いてね」
「はい! それで、その先輩というのは……?」
「彼女だよ。ほら、厨房の奥で仕込みをしている」
そう言われて、指さされた先を見ると。
そこには三角巾を被る一人の女性がせっせと働いていた。
その綺麗な横顔、流れるような金髪――えっ?
「ミスティさん?」
「……あら? アナタは……この前の」
俺の存在に気付いたミスティさんがこちらを振り向き、驚いた顔を見せる。
なぜ彼女が、ここに……?
「おや、知り合いなのかな?」
「ええ。掛け持ちのバイト先で、ちょっと」
「すごい……! 掛け持ちでバイトしていらっしゃるんですね」
「乙女にも色々と事情がありますのよ。それにしても、まさかもう一度お会いする事になるとは思いませんでしたわ」
「俺もです。でも、ミスティさんがいてくれて心強いです!」
この人は優しいし、仕事ぶりがテキパキとして凄く頼りになる人だ。
それに、これほど綺麗な人に仕事を教えて貰えるなんて、得でしかない。
「おだてたって、手心を加えるつもりはありませんわ。アナタが一人前になるまで、ビシバシとシゴいて差し上げますから、覚悟していてくださいな」
「はいっ!」
「じゃあ……2人とも、頑張ってね」
こうして、俺の人生2回目のアルバイトが始まった。
とは言っても、前回と同じく初日なので、難しい事は出来ない。
俺はミスティさんから注文の受け方と、出来たラーメンを席に運ぶ手順だけ教わり、それを実践していく事になった。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか? こちらのお席へどうぞ」
緊張でガチガチになりながらも、俺は接客を確実にこなしていく。
「醤油ラーメンの餃子セット。豚骨ラーメンのチャーハンセットですね」
そんなに難しいメニューもなく、聞き間違える事も無い。
お客はそれなりに多いが、捌ききれないほどじゃないし、困ったらミスティさんがフォローしてくれる。
ここのアルバイト先は、当たりかもしれない。
俺がそう思って……いたのも束の間。
「……」
「いらっしゃいませー」
カランカラーンという入店音と共に一人の少女が店に入ってくる。
それと同時に、店内はちょっとしたざわめきに包まれた。
「おい……なんだあの子?」
「ああ、モデルか何かじゃないのか?」
男性客達が、その少女を見てヒソヒソ話を始める。
それもその筈。
入店してきた少女は、水色の髪をツインテールにし、黒いゴシックドレスを身に纏うという派手な格好――なのだが。
その服装すら霞ませるほどの圧倒的な美貌の持ち主であったからだ。
「あらあら、お人形さんみたいですわね」
厨房の中のミスティさんも、びっくりした様子で呟く。
美貌の方向性がミスティさんとは異なるが、幼さとあどけなさを含んだゴスロリ少女の美しさは――まさに、この時期の少女にしか持ち得ない魅力を放っていた。
「……いらっしゃいませ」
しかし、それほどの美しい少女を前にして、俺の気分は最悪であった。
なぜなら、このアイドル級の超絶美少女の正体は――俺がよく知る人物。
「ようこそ、雨瑠」
「くすくす……やっぱり、晴人兄にはすぐ分かっちゃうよね」
晴波家の三女。普段は長ったるい前髪で顔を隠し、普段の服装もズボラな彼女が……なんの気まぐれか、前髪を切り、ちゃんとした格好で俺の目の前に立っている。
「カウンター席でよろしいですか?」
「うん。あ、でも。晴人兄の顔がよく見える場所がいいなぁ」
声色も、口調も。いつもとはまるで違う。
こうして見れば、外見も言動も。その全てが完璧な美少女のようだ。
「こちらへどうぞ……」
「はーい」
落ち着け。コイツらが店にやってくるのは想定内だ。
流石に初日で突き止められるとは思わなかったから動揺したが、所詮は遅いか早いかの違いでしかない。
「ご注文はお決まりですか?」
「うーん……」
メニューを見つめながら、雨瑠は可愛らしく小首を傾げる。
その仕草一つで、店内にいる男客の大半が感嘆の息を漏らしていた。
「コレにする。ギャリックラーメン、ビッグバン盛りのファイナルフラッシュ風味」
「おいおい……マジかよ」
雨瑠が選んだのは、それはもうありったけのキャベツやもやしが山盛りとなった、まさに野菜の王子様とでも言うべきドカ盛りラーメンだ。
さらにチャーシューも十数枚乗っているので、大の大人でも苦戦する程のサイズである。
「私、ラーメンならいくらでもイケるから」
「それは知ってるが……まぁいい。残すなよ」
俺は注文表に通称ベジータラーメンと書くと、それを厨房のミスティさんに手渡す。
「ベジータ一丁!」
「はーい。承りましたわー!」
中学2年生の小柄な少女。それも絶世の美少女が、頼むとは思えないオーダーによって、店内はますます騒々しくなる。
まぁ、これくらいなら……許容範囲か。
別にお店に迷惑が掛かっているわけでもない。
「晴波君。5番テーブルのラーメンが出来ましたわ」
「はい!」
俺は雨瑠の事は深く考えないようにしつつ、業務をこなす事にした。
とりあえず、麺が伸びない内に注文の品を運ばなければ。
「お待たせしました。豚骨醤油ラーメンのチャーシュー多めです」
「やっとかよ。待ちくたびれちまったぜ」
5番テーブルの客は、金髪にピアスといういかにも不良ですという格好で。
Tシャツも独特のセンスのドクロがプリントされていて、腕には大量のシルバーが巻かれていた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
あまりジロジロ見るものでもないと思い、俺はその場を離れようとする。
しかし、そんな俺をヤンキー客が呼び止めてきた。
「……おい、ちょっと待てや」
「はい? なんでしょうか?」
「なんでしょうか、じゃねぇよ。これを見てみろや」
そう言って、ヤンキー客はラーメンのスープを指差す。
するとそこには、一本の黒い髪の毛が浮かんでいた。
「ここのラーメン屋は客に髪の毛を食わすのか? ああ?」
「も、申し訳ございません」
俺はハッとして、すぐに頭を下げる。
厨房の店長はスキンヘッド。そしてミスティさんは金髪。
そうなると、この髪の毛は必然的に俺の髪の毛だという事になるのだろう。
「謝れば済むと思ってんのか? こんな気色わりぃもん、食わせようとしやがって」
しかし、ヤンキー客の怒りは収まらない。
当然だ。ようやく食べられると思ったラーメンが、こんな風に台無しになるなんて。
「本当に申し訳ございません。すぐに替わりを……」
「もう食う気失せちまったよ。そんなもん要らねぇから、慰謝料寄越せや」
「そう言われましても……」
「いいのか? さもねぇと、この店の売りが、店員の髪の毛のトッピングだって、ネットにばら撒いちまうぜ?」
ヤンキー客が大声でそんな事を言うものだから、他の客達もハッとした様子で手に持っている箸を下ろし始める。
まずい、このままでは……他のお客さんの食欲も失せてしまう。
「ちょっと、アナタ……!」
見かねたのか、厨房からミスティさんがこちらに向かって来ようとしているのが見える。
ああ、まただ。
俺はまた、この人に迷惑を掛けてしまった。
そんな風に俺が気落ちしかけた、その時。
「晴人兄の髪の毛入りラーメン!? どこどこどこっ!?」
俺とヤンキー客の間に割って入るように、雨瑠が下からにゅっと姿を見せる。
そして、例の髪の毛が混入していたラーメンの器を掴む。
「なんだこの美少女!?(驚愕)」
「うぃひひひっ! 晴人兄の出汁が入ったラーメンだなんて、そんなの最高過ぎるよ! あああ、スープも一滴残らず堪能したいぃぃぃぃぃっ!」
周囲の誰もがドン引きする中、雨瑠はラーメンを覗き込む。
そして、スープに浮かぶ髪の毛をつまみ……うっとりとした様子で、それを口に含もうとした――ところで動きを止めた。
「………ちがう」
「え?」
「違う、違う違う違うっ! 違うのぉっ! これ、晴人兄の髪の毛じゃないじゃないじゃないじゃないっ! 全然違う髪の毛ぇぇぇぇぇっ!」
つまんでいた髪の毛を放り捨て、雨瑠はダァンッとテーブルを叩く。
そのあまりの剣幕に、俺もヤンキー客も、こちらに駆け寄ろうとしていたミスティさんも硬直するしかなかった。
「どういうことぉ? これぇ、晴人兄の髪の毛入りラーメンじゃなかったのぉ?」
「な、何を言ってやがる。それは本当に、そこの店員の……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? この私が、晴人兄の髪の毛を間違えるもんか! 細胞の一片たりとて、見逃すはずが無いでしょぉぉぉぉぉっ!」
ダンダンダンッと、髪を振り乱しながらテーブルを何度も叩く雨瑠。
さっきまでの可愛らしい少女の姿はどこにもなく、もはや悪魔に憑依されたように精神がイカれちまっている。
「正直に言えやゴルァァァァァァァッ! これのどこが、晴人兄の髪の毛じゃボケコラカスゥッ! ぶっ殺されてぇのか!? ああああああんっ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!? ごめんなさい、ごめんなさいっ! 嘘です嘘ですっ! それは俺が持ち込んだ友達の髪の毛ですぅぅぅぅぅっ!」
もはや異常としか言いようがない雨瑠の気迫に屈したのか、ヤンキー客は涙を流し、震えながら謝罪の言葉と真実を口にする。
そしてそそくさと財布の中から千円札を取り出すと、それをテーブルに置いて、そそくさと店を飛び出して行ってしまった。
「……チッ、逃げたか」
雨瑠は逃げ去ったヤンキー客を忌々しげに見つめていたが、すぐに興味を失ったようで、元の席へと戻っていく。
「あっ、晴人兄。ちょっと注文を足してもいい?」
そしてまたコロッと表情を変えて、美少女モードに戻ると。
「トッピングに、晴人兄の髪の毛てんこ盛りって出来ないかな?」
「出来るわけねぇだろうが」
そんなふざけた注文をしてきたので、バッサリと拒否しておいた。
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